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第四話 ドラゴンイーターVS学校の怪談

 放課後の校舎は薄気味悪いものだ。

 普段は賑やかなところが静寂に包まれる。


 それがもう誰も使わなくなった古い校舎なら、その不気味さは何倍も膨れ上がる。

 扉には板が打ち付けられ、窓には全てカギが掛かっている。

『誰も入るな』そう校舎が言っている様だった。


「スキル開錠を起動しますか?」

「起動してくれ。 道具は……針金でいいか」

 おれの持っている複合スキル【盗賊の心得】には、物の価値を判断し、レア度で表す『鑑定眼』

 大抵の鍵を開けることのできる『開錠』がある、これはただの針金でも万能の鍵へと変わる便利なスキルだ。


 異世界の激しい戦いの中で一度心が病んだ時に、ジョブチェンジして盗賊になった時の名残だ。

 あの時はキクコロール星人に説得されて、またもう一度ドラゴンイーターに戻ったんだっけな。

 恥ずかしくも懐かしい思い出が蘇る。

 そのせいでコレクター精神も身につけて、なんでも珍しい物は魔法のかばんに入れてしまう悪癖が残ってしまったんだが――


「うへぇ…… やっぱりクモの巣がすごいな」


 侵入した教室の中はボロボロになった机やイスが並んで、クモの巣が垂れている。

 鑑定眼を起動するが、目にするのは――

 机 レア度1

 椅子 レア度1

 本棚 レア度1


 ……案の定、ガラクタばかりだ。

 理科室や美術室あたりに行けば、掘り出し物が見つかるかもしれない。


 教室から出て、廊下へ出る。


「電気は……点くわけないか」

 壁にあるスイッチをカチカチと押してみるが、天井にぶら下がった蛍光灯が点く様子はない。

 窓から夕日があたるところは見えるが、廊下の奥までは見えない。


「まぁ、これはこれで冒険感が出ていいじゃないか」


 ギシギシと歩くたびに木製の床が鳴く。


「美術室や理科室は……二階か」

 壁にかかっている案内板を見て、校舎の教室配置を確認する。

 このボロさを見ると二階にいったら、床が抜けないかと心配してしまう。

 廃墟に入るときは、幽霊なんかよりもそういった物理的な驚異のほうが怖い。


「っと、その前にトイレにでも行きますか」

 階段の手前にトイレの看板を見つけて、尿意を催してしまった。

 水洗なら用を足せないが、汲み取り式なら……まぁ、だいじょうぶだろ。


「うわぁ……」

 トイレの中は小さい窓しかないせいで真っ暗だ、中の様子はほとんどわからない。

 暗闇から手が伸びてきてそのまま引きずりこまれる想像をする。


「まぁ、それはそれで楽しそうだね」

 常人なら、入ることをためらい引き返すだろう。

 だが、おれは異世界帰り。

 こんな薄気味悪いところやゴーストタイプの魔物の扱いは慣れている。


 個室の中に入り、用を足す。


「マスター、よくこんなところでそんなことできますね」

「いついかなる時も我慢するなっていうのがおれの心情でね」


 天井を見上げ、誰かが覗いてるか確認する。

 そこには仕切り板と天井しかなかった。電灯器具があったであろう場所には鎖だけが虚しくぶら下がっている。


 さすがにベタなホラー映画みたいなことは起きないか。


「――って、うおっ!」

 ブツをしまって、チャックを上げようと下を見ると、赤いスカートを履いた女の子がいた。

 おかっぱ頭からは湯気が立ち上がり、キッと俺を睨みつけている。

 睨む顔にはほのかに黄色い液体がついていた。


「まさか……小便かけちゃった?」


「……」

 プルプルと青白い肌の頬がりんごの様に赤く染まる。

 しゃがんだ体勢から起き上がる。

「いてっ」

 俺を突き飛ばし、トイレから出て行ってしまった。


「なぁ、カンさん」

「はい、なんでしょう?」

「お金置いてったほうがいいかな?」

「申し訳ありません。質問の意味がわかりません」


「とりあえず、追いかけて謝んなきゃ」

 廊下を出て、足音のする方向へ向かう。


 遠くからドタドタと何かが走って近づく音が聞こえる。

 夕日に照らされたその正体は……半分は皮膚で覆われ、半分は筋肉の繊維が見えている人体模型だった。


「こわっ! マジかっ!」


「敵性反応。 ゴーストタイプのようです。 おそらく憑依して人体模型を操ってるのかと」

「さっきの花子さん(仮)か?」

「いえ、別の霊体のようです」


