第五十五話 ドラゴンイーターに安らぎを
「あ、あ、あのエイジ君、ちょっといいかな?」
次の日、エイジは学校へ行くと挙動不審な桜華に呼び出される。
朝の屋上に人気はなく、エイジと桜華の二人しかいない。まさか愛の告白かとエイジは内心ドキドキしていた。それは期待ではなく惚れる相手を彼女は間違えていると、彼女を傷つけないようにどうすればその気を無くさせるかと焦燥に駆られていた。
手には前日手渡したナンバーズの紙を震える手で持っている事にエイジは気づいた。何やらこの紙切れ一枚がこの少女の平静さを奪っているようだ。
「こ、これあた、あた……」
震えておぼつかない口に力を入れ、ようやく言葉が出てくる。
「当たってるの、これ一等賞が」
「は?」
一等賞、つまりはただの紙が五百万円の引換券へと存在価値を変えたのだ。エイジはそれを理解するのに数十秒かかった。
というよりショックを受けて思考が止まっていた。
これは初日に当たればいいやと軽い気持ちで買ったものだ、それが当たってるというのだ。今までの苦労はなんだったのか妖怪を調べ、それを探し見つけ、野垂れ死にかけた。
そんな事をしなくても、胡座をかいて当選発表日まで待っていればよかったのか、しかしそんなギャンブルをするには自身の幸運度は信用できないとエイジは考える。
「そのだから、さすがにこれは受け取れないから」
そう言って桜華はエイジにナンバーズを突き出す、黙って交換してしまえばいいものを彼女の誠実さがそれを許さなかった。
目の下にはうっすらクマが出来ていた、彼女は一晩もし今強盗が入ってきてこの紙を奪われたらどうしようか、登校途中に無くしてしまったら、などと起こる確率の低い不安に押しつぶされて寝不足だった。
そして無事に登校して、エイジに手渡される安堵で緊張が解け、彼女はストレスから解放された。
だがその安堵を打ち破るようにエイジは差し出す手を包んで、頭を振りながら櫻花の方へ押し出す。
「男が一度渡した物をそう簡単に受け取れるかよ。お母さんの手術費用やら生活費やら使う事もあるんだから、それは桜華さんの為につかってほしい」
「そんな、受け取れないよ」
「いらない。一度手放したもんに未練は残さないんだ」
お互いに相手の方へと押し出し合う。だがエイジの力に敵うはずもなく胸元まで迫ると桜華の膨れた胸部触れる直前で手をパッと離した。
「はい、俺の勝ち! 敗者は勝者の言う事を聞くもんだよ」
両手を後ろに隠して、無邪気な笑顔で勝利宣言する相手に、櫻花は感謝する事しか出来ない。
「エイジ君、ありがとう。だけどこのまま助けられてばかりだと私も嫌だから……その、私に出来る事ならなんでもするから、何か私に出来る事ある?」
「本当にいいの!?」
「え、う、うん」
なんでもするという言葉に食いつくエイジに若干気落とされるがここまでしてくれた恩人になんでもすると言った以上、断ることはできない。
何を要求されるのか鼓動の音が大きくなる、エイジは普段はスケベな男子だ。そんな彼が自分にどんなことを要求するのか。
それでもエイジならいいかもしれないと桜華は決心する。
「桜華さんのバイト先でいつでも食い放題がいいなっ!」
「へっ?」
「え、やっぱりダメ? バイトの身分じゃさすがにそこまではできないか」
「そ、そうかもしれないけど。だけど私がいる時はなんとかしてみせるよ」
「じゃぁ、それで十分だ。今度行くから楽しみにしてるよ」
「うんっ。いつでも来てね、私張り切ってご馳走するよ!」
それからエイジは普段より元気に学校生活を送った。大好きな体育のサッカー授業では現役の部活生達を圧倒しゴールを量産した。
大嫌いな座学でもいつものように居眠りせずに真面目に教師の話を聞いて、いつもと様子の違う問題児に学校に来なかった四日間で何があったのかと教員室で話題になるほどだった。
その様子に心配をする生徒はただ一人、赤城ユイのみである、他の生徒はよっぽど学校に来たかったのだなとお気楽に見ていた。熊谷桜華も例外ではなく久々の学校でよっぽど楽しいんだろうとしか思ってない。
「やっぱり空元気だったのね」
「……」
帰りのバスの中で放心状態になったエイジを見て呆れるユイ。
遠い目をしながら流れる景色を虚ろな目で見るエイジに彼女の声は届いてない。
家に帰ると、エイジはすぐに自室に入り無言でベッドに飛び込んだ。
「あっあっ……」と枕越しにエイジの声が聞こえる。
「アアアアアアアアアアアア!!!」と枕に顔をうずめながら、足をバタバタとベッドに叩きつける。
今までの苦労はまるで骨折り損だったと、死ぬかと思うほどの苦労をしなくてよかったのだと。
だがそれでも偽物でも本物そっくりのエリーゼ姫に出会えたし、竜宮童子と親交を結べた事は有意義な事なのではないかとも思うが今はこの鬱積を解放したかった。
渡した物に未練は残さない? 笑わせるな、未練どころか自責までオマケで付いてるじゃないかと心の中で叫びながら奇声を発し続ける。
ドアからのノック音にも気づかずに叫び続け、心配でエイジを見に来たユイがそっーと顔を覗かせてエイジの奇行に驚く。
「エイジ――ってなにしてんの?」
「悔根の儀」
「なによ、それ」
「今話しかけないで、神聖な儀式の最中だから」
「なに、馬鹿な事言ってるのよ」
奇行に走るエイジのいるベッドに近づき、そっと彼の枕元に座る。
「なんか様子がおかしいと思ったけど、やっぱりなんかあったのね」
「……骨折り損のくたびれ儲けをしました」
エイジは教会で懺悔をするように粛々と心情をユイに語る。
「熊谷桜華の為にがんばった事後悔してるの?」
「桜華さんの為にがんばった事だけは後悔しておりません、なぜなら素敵な出会いに桜華さんの笑顔が見れて彼女には幸せが訪れたからです。ですがあんな思いするほどではなかったと思うのです」
「そう」
「ちょっと失礼します」
「エ、エイジ?」
膝に頭を乗せて、まるで母親に甘える子供のように大人しく柔らかい太ももの感触と僅かな温もりに身体と心を委ねる。
「いつもなんか嫌な事があるとこうやって膝枕してもらってたんだ」
「誰によ」
「……大事な人に」
「ばっ!? 何恥ずかしい事言ってんのよ」
「弱ってるんだから優しくしてちょ。こうしていると落ち着くんだよ」
エイジは人に弱い所を見せないようにしている、最強の男がそんな醜態を晒せば人々は不安になるから。
いつも誰にも見えない所で誰かに心から甘えていた、それはこのパラレルワールドでも変わらない。
そして、心許せる相手はこの世界ではユイだけだった。
理由は本人にもわからない、彼女にエリーゼ姫の面影を見ているからか、それとも自分が彼女に好意を芽生えさせているからか。
今はそんな事どうでもいいと思考を断ち切り、静かに眠りにつく。
「エイジも案外、弱い所あるのね。でもね」
眠りにつくエイジの後頭部を撫でる、側頭部ではない。なぜなら彼がユイの股に顔を向けて寝ているからだ。
「この膝枕は間違っている気がするわ」とため息をつくユイであった。
竜宮童子編、終了です。
最後まで読んでくれた皆様に心から感謝しております。
 




