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第四十九話 童子の過去②

 その頃、国では流行病が蔓延していた。感染すれば一年で間違いなく死ぬといわれた病気は瞬く間に各地方の村を壊滅させた。

 男のいる村も漏れる事なく、村人も自分の妻や娘までも病は容赦なくさらっていく。もう自分以外誰もいないこの村で男は一人で生活している。

 そんな折に出会ったのが竜宮童子であった。


 ある日、童子は汗水を流して畑仕事をしている彼に近づいて「こんなに苦労しなくても私の力を使えばすぐに野菜は育ちます」そう言って、耕している最中の畑に種を植えると大根が生えてきた。

「ほら、米も出す事ができますよ」手から白米が湧水のように湧いてきた。これで男と一緒に過ごす時間が増えるし、ガラガラにやせ細った身体に鞭打つようなに働く事もないと童子は笑顔で男を見る。

 だが、その行為を戒めるように首を振る。


「ぐうは大層な力を持ってるんじゃな。だが米や野菜をなんの苦労もせずに出す、そんな事したら人間は働く事をやめて堕落する」

 男は竜宮童子の事を「ぐう」と呼び、家の脇に立てかけられた農具を持ってきて童子に差し出す。

「わしの為というなら、(くわ)を持て、鍬を」

 常に神通力を使ってきた童子は不慣れな肉体労働に戸惑いながらも男の真似をして汗と鼻水をまき散らしながら必死に鍬を振り下ろす。非力な童子では大人のペースについていけず男が畑の半分を耕したのに対し、童子は三分の一ほどしか進んでいなかった。

「はっはっはっ。わしの勝ちじゃなっ」

「くぅっ~!」と悔しそうに歯ぎしりして、ペースを上げる。決して男の手を煩わせないようにする為に。

「おおっ大したもんじゃ。ほれもうすぐじゃ、がんばれ」と男がエールを送る。

 耕し終わって、肩を息する童子の頭を優しく撫でて「よく一人でやったな。夕餉(ゆうげ)にしよう」と優しく労う。

 人の優しさに触れる童子は日に日に明るくなり、男の口調や癖である指鳴らしを真似するようになった。


「ほれ、飯ができたぞ」と布団で眠る男に畑で採れた野菜を使った雑炊を持ってくる。

「おお、すまんの」と男が上体だけを起こし、箸を握った手を震わせながらゆっくりと口に運ぶ。

「ぐうの雑炊は毎日うまくなっていくな」と微笑む男に「そうじゃろっ!」と言って指を押し当てパチンッと鳴らす。

 日に日に男の顔はやつれ、布団から起き上がる事もできずに寝たきりの生活が続いていた。

 流行病の魔の手は妻や娘だけでなく、男も逃さなかった。

 死期を悟った男にそれなら神通力で治すというが、それだけはやめてくれという。

「わしは一日でもお前らより長く生きて天寿を全うすると妻と娘に約束したのだ。お前が力を使えばその約束を破る事になる」

 妻と娘に与えられなかった日々を噛み締めるように男は今まで生きてきた、これ以上は望まないと男は言う。

 ならば、妻と娘を蘇らせようかという童子に首を横にふる。

「わしはお前に看取られるだけで満足だ」

「……そうか」


 木々から葉っぱが落ち、寒い日が続くと同時に男の寿命も落ちかける葉のようにいつ死んでもおかしくない様子だった。

 もう内蔵は活動を停止しかけ、朝からは食べ物を身体が拒絶した。普通なら痛みでのたうち回っているのに静かに眠っているのは密かに童子が雑炊に自身の血を混ぜていたからだ。竜宮城の主である竜神の一部から作られた彼女の体内には霊薬とも称される竜の血が薄くだが混ざっている。

