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第五十二話 ヒーローはギリギリでやってくる

 ユイが物陰に隠れて、桜華の自宅を見ている。

 今日がエイジと沼田の約束の日だ、彼はヤクザであり非常識な事もする男だが時間だけは必ず守る男だった。

 時刻は十七時、約束の時間まであと一時間だ、桜華は今頃、家の中で荷物をまとめて弟達との別れに涙を流しているだろう。

 沼田と柄の悪い二人がワンボックスの前でタバコの紫煙を退屈紛れに吐き出す姿にユイはため息を漏らす。

 エイジが帰ってこない風間家は四日前から騒がしかった。日常生活の彼は問題だらけだが家には必ず帰ってきたし何かある時は自分も含めた住人に一言残していたからだ。

 そんな彼が「帰りが少し遅れる」と置き手紙を置いて四日もいなくなったのだ、エリカも使用人達も手がかりがなく大事にする事もできずに帰りを待つのみだった。


 東北地方からエイジの落し物が見つかった時だ。

 ようやく見つけた手がかりに住人達の喜びは束の間に、なぜエイジが東北地方にいったのかという謎に頭を悩ませる。

 カバンの中身は菓子類と栄養食品、そして一枚のナンバーズ。

 謎が謎を生み膠着状態に耐えられないエリカは奮起して勢いよく立ち上がった。

「今すぐ向かいましょうっ。ナツ、今すぐ飛行機をチャーターしなさい。ハルは荷物の準備を」

「かしこまりました」とメイドの二人がラウンジから出て行こうとする。

 カバンが見つかった町へ行き、その周囲を捜索するのだと言うエリカにユイが待ったをかける。

「エリカさん、相手はあのエイジですよ? そのうち帰ってきますよ」

「あら、ユイさんは兄さんが心配じゃないんですか?」

「心配するだけムダだというのです。エリカさんこそエイジを信用してないんですか?」

「もういいですっ!」

 二人の言い争いを見かねて安藤が間に割って立つ。

「おやめくださいお二人方。ユイさんは少し言い方がトゲトゲしすぎです、エリカ様もエイジ様がお帰りになられた時皆の顔が揃っていなかったら、あのお方はいない人間の為にまたこの屋敷を出ていきます。ここはどうか長考するべきです。不要に動けば新たな混乱を生み出す恐れが」

 安藤の説得にどうにかエリカは納得し、二日は彼を待つことにしたのだった。


 そしてその二日後、一人登校したユイに桜華が話しかける。

「あの実は」とエイジが自分の為に何かをしているらしい事を告げる。

 二日前から、沼田の部下である二人が自宅の前で自分達を見張っているのだ。その時に桜華は二人からエイジが借金を肩代わりしてそれが失敗したら自分達の身柄は沼田に抑えられる事を教えられる。

「なんかしてるとは思ったけど、あいつらしいといえばあいつらしいわね」

「どうしようエイジ君、私のせいであの人達にもしかして捕まってるんじゃ……私、怖くて」

 弱々しい口調で話す桜華をユイは何も言わずに視る。その視線は本人にその気はなくとも、気弱な彼女に取っては「おまえのせいだ」と責苦を受けているようで耐え切れずに頭を垂れて、申し訳なさでその視線から逃げる。

 ユイは理解していた、彼女は自分のせいでエイジがいなくなった事に誰にも相談できずにいたのだ。それでも彼女は自分にだけ相談してくれた。

 その勇気と問題解決の術がわかった事が何より重要だ、彼女にあるのは今まで黙っていた事に対する罪だけでありそれを咎める気にはならなかった。

 何より大した問題ではない。彼は必ず帰ってくる、その約束の日までに。

「大丈夫よ桜華さん、エイジは明日の約束の時間までに帰ってくるわ。だから心配しないで、貴方はただ家にいればいい」

「私ももうすぐ学校からいなくなるかもしれないの、荷物もまとめたしバイト先にも一応一言残して」

「だーかーらっそんな心配しなくていいのよ。相談相手にエイジを選んだ時点で貴方は助かるわ」

「だって、エイジ君はもう」

「あいつは貴方を助けるわよ、そういう奴なんだから」


 そしてユイは今、熊谷家の玄関先で泣き叫ぶ弟達に涙を流しながら男達に連れられる桜華を見ていた。

「あいつ、本当に来ない気かしら?」

 ユイは口座から下ろした三百万円の入った封筒を握り締める。

 もう限界だろう、大丈夫と彼女に啖呵を切った以上、彼の相棒として相手が助からないのは許せない。

 自分が彼女の借金を立て替える事で、この問題は解決。沼田という男はユイの絶対に許さない人間リストに深く刻まれる。

 一歩踏み出そうとした瞬間、急に突風が吹き荒れた。

 家々の屋根や木が軋みをあげ、すぐに何事もなかったように静寂が包まれる。

 鬱陶しくて閉じた目を開け、桜華の家を見ると彼らの目の前に一人の少年が立っていた、いや一人ではない背中に着物を着た少女を背負っている。

 その姿にふふっと笑みが溢れて、遠くの彼に一言投げかける。

「遅れてやってくるのはあんたのお約束だったもんね、エイジ」


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