第五十話 エイジ出発
夕影の強い光に照らされ、それを鬱陶しく感じたエイジは瞼を開ける。
洞窟から見える外の風景は真っ赤な夕日が森を照らし遠くには鳥達が巣に帰るのか空を羽ばたいていた。
「……どういう事だ、これは?」
身体を起こそうと地面に手を伸ばしたつもりが柔らかい物が触れた。
その正体にエイジは肝を冷やす。
着物が乱れた童子の胸を自分の手が掴んでいたからだ、僅かな膨らみの柔らかさと体温に胸の鼓動が収まらない。
「おや、さすがだな。病み上がりで起きたばかりだというのにもう情欲に駆られたか?」
夕陽に照らされた童子のいじわるな笑顔がエイジの心を激しく揺さぶる。
男女が身体を密着させて寝る、おまけに相手は半裸の姿だ。それはすなわち関係を持ってしまったという事だと、記憶がないとはいえこんな第二次性徴を迎えたばかりであろう体型の幼女に手を出したという事実に倫理観がエイジを苛む。
「俺は……なんて事を」
「なに気にするな、男はいくつになろうと男だという事だ」
その言葉がエイジを深い奈落の底に突き落とした。
精神力の高いエイジでも大きなショックで狂ったように笑い、そしてその事実を否定する。
「俺はこんな幼女に手を出したというのかっーー!! 俺はこんな貧相な身体に興奮をしたと? はははっ……ありえない、ありえないだろ。俺はもっとおっぱいもお尻も大きいお姉さんが好きだというのに!」
「誰が貧相な身体だっ! 老いも死すらも超越した完璧なわしに向かって。大体、エイジは寝相が悪いの、何度も身体を弄りおって。おかげで寝つきが悪くて寝不足だ」
大あくびをしながら「まぁ触るだけで関係には及ばなかったのは大したもんじゃな」と笑う。
「ちょっと待て、俺は童子の身体を触っただけか? 本当にそれだけ?」
「うむ」と答えるとエイジは「よっしゃぁ! セーフ、セーーフ!!」と天井に向かって拳を突き出す。
その様子を何をそんなに喜んでるのかわからず訝しながら童子は着物を着なおし、エイジの意識内ではカンさんの声が届く。
『マスターおはようございます。体力が戻った事により、スリープモードを解除しました』
『おはようカンさん』
『身体状態がいつもより良好です。よほど栄養のある物を取り入れたのですね、私も普段より力がみなぎっています』
召喚石のカンさんはこの世界に来てからはより無口になっていた。それは少しでもマスターたるエイジの負担を軽減するためだ、だが今日の彼は体力も魔力も異世界に居た頃と同じ万全の状態であった。
口にしたといえば、竜宮童子の粥ぐらいしかない。あの中に何か入っていたのかとエイジは童子に問う。
「それはそうだろう、粥に隠し味を入れてるからな」
「隠し味?」
「なんだと思う?」」と指を口に当て、いやらしく微笑む。素直に答えない辺りが童子らしいなと腕を組みなんだと思考を始める。
突然出されたクイズにエイジは考えているとカンさんが答えを導く。
『体内から妖力反応を感じます。おそらく竜宮童子の体液かと』
『そういえば口移しとか言ってたな』
『ええ、ほかにも濃い反応があります、栄養素は糖類と塩分反応がありますね』
その言葉に閃き、そしてショックで大声を出す。
「まさか小便!? たしかに芳醇で塩っけがあった!」
「んなわけないじゃろがい!」と顔を真っ赤にした童子の手がエイジの頭をスパッーンと気持ちのいい音を立てて叩いた。
「痛い! ……え、違うの?」
「食い物に排泄物を入れるわけないだろうがっ! 血だ、わしの中に薄いが竜の血も混ざっておるからの。霊薬みたいなものじゃ」
「なるほど、どうりで竜の血なら調子がいつもよりいいのは納得だ。ていうかもう夕方か。あれ? おれどれぐらい寝てたんだ?」
「三日と半日は寝てたかの」
童子に出会う前に三日、童子と出会ってから四日半経っているのかとエイジは考え、冷や汗が全身からたれ始める。
「やべぇ! 時間がねえ!!」
「ちょっエイジ?」
竜宮童子をかかえて慌ててドラゴンズアーマーを纏う。
カンさんが現在地から熊谷桜華の自宅までのルートを割り出す、距離は五百キロメートル。約束の時間まで三十分しかない事にあせる。
だが、幸いにいつもより絶好調の自分の状態なら、間に合わせる事は不可能ではないと確信するエイジ。
「こうなりゃ、最後まで付き合ってもらうぞ竜宮童子っ!」
翼が羽ばたいた瞬間、洞窟内に爆発が起きたように粉塵が巻き起こり、焚き火の跡も鍋も何もかも無残に吹き飛び童子の叫び声だけが残った。
そして、超高速で移動する黒い夕影が夕映えの雲へと吸い込まれていった。




