第五十三話 骨折り損の好感度儲け
突風と共に現れたエイジを見て三人が目を丸くしてる中、沼田だけは眉一つ動かさずにいる。
「ようエイジ、随分ド派手な登場じゃないか。それで金は?」
「はいこれ」
エイジは一枚の紙を差し出す。最初に買ったナンバーズのくじだ、今の彼には金目になりそうなものはそれしかない。
沼田はそれに手を出さずに訝しながら見る。
「ナンバーズか? 当たってんのか」
「見てないけど、当たってれば五百万だぞ」
それを聞いて吹き出す沼田。
初めて彼は破顔した、金の期待はしてなかったがまさか不確定の宝くじを出されるとは思ってなかった。
「子分達に見張らせてお前が四日もいなくなったから何かしてると思えば、宝くじ買うのに四日もかけたのか」
「ああ」
心底おかしいのか、エイジの滑稽な行動に漫才を見てるかのように腹を抱える。
「面白い、舐めてんのかとはあえて言わないぜ。これは傑作だ。やっぱりお前は魅力的だ、こんなの堂々と出す太い芯を持ってる男はそうそういない。なぁお前らもそう思うだろ?」
唐突な質問に子分達は愛想笑いで返すしかない。
笑顔だった沼田の顔が真面目な顔に戻る、ここからはビジネスの話になるのだ。いつまでも笑ってはいられないのだろう。
「約束は三百万を用意するだ、だがお前は三百万を用意できなかった。約束通りお前もこの娘も俺のモノになる」
沼田が桜華に手を伸ばした瞬間、エイジは桜華を自身の背中に隠した。
「おいおい、それはいけない。とても男として許せる行為じゃない、一度約束した事はしっかり守ってもらわないと俺の舎弟にはふさわしくないな」
「悪いな、俺は忘れっぽいんだ」
「今、思い出しただろ? それともお前が全部立て替えるのか? 六百万だぞ」
「エイジ君、それはだめっ! そんな大金、もう払えないよ」
「ああ、俺が払う。あんたの舎弟でも奴隷にでもなってやる」
「あんたじゃない、沼田さんと呼べ。若手の分際で生意気だぞ」
タバコに火を点け、宙に煙を泳がせて沼田は恍惚の表情を浮かび上がらせる。
表社会はすでに自分の意のままに動かせる、政治家も企業家も暴力と甘い汁には敵わない。それが毒とわかっていてもそれに抗える人間は少ないものだ。
だがカラスには通じなかった。
非常識は非常識によって破られる、強者という言葉では言い表せない文字通りの怪物が跋扈する組織では自分は池の中の蛙、いや蛆虫だった。
その蛆虫が目の前の少年のおかげで羽化し金蝿となりこの街を自由に飛び回れる。
脳内でこれからの未来図を描きながら、さきほどから気になっている事を口にする。
「で、その背中に背負ってる嬢ちゃんはなんなんだ?」
「ほぉ、こやつわしが見えてるのだな」
興味深そうに自分を観察する沼田に興味無さげにそっぽを向き、指パッチンの構えを取る。
「まぁ、一応能力者らしいからね」
「じゃぁ、話は早い。それではわしが三百万とやらを用意するかの」
パチンと竜宮童子が指を鳴らすのを見た沼田は何が起きるのかと高揚していた、予測不可能な行動をするエイジが連れてきた子供だ、こいつも何かするに違いないと。
すると全員の背後から弱々しい声が聞こえる。
「あのこれはどうしたんでしょうか?」
色黒の中年男性が敷地の前でなにごとかと固まっていた。
図書館で読書でもしてそうな細身の身体には似合わない真っ黒に日焼けした肌をして、着古したシャツとスラックスの貧相な男に桜華と弟達は駆け出した。
「お父さん!」
「みんなすまなかったね、本当に……本当にすまなかった」
「なんで急にいなくなったのよ!? 何も言わないで出て行って、母さんもみんな、心配していたんだよ!?」
子供達は父との再会と行方知れずだった事への感動と怒りで感情を抑える事が出来ずに謝る事しか出来ない父親に容赦なく感情をぶつける。
「沼田さんの紹介で遠洋漁業の仕事が急に入ってね、連絡も取れないし唯一出来るのは桜華達にお金を振込みながら無事を知らせる事しか出来なかったんだ」
面白くない顔をしている沼田をエイジは見下すように睨みつける。
彼は毎週、怯える子供達の画像を送りながら父親にお前がダメになったら次はこの子達だと脅し続けていたのだ。
「おい、沼田。お前マジで最低だな」
「まさか本当に帰ってくるとは思わなかった。普通は使い物にならなくなって魚のエサになるんだけどな」
