第五十九話 幽霊旅館④
エイジ達はロビーに行くと女将に食事の時間や入浴時間を説明される。
「それでは、お夕飯はお部屋へお持ちします。入浴は深夜一二時まで出来ますので」
「はい、わかりました。少し館内を見回らせてもらいますね」
「了解しました。よろしくお願いします」と頭を下げる女将に同じ動作で返事をする三人。
廊下を歩いていると、従業員がこそこそとエイジ達を見ながら話して目が合うとそそくさと逃げてしまった。
「慣れていても、やっぱり疑われるというのは少し辛いわね」
「やっぱりユイもそういうの気にするんだな。私達がお遊びで来ていると思われるのは確かに癪だ」
ユイと美鈴が並んで歩いて、その後ろにいるエイジを一瞥する。
「人間、結果さえ出せば認めるものよ。だからねエイジ、少しは真面目に仕事しなさいよ」
「え?」
壁にかけられた裸婦画を、神妙な面持ちで手に顎を乗せて見ていたエイジに釘を刺す。
「そうは言っても、これだけ痕跡だらけじゃ逆に調べようがないよ」
「何言ってるのよ、痕跡なんてないじゃない?」
ユイは眼に魔力を送り込み、霊視能力を高めるが彼女の眼には何も見えていない。
美鈴も同じように霊視をするが、ユイより魔力の使い方が劣る彼女にも見えるはずもなくエイジを不思議そうに見る。
「わずかな残滓しかないからか。ユイ、あの白いお粉出してよ」
「変な言い方するんじゃないわよ。霊視薬でしょ」そう言って、布製の薬袋を取り出す。これをまくことにより、わずかな霊力の残滓に反応して可視化させたり、術を練り合わせて霊の存在を知らせる鳴子にさせる事も出来る。
「あっ、ちょっと! それ一つしかないんだから貴重に使ってよ!」
それを一掴みして、土俵入りする力士がする塩撒きのように霊視薬を振りまく。
「うそ……」とユイと美鈴が驚く。
彼女達に今まで見えてなかった子供の手や足の痕が床や天井、壁にびっしりと浮き上がったからだ。
「ここまで微量だと、この旅館に居着いている者じゃない。きっとどこかからマナを吸い上げてやってくるのか、誰かから分け与えてるのかはわからないけど、この旅館の敷地内には少なくともそんな場所も人もない。だから、探すだけ無駄だよ」
「……」と二人が固まってエイジを見る。
「す、すごいじゃないかエイジ! ユイにも見えてなかったわずかな残滓を見破るなんて」
「へへへ、それほどでも」
エイジに霊視力でも劣ってるのが悔しくて拗ねた顔でエイジを見るユイは、彼を何で支援できるのかわからなくなっていた。
「な、なんであんた急に優秀な人間になってんのよ」
「せっかくこんな一流旅館に泊まったのに最後まで仕事するなんて馬鹿げてるじゃないかっ。女将達があんなに甲斐甲斐しく接しているのだって宿泊費はこっちが負担してるからだろ? だったらやる気出してさっさと仕事を終わらそうっていう俺の心意気だよ」
「なるほどね。とりあえず、霊体に反応して音を出す術式を施設内に張るから、視察がてら館内を回っていきましょう」
術式の構成と旅館内を見回り、部屋へ戻ってくると女将と元教師の従業員『西崎』が夕食を並べ終わらせていた頃だった。
「ああ、皆様。ちょうどいい頃に来ましたね」と笑顔で出迎えてくれる西崎にエイジは「おいしそうですね、この料理はなんですか? お味噌汁ですか?」と愛想を振りまく。
「いいえ。これはすりながしと言ってカニをすりつぶしながらお味噌と出汁で溶いた物です。一口すすれば、口の中でカニの旨味が広がってお客様はお喜びになられるのですよ」
「そうなんですか。じゃぁ、これは?」と今回の件に関係しているであろう西崎に必要以上に近づきながら次々に質問する。さりげなく、彼女の近くで鼻をくんくんと嗅いで動かす、怒濤の質問責めにそれに対処する事で精一杯の西崎はそれに気づかない。
エイジはやはり彼女から霊力や魔力の類が体内から出ていない事を確認する。
「当旅館ではカニ料理を推していますので、品質、等級は最高峰の物を使用して板前が腕をふるっておりますのでご満足していただけるかと思います」
「それは楽しみだなぁ!」
それを見ていた事情を知らないユイと美鈴はエイジの悪い癖が始まったと呆れていた。
「エイジ、もういいでしょう。一回の説明より実際に食べた方が早いわよ」
「従業員の方もお忙しいのだ、少しは自重したらどうだ?」
親猫が子猫を咥え上げるようにエイジの襟を掴みあげる美鈴に「へへへ、すみません。つい……」と愛想笑いをするエイジに「ごゆっくり」と変わらぬ笑顔で去って行く西崎を最後までエイジは彼女の背中を見送っていた。
「お夕飯が食べ終わりましたら、お風呂にお入りください。その間に片付けとお布団のご用意をさせていただきます」と女将も丁寧に頭を下げて、部屋から出て行った。
夕食を食べながら、今夜からの仕事内容について話を始める。
「それじゃぁ、霊体の行動が活発化する夜に交代で見回りに行きましょう」
「そ、それは一人ずつか?」と美鈴が恐る恐るユイに訊く。
「いいえ、美鈴は私と一緒」と言われてほっとしながら、カニを一口食べた。
「タイムスケジュール書いといたから、これに従うように」と二時間ずつ、二組で交互に入れ替わり見回りをする事になった。
「エイジ、ご飯食べ終わったんだから部屋へ戻ってお風呂に入ってさっさと寝なさい。明日は温泉街を見に行くんだから、寝不足で辛い~なんて言わないように睡眠時間を取りなさいよ」
「了解、マム!」と敬礼をして、部屋を出ていくエイジに素直に言う事をユイは訝しがっていた。
「それじゃぁお風呂に行きましょうか」
入浴の支度をして部屋を出て行く二人の後ろに怪しい影がついてくる。
「ああ、ここはいい源泉があるらしい」
「らしいわね、それじゃぁ行きましょうか」
謎の三人目を二人は睨んだ。これから入浴する者は三人しかいない、そしてもう一人は決して二人と着いてきてはならない人間だった。
「楽しみね~みんなで背中ながしっこしましょうよ」
「エイジ、言っとくけどあんたは男湯よ?」
「えっ」と一人で館内を歩いてた時に宴会場にあった余興用の長髪のカツラをかぶったエイジが固まる。
「違うわよ、あたしエイコよ」そう言って口に手を当てて笑い、身体をくねくねと動かす。
「面白いじゃないかエイジ。どこにそんなカツラあったんだエイジ? なぁ、エイジ?」と冷たい瞳で美鈴がエイジを見る。
「宴会場です。それじゃぁ、ご入浴をお楽しみください」と素に戻る。
「言っておくけど、浴場でふざけた真似したら、本気で痛い目見せるからね」
その言葉に彼女達に向けたエイジの背中がビクッと跳ねた。