 人体模型が五メートル手前で勢いよく飛び上がり、そのまま拳を突き出す。

 それを防ぎ、同じくパンチをするが空中へ飛びよけられる。

 人体模型は踊るように殴打を繰り返す。


「こいつ、舞闘系人体模型じゃんかっ!」

 相手の動きは素早いが反応出来ないわけじゃない

 手を人体模型の胸に掌底を喰らわす。

 そしたら、あら不思議、一瞬で人体模型が粉々に粉砕される。


「こっちじゃ、八極拳って言うんだっけかな」

 異世界では『リベンジャ流柔術、玄武の構え』と呼ばれる、カメが獲物を捕らえる時の素早い首の伸縮を真似した技だ。

 バラバラになった人体模型を見下ろす。

 パーツがカタカタ動き出し、時間を戻した様に人体模型が組みあがっていく。


「霊体に攻撃したわけじゃないから、再生するのか」


 再び、人体模型が構える。

「ていうことは、いくらでも殴り放題。壊し放題ってことだよな」

『ニチャァ』と不敵に笑う。


 ビクッと人体模型の身体が震えた。

「隙ありっ!」人体模型に向かって飛び出し、再び人体模型を粉砕する。

 瞬間、エイジは何かを手に取り、後ろに隠す。

 キョロキョロと再生した人体模型が右往左往し始めた。

 俺の事が見えていないみたいだ。


「やっぱりな――おい、これで見えてるか?」


 人体模型が俺の方へ身体を向ける。

 俺の手の上にあるものをみて、片手を伸ばしあわあわしてる。


「やっぱり眼球のパーツを取ると見えてないみたいだな」

 手の上でコロコロと眼球を遊ばせてみる。

 ギョロギョロと眼球の瞳孔がグルグルと回り始める。


「返して欲しいか?」

 少し眼球パーツに力を入れてみる。

 すると人体模型が床に額を擦り始めた。

「おいおい、土下座なんて大げさすぎる。あの赤い服を着たおかっぱ頭の女の子は知っているな? どこにいる?」


 階段の方を指差す。

「二階か?」と問うと、首がもげるんじゃないかというほど首をぶんぶんと縦にふる。


「ありがとさん――手、出しな」


 人体模型の手の上に眼球パーツを置く。


「俺は彼女に謝りたいだけだ。ましてや君たちに危害を加えるつもりはない」


「それじゃぁな」と階段へと走り始める。

 古い木製の階段はギッーギッーと鳴いてる。

 だが13階段目に足をかけた瞬間、首に違和感を感じ、反射的に一歩下がろうとする。


「ぐげっ!?」

 首にロープがからまり、息ができなくなる。

 苦しくて、喉のロープをかきむしるが切れる様子はない。

「ぢっぐ――殺す気か!」


 ロープをドラゴンズアーマーの爪で断ち切る。

 頭上の梁に不気味に光る目があった。

 それが梁から梁からへと飛び移り、逃げようとする。


「逃がすかよっ!」

 篭手をドラゴンの口に変形させてロケットパンチみたいに射出する。

 通称『ドラゴンマウス』相手を捕獲し噛み砕いたり、ドラゴンを捕食するときに使うものだ。


「こんな事、冗談でもしちゃならないんぞ!」

 捕まえたぼろ布を着た小人をお尻ペンペンする。

「ぴぎゃっ!?……ぐすんぐすん」

 痛みで涙を流す小人。まぁ、生者にこんな風にいじめられるのは初めてなのだろう。

 驚きと痛みで身体をガタガタと震えさせている。


「マスター、あそこの教室に先ほどの女の子の霊気を感じます」

「おう、そうか」とぽいっと小人を投げる。慌てながら小人は暗闇に走って消えていった。


 指定された教室に入ると、そこは点くはずもない電気が煌々と照らしていた。

「なんだ、電気は来てないはずなのに。 彼女の仕業か?――っ!」


 空を着る音と共にコンパスが飛んできた。


「危ない、危ない。 ここのゴーストは中々凶暴なんだな」

「くすくす」

 黒板の前にある教卓に座る少女が笑う。


 彼女の周囲にはえんぴつや定規など鋭利なものが周囲に切っ先をむけて浮いている。

 掴み取ったコンパスを投げ捨て、次の攻撃に備える。


「さっきは悪かった。 まさか、あんなところに君がいるとは思わなかったんだよ」


「ふざけないで!このヘンタイ! もろにかかったのよ!びしゃって!絶対にゆるさない」


「そりゃぁ、屈辱的だけどね――」

「まぁ、話し合おうよ」と一歩踏み出す。

 瞬間、文房具の矢が嵐となって襲いかかる。


「まぁ、仕方ないわな」

 ドラゴンズアーマーが文房具の矢を弾き飛ばした。

 やはり、ただの文房具だ。鎧には一つの傷もできていない。


「っ!?」

 驚く花子さん(仮)。まぁ、急に相手が全身に鎧を着込んだら驚くわな。


「これなら、どう?」

 花子さんの周囲に雷撃が走り、周囲の文房具にも青白い火花が走る。


「やめときなよ、その程度じゃ電気マッサージにしかならないぜ?」

「うるさい! ヘンタイ鎧!」


 文房具が質量をもった雷となって飛んでくる。

 その一直線に飛んでくる軌道をよんで、掴み取る。

 瞬間、全身に青白い火花が走った。


「ばっーか! 電気でまるコゲになりなさいっ!」


 鎧に電気が走っているのだ。だが、やはり効かない。

 サンダードラゴンの雷撃に比べれば、本当に微力な電気マッサージだ。

 普通の人間なら、食らった時点で泡吹いて失神してるんだろうな。


「はぁ……」

「な、なんでため息ついてるのぉ~!?」

 纏っている電気を手に収束させて、えんぴつをダーツのように花子さんへ放つ。もちろん、わざと外して。

 教室内の大気を揺るがすほどのレールガンの砲弾と化したえんぴつが花子さんの横を超高速で過ぎる。


「ひっ!!」

 衝撃波だけでも、彼女に恐怖心が芽生えているだろう。

 ましてや、後ろの黒板に空いた大穴をみれば尚のこと。


 キッーキッーと教室中のぶら下がった電灯器具が激しく揺れる。

 だいぶ、抑えたつもりなんだがやはり、強力すぎたか。


 ヘナヘナと崩れるように花子さんが尻餅をつく。


「だいじょうぶ? おしっこ漏らしてない?」

「漏らしてるわけないでしょ! あんたじゃないんだから!」

 おれは漏らしたわけじゃないんだがな……

 まぁ、これでこの子に戦意は無くしただろう。


 瞬間、ガタンッと大きな音をたてて彼女の直上にある電灯器具が落ちる。

 先ほどの衝撃で支えていた鎖が切れたのだ。


「危ない!」

「えっ……?」


 瞬時に彼女を抱きかかえて、電灯器から彼女を守る。

 頭にガシャンッと衝撃が走った。


「こ、これは――?」

 視界が一瞬真っ白になり、かつての旧校舎のトイレの景色が映し出された。

 そこに女の子がいた。

 個室で出られなくなったのか、泣きながらドアを蹴ったり、叩いたりしてる。

 瞬間、学校全体が震える。地震だ。

 彼女の頭上に電灯器具が落ちてくる。そこで視界が元に戻った。


『どうやら、彼女の強力な思念が幻覚を見せたようですね』

 カンさんが今の風景を説明してくれる。


「な、なんで?」

「女の子を守るのは男の特権なもんでね」

「さっきまであなたの事、殺そうとしたのよ?ジンくんや十ちゃんにもおねがいして」

「まぁ、死んでないからいいんじゃない?それよりケガはない?」

「う、うん。だいじょうぶ」


 そっと彼女を立たせる。


「その改めて……」


 ドラゴンズアーマーを消して「すまなかった」と頭を深々と下げる。

 彼女を追ってきたのは、これが目的だったのだ。戦うためじゃない。

 だけど、もし許さずに頭にコンパス刺されたらどうしようか。まぁ、その時はカンさんが助けてくれる……よな?

 瞬間、頭を撫でられる。


「クスクス、久しぶりにひとの身体にさわったわ」

「俺はおばけに頭なでられるのは初めてだ」

「そうでしょうね……まぁ、今回はゆるしてあげる」

「ありがとさん! いや~さすがだね~! やっぱ違うわ~生きてたら間違いなくいい女になってたよ!」


「もう、調子いいんだからっ……ところであんた、なんでこんなところに来たの?」

「宝探しが趣味なもんでね。なんかないかと冒険しに来た」


「あきれた。あんたここは人に喜んで危害を加える悪霊もいるのよ? 普段は結界が貼ってあって中からは出れないようになってるんだけど――あんたのせいで何体か外にでちゃった」


「え、マジ? 参ったな。倒しにいったほうがいいかな?」

「また悪さしたら戻ってくるでしょ。外からは入れるし、連中はここが好きだから」


「それより、お宝探してるんでしょ? 教えてあげる、ついてきなさいよ」そう言って、彼女は教室の出口に立って、手招きする。


「おおっありがとう。ところで名前を教えてくれない?」

「サンって言うわ。あんたは?」

「俺はエイジ」

「今じゃ、外の人間はみんなあんたみたいに強いの?」

「いや、俺は特別だと思う」

「そうなの」

「ねぇ、手繋いでいい?」とサンは手を差し出す「いいよ」と俺も笑顔で握る。

「ふん、ふふん」とサンが上機嫌で歩く、たぶんこの子は人の温もりを感じるのは久々なんだろう。


「ここよ」

 廊下の最深部にある教室へ案内される。

 そこには、白い紙垂れがついたしめ縄に囲まれる祠