頭をポリポリかきながら、地面に落としたタバコを靴ですり潰す。
「沼田さん、今までありがとうございました。これはお約束の物です」
ヨレヨレになったぶ厚い封筒を沼田に渡す。中身の枚数を慣れた手つきで数えて「確かに」とジャケットの裏ポケットにしまいこんだ。
「まさか、こんな金の作り方をするとはな……借金を返すのが約束の根幹だしな」とブツブツ呟き始める。
「じゃぁ、これで借金返済、問題解決、大団円って事でいいよな?」
「まぁそういう事にしとくか。お前は泳がしてた方が面白いし」と終わりを告げる沼田。
「で、その子はなんなんだ? そいつの仕業だろ、これは」
「竜宮童子だけど?」
「竜宮童子!? はは、お前そいつは四日どころか百年かけても見つからないもんだ。お前はやっぱりなんかあるな」
何かを納得した様子で名刺を差し出す、今度は縁に金の帯がついてるものだ。
「そいつを出せば街の飲み屋やチンピラに絡まれても俺の顔を立ててくれるぜ?」
顔を立てる、というワードにエイジは理解する。これを受け取らなければ自分の顔を潰す事になるぞという意味だ。
普段は学生をしているエイジに取って、ヤクザである沼田が敵に回るのは脅威だ。
なのでエイジは差し出された名刺を渋々、手に取る。
「ヤクザの名前は死んでも使うなってパパに言われてるんだが、ここで戻したら後が怖いから受け取ってはおくよ」
「また今度一緒にメシでも食おうや」
エイジの肩をパンパンと叩いて子分を引き連れ去っていく沼田の背中を見届けながら、二度と関わりたくないと強くその背中に念を送った。
「じゃぁ、俺も帰るよ」と敷地を出ようとするエイジを桜華の父が引き止める。
「待ってくれ、僕のせいで君に迷惑をかけてしまったみたいだ。何かお礼をさせてはくれないか」
「いやいや、好きでやった事だから。気にしなくていいですよ」
桜華の父はいいクラスメイトを持ったなと櫻花を優しく見る。
全てが終わった事を理解した弟達がエイジにじゃれ付き始めた。
「兄ちゃんはすごいんだぞ、あのヤクザにも立ち向かうし俺達とも遊んでくれたんだ!」
「また今度、遊ぼうな。それじゃ家族が心配するから帰るよ」
桜華一家に別れを告げて、敷地を出て歩き始めると櫻花が追いかけてきた。
「あのエイジ君、本当に私達の為に何から何までありがとう」
「本当にいいって、クラスメイトのピンチに対して当然の事をしたまでだからっ――そうそう、これあげるよ」
自分にはもう必要ないからとナンバーズのくじを手渡す。
「当たるも八卦当たらぬも八卦。もし当たってたら、何かの足しに出来るかもしれないからさ。俺がした事なんかこのナンバーズを買うぐらいだったから、これは桜華さんにプレゼントするよ」
「ううん、きっと当たってるよ! だってエイジ君が必死になって買ってきてくれたものだもの。それが当たってないはずがないよ」
「そうだよね、さすが桜華さんっ! いい事言うね~」
桜華と別れて、先程から自分を観察している敷地と敷地の壁の間にいる見知った顔に話しかける。
「ユイ、久しぶりだな。監視してたのバレバレだったぞ?」
「! いや、これはその――というか四日も何も言わずに居なくなるとか何考えてるのよ! 相棒の私に言ってから行きなさいよ、馬鹿っ!」
目の前を過ぎようとしたエイジに気づくなと強く祈っていたユイは見つかった事に慌てる。咄嗟に、封筒だけは見られまいと手を後ろにやったが、既に遅し。
「まぁ色々あってね、というかなんだその封筒? なんで隠したの?」
「べ、べつになんもないわよ?」
「そっか、俺今臭いから。あんま近づかないほうがいいぞ?」
「確かに臭いわね。けどそんなあんたにしがみついてる子はなんなの?」
「竜宮童子」
「はっ!?」
「なんだよ、みんな驚いて。確かにやべぇやつだとは思うけど」
「あんた伝説の妖怪を普通に連れてるのよ!?」
「そうだぞ、エイジ。お前は栄誉な事をしてるのだぞ?」
「嬉しくなーい。ただの恐ろしい妖怪にしか見えないなんし、帰るなんし」
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ。何があったのか詳しく教えなさいよ!」
ユイに今まであった事を話しながら、三人は仲良く屋敷に帰るのであった。