 重病を完治させるには効果はないが、痛み止めの効果を発揮していた。

 もう別人のように言われなければ死人と見間違えるほどやせ細った男の瞼が開く。

「おお、起きたか?」

「ああ、だがわしはもう一度目を閉じたら起きれないかもしれぬな」

「そうか」と男の死を覚悟していた童子は、小さな声で返事をする。


「だが、わしが死んだ後のお前は気にかかる。こればかりはその神通力を使ってもらわねばダメだろう」

 男は使う事を禁じていた神通力の使用を頼む。口に出される三つの願いに童子は俯きながら、しゃくり声を出して肩を震わせる。


 一つ、人の為に神通力を使い続けてくれ。お前の居場所はここだけではない、人と多く関わり営みを続けるのだ。

 二つ、自身に害を加える者、願いを叶えた後に傲慢になる者には罰を与えよ。だが決して命だけは奪うな。生きてるうちに後悔の自責にかられる事をその者への罰とせよ。

 三つ、美しい容姿になれ。容姿だけで人を判断する者もいる。力を持った美しいお前を世間は敬い、そして畏れる。


 童子は何も言わない。始めて自分の為に願いを告げる者がいた、その事が別れの悲しみと自分を想う言葉の喜びで心が張り裂けそうだった。

「これ返事ぐらいせぬか」

 何もしようとしない童子に男は催促する、そして過呼吸のようにヒックヒック言う童子は指をパチンと鳴らした。


 竜宮童子の容姿はみるみる変わっていく。

 べたべたの髪は黒い絹糸のように艶やかな長髪に変わり、端正な顔の凛とした豪奢な紺碧(こんぺき)の着物を着た少女になっていた。童子がもっとも美しいと確信している乙姫の容姿に似せたのだ。

 願いが叶った事に安心した男に睡魔が襲いかかり、瞼を震わせる。そめてもう少し――彼女との別れを惜しみたいのだと。


「お前との生活は楽しかったぞ。今までありがとう」

「わしの方こそ、貴方に出会えて嬉しかった……本当に、本当に楽しかった」と顔を上げて、黒髪が別れて童子の顔が男の瞳に映る。

「せっかく、べっぴんになったのになんだその顔は。何も変わらない鼻垂れ娘ではないか」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を見て嘲笑する。

 自分は変わったのだと童子は思う。初めて泣いた時とは違う、自分の為ではなく他人の為に涙を流せるようになったのだと、人の良心の尊さに気づかせてくれたのは貴方だったと。

「ああ、そうだ。もう一つ願いがあった」

「なんだ?」

「あの世で妻と娘に会いたい。そして竜宮童子の話を土産話にしたいのだ」

 童子の神通力は現世の事柄にしか通用しない、だがそれでも彼女は指をもう一度鳴らした。そして願った、どうか神よ、この男の願いを叶えてくれと。

「ああ、これで安心して逝けるな」

 瞳をゆっくり閉じる男の手を握りながら、何度も「ありがとう」と言い続けた。


 その後、竜宮童子の伝説は国中に響き渡った。もうその頃には誰も竜宮童子を馬鹿にする者はいなくなっていた。

 ある日、自分を追い出した男の屋敷を見に行く。再会して何をしようというのか本人にもわからなかった、恨み言の一つでも言いたいのかそれとも追い出してくれたおかげでかけがえのない物をもらえたと感謝を伝えたいのか、本人達に会うまで童子は迷っている。

 だが、童子はそれが無意味だと悟った。

 豪華絢爛な屋敷は、ボロボロの廃墟と化していたからだ。

 噂では屋敷の財産が急になくなり、資産をなくしたショックで旦那は狂い街中を「竜宮童子はどこだ」と呟きながら徘徊する狂人となり最後は夫婦で心中を図ったそうだ。

 そんな噂があるから、誰も屋敷に近づかず手入れをされなくなったせいで幽霊屋敷と化していた。

 それを見聞きした童子は、彼らの事を忘却の彼方に追いやった。

 迷いの答えは出してもそれを伝える相手がいなければならない。(あざけ)りも悲しみも相手が死んでしまっては意味をなさない。

 それよりも自分には為さねば為らぬ事があると童子は駆け出した。

 この世では自分だけが知っている男の癖の指鳴らしを真似して、男の遺志が残っている事を天から家族と一緒に自分を見ている男に伝え続けた。

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