表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/80

第五十七話 幽霊旅館②

 春が終わりを告げ、新緑が芽吹き始めていても山中にある天狗温泉の風は少し冷たかった。

 三連休もあって、普段より多くの観光客がバスターミナルへ下りると土産屋や飲食施設が観光客を出迎える。

 その観光客の中に、一際目立つ三人がいた。エイジとユイ、そして美鈴だ。

「いやーいい天気になってよかったね! 重い荷物も天気のおかげで軽く感じるよ」

 棒状の物が突き出した大きなショルダーバッグを背負い、両手には二つのボストンバッグを持つエイジは新鮮な空気を鼻で吸いながら周囲を見回す。

「重いなら荷物ぐらい持つって言ってんのに、エイジが持つって言って聞かないんじゃない」

「そうだぞ。これはあまりに見栄えが悪い」

「こんな可愛い子達に荷物持たせてたら、女の子を(はべ)らせる嫌な男に見えちゃいますよ、それこそ見栄えが悪い」

 ユイは出発前に調べていた依頼場所の旅館へのルートを説明する。

 広大な温泉街には、端から端まで旅行客が温泉街を楽しめるように路面電車が通っており、三人はそれに乗り込む。

「この路面電車にしばらく乗って、一番奥にある方丈館が今回の依頼主のいる旅館よ」



 三人は路面電車から降りて数分歩くと白い漆喰瓦屋根の塀に囲まれた旅館に行き着く。

 大きな門には活字で『方丈旅館』と書かれていた。その門を抜けると、着物を着た女性が花壇に水を撒いていた。


「ようこそ、いらっしゃいました。ヒナドリ探偵事務所の方々ですね? 女将さんが中でお待ちです」

 一目で自分達の正体を言い当てた事に不思議に思ったユイは従業員の女性に質問する。

「よく私達が探偵事務所の者だってわかりましたね」

「ええ、予約のお客様はいませんし。うちに来られるのは今日は探偵さんだけですから」

「三連休なのに、予約無しなんすか……」

「ええ、五年前まではそれなりに繁盛させてもらっていたんですが例の騒ぎが起きてからは年々お客さんが減り続けて……」

「そうなんですか、ありがとうございます。詳しいお話は女将さんの方から聞かせてもらいます」

「ええ、それではどうぞ中へ」


 冷たさすら感じられる毅然とした態度で従業員に接するユイにエイジが耳打ちする。

「おい、ユイ。ちょっと態度が味気なさ過ぎない?」

「いいのよ。柔らかかったり、エイジみたいにニヤニヤしてると舐められるんだから、これぐらい淡々としてた方が向こうも安心するのよ」

「なるほどね~ユイも考えて、演技してるんだな」



「初めまして、女将の安澤と申します」

 (うやうや)しく頭を垂れる他の従業員とは明らかに艶やかな着物姿の女性が三人を入り口で出迎えた。

 ユイが先頭に立ち、自己紹介もかねて挨拶をする。

「こちらこそ初めまして、ヒナドリ探偵事務所から派遣された赤城ユイと申します。彼女が鶴ヶ島美鈴、そして彼が風間エイジと言います」

 女将の顔に疑問が浮かぶ、当然だろう。霊媒師や除霊師がこんなまだ若い学生達とは想像もつかない。


「あの、保護者の方は? 別々で来られるのですか?」

「……いいえ、私達が派遣された探偵員です」

「え?」

「驚かれるのは無理はありませんが、どうか私達を信じてほしい。依頼に対してヒナドリ探偵事務所の人間は誠実に、そして確実な成果をお客様に提供しますので」

「は、はぁ。そうですか……」

 驚かれる事に慣れているユイは淡々と話し、目を丸くしていた女将がわずかにこぼれる落胆を交えながら返事をする。

「それでは部屋へ案内しますので、こちらへどうぞ」

「はい。歩きながらで結構ですので少しお話を聞かせてもらえませんか?」

