第五十六話 幽霊旅館①
時刻は丑三つ時、この世のモノではない者の悲鳴が響く。
棚田のように広がる市内最大の集合墓地の一角が戦場と化していた。
黒い鎧と銀髪の少女が背中を合わせて、自分達を囲う怪物達とにらみ合っていた。怪物には皮膚も肉もなく、骨を無造作に密着させたスケルトンと呼ばれるモンスターが奇声を発しながら威嚇している。
始めは無作為に飛び出して、今夜のご馳走にありつこうとしたが相手が獲物ではなく自分達を倒しにきた狩人だという事に気づくのに時間はいらなかった。
怪物達は知識があるようで不用意に襲いかかる事をやめたのだ。
「人骨に憑依して、人間を襲うなんて異世界に帰ってきたみたいだな」
「エイジはこういう仕事の方が得意なんじゃないの?」
「まぁね、距離を取ってくれるならこっちもやりやすいし、今がチャンスだね」
ドラゴンズキャノンから魔弾が打ち出され、スケルトン達を吹き飛ばし、塵芥に変えていく。
粉末状に変わっても再び、形を取り戻そうと集まった所に灼熱の炎が塵一つ残さず燃え尽くした。
「さすがユイ。止めを忘れないのは一流の証だね」
「白々しいわね、完全に私に譲ってたじゃないの。本当は完全に倒せてたんでしょ?」
「え? そんな事ないよ。だってほら――」
ユイの僅か数センチに風が走った。
「まだ止め、刺してなかったでしょ?」
人骨に憑依していた低級霊の断末魔がユイの耳横で鳴り響いた。
彼女が不快な顔をしているのは、不愉快な断末魔のせいではなく完全に油断していた自分に対するやるせなさのせいだ。
竜の口をした篭手から伸びる剣をしまうエイジをじっーと見つめるユイは何かエイジに言いたそうだ。
その意図がわからず、首を傾げてる相手にそっぽを向きながら小さな声で礼を言う。
「あ、ありがとう」
「え? なんだって?」
「ぜ、絶対聞こえてたでしょっ!?」
ニヤニヤして意地悪をするエイジは一つ気になる事があり、馬鹿にされて怒るユイを宥めて落ち着かせる。
「そういえば、今日はなんで美鈴先輩は来なかったんだ?」
最近はカラスの仕事をする時は美鈴にも声をかけるようになっていた。
彼女も道場で子供達に剣術を教えたり、風紀委員の仕事で暇な時間はなくあまり同行しないのだが、今回はユイは美鈴に声すらかけなかった。
「美鈴はゴーストやアンデッド系を相手にする仕事は断るのよ。だから今回は誘うのもしなかったわ」
「なんでだ? ただの剣ならまだしも、魔力を通した剣ならアンデッドにも通じるはずだぞ」
「いや、違うのよ。単純に苦手なんですって、アンデッド系の魔物が」
「それは難儀な……けどこの先、苦労するんじゃないか? カラスの仕事ってそういうの多いんだろ?」
「組織に属しているからってみんながみんな、なんでも仕事を受け入れるわけじゃないわ。その辺は自由なのよ、むしろ積極的に依頼を受けてる私が珍しいくらいよ」
「ユイも何か目的があって、仕事しているのか?」
「私は将来、本部に行きたいと思ってるわ。そのために実績が必要なのよ」
「なるほど」
「も、もしかして軽蔑しちゃう? 人の為のふりして本当は自分の為に依頼を受けてた事」
「いや、頑張った人間には報酬が必要だね。誰も彼もボランティアしたいワケじゃない、そんなのは余裕のある暇人だけがやればいい。むしろ見直したね、自分の夢の為にがんばる人間なんて素敵じゃない」
「そ、そぉ?」
素敵という言葉に嬉しそうにする。
次の日の学校。
エイジはいつものように校則違反の累積で風紀委員の仕事に従事していた。
普段とは違い、倉庫へ運ぶ書類を美鈴も持っていた。
「昨日はどうだったんだ?」
「普通に解決しましたよ。美鈴先輩も来ればよかったのに、合法切り放題の大判振る舞いだったのに」
「い、いや、私は……」
美鈴は幽霊騒ぎが苦手な自分を恥じて、口調がただたどしい。
仕事を断った後ろめたさもあり、いつものようにエイジに接する事ができない。仕事内容も軽度の荷物運びを任している。
「また書類運びしているの。エイジは懲りないわね、ちょっと話があるんだけど」
単調な会話をしているとユイが新しい仕事を持ってきたと二人に近づいてきた。
仕事の内容は旅館の怪異騒ぎだ。
夜になると子供の霊が歩き回り、旅行客にいたずらをするという。霊能力者に頼んでも一向に解決しないのでカラスに案件が回ってきた。
「今度の三連休、暇でしょ? 泊まり込みで仕事があるわよ」
「ほんと?ちゃんと屋根付きの宿泊場所だよね? やだよ、まだ夜は寒いんだから」
「安心してちょうだい、今度は旅館での仕事よ」
「マジで? 三食付きの温泉宿だよね!?」
「もちろん、あの有名な天狗温泉にある旅館よ」
天狗温泉とは複数の旅館やホテルが密集している温泉街であり、全国的にも有名な観光名所だ。
市外から一時間ほど車で走る場所にあり、調査日数も考えると日帰りではなく宿泊したほうがよく、牛鬼退治のご褒美として佐藤所長がエイジとユイにこの仕事を頼んだのだ。
仕事の内容から、美鈴は不参加だと決めていたので宿泊予約は二人分しか取っていない。
「いやっほー! ユイとお泊りデートだ」
「デートじゃないでしょっ仕事よ! し・ご・と!」
盛り上がる二人を見て、自分だけ除け者になるのが面白くない美鈴は話に入ってくる。
「そんな高校生同士で泊まりに行くのは看過できないな」
「ま、まぁ、仕事なんだから仕方ないじゃない?」
美鈴の様子を見てエイジが胸をどんっと叩く。
「大丈夫、間違いがないようにユイはちゃんと監視してますから」
「あんたを心配してるのよっ!」
「キミを心配しているんだっ!」
気持ちのいいツッコミが入って、エイジは満足そうにして睨むユイにだらしなく笑いかける。
段々と除け者にされる事よりもエイジとユイが二人きりで宿泊するのが気になってきた美鈴はユイに提案する。
「ならば風紀委員として、私も同行しよう。それならユイも安心だろう?」
美鈴の不参加は佐藤所長とユイなりの気遣いであり、ユイにも決してエイジを独り占めしようとする意図ではなかったのだが、思わぬ彼女の参加表明に戸惑う。
大変これは面倒な事になりそうだとそれにユイは待ったをかける為に仕事内容を説明しようとするが、美鈴の意思表明の勢いは凄まじく、説明する隙がないほどだ。
「いや、今回の仕事は――」
「なんだ、そんなに難しい仕事なのか? それともエイジと二人きりで仕事をしたいのか?」
「ち、違うわよ」
よほど難しい依頼なのだろう、確かに自分はあまりカラスの仕事は受けてこなかった。だが父が本部の指南役を請け負っているのだ、自分もその栄誉に負けるわけにはいかない。
そして健全な男子生徒と女子生徒の関係を維持させる為に鍛え上げた剣術を存分に振るおうと美鈴は固く決心する。
「ならば結構、仲間としてどんな苦難も共に立ち向かおう。私もキミ達の仲間なんだから、チームで動こうじゃないか」
「ど、どうなっても知らないわよ」と闘志に燃える瞳から目を逸らしながら、これからの事に不安になるユイであった。
 