 依頼内容は佐藤所長から聞いていたが、現場の生の声を聞きたいユイは自分達の部屋へ向かいながら女将に質問を始めた。

「子供の幽霊は旅館内の至る所に出没すると聞いてますが、特に目撃される所はありますか?」

「いえ、ここが多いというのはなくて本当にどこでも出るんです」


「?」

 美鈴は幽霊という言葉に引っかかり、ユイの顔を覗きこむが彼女はそれに気づかず女将の方しか見ていない。

「そうですか。荷物をまとめ次第、旅館内を少し調べさせてもらいます」

 廊下から見える中庭は、見事に手入れされた植木はまるで山野の中にいるように錯覚させるほど茂り、奥庭から中央にある池へと水が流れて風情を醸し出す。ユイ達が見る窓からの景色は一枚の鮮やかな絵画だった。

「素晴らしい中庭ですね」

「ええ、創業から五百年以上たっていてもこの中庭だけは一切変えずに専属の庭師を雇って維持しておりますので」

「なるほど、伝統と誇りが詰まった中庭なのですね。この美しさなら納得です。私達もこの景色を多くのお客さんに見てもらうため尽力します」

「はい、よろしくお願いします。こちらが本日から皆様に使っていただくお部屋になります」


 部屋の名前が書かれた看板には『鳳凰の間』と書かれていた。

 戸を開けると、廊下から見た景色とは違う中庭の風景が見られた。夜になれば石灯籠に明かりが灯り、また違った景観を見せてくれる。


「お連れの方にもう一部屋ご用意しているのですが……」

 女将が困ったようにユイの後ろを見る。そこにはいるはずのエイジがおらず、荷物だけがあった。

「エイジはどこ行ったの?」

「いや、トイレに行くとか言ってたが……」

 顔面蒼白の美鈴が弱々しく答える。彼女にはエイジの所在より大事な事があった。

 ユイは嘆息をついて、荷物を手に取る。

「あらあら、それでは私は(かわや)の方へ行ってお連れさんに案内しますね」

「すみません、荷物を整理したらロビーに行きます」

 気まずそうに頭を下げるユイに苦笑しながら女将は廊下へと消えていく。


「ユイ、どういう事だ? 今回の仕事はなんなんだ?」

「幽霊が出るから、それの退治よ」

「怪物騒ぎじゃないのか?」

「違うわよ幽霊、ゴーストよ」

「ははは、違うだろ。怪物がどこかに幽閉されているんだろう?」

「いいえ、幽霊よ」

 どうか違ってくれと美鈴の無駄な祈りをユイが容赦なく打ち砕く。

 一瞬の間が空き、美鈴の混乱が表に現れて爆発する。


「嘘だーーー!!」

 嘆きと怒りで、美鈴は涙を浮かばせながらユイの両肩を掴んで前後に揺さぶる。

「なんで、なぜ言わなかった!?」

 脳しんとうを起こすのではないかと思うほどの揺さぶりに危機感を覚えたユイは勢いよく美鈴の手を払いあげる。

「み、美鈴が行くって言うばかりで説明のしようがなかったし……あんたノリノリだったじゃないっ!」

「んなわけあるかっ! 幽霊騒ぎなら絶対に行くわけ……」

 美鈴の脳内に、ユイとの会話が再生され自分がその時、何を言ったか思い出す。

「仲間としてどんな苦難も共に立ち向かおう」

 冷たい汗が背中に一線走った。


「ノリノリだったーーー!!」

 その現実を否定するように頭を抱えて、激しく振る。

「まぁ、そんなに嫌なら帰ってもいいのよ?」

「鶴ヶ島家の者が依頼を前に逃げ帰ったなど、おじいさまに言えるか! 恥を晒してその上、勘当されろと言うのか、ユイは!」

「じゃぁ、さっさと仕事を終わらせるように協力する事ね」

「は、はぅっ……」

 弱々しく肩を落とす美鈴を見ながら、面倒事がまた一つ増えたと思いながら荷物の整理を始めるユイであった。

更新が遅れて申し訳ありませんでした、決してエタらせないようにがんばりますのでご愛読していただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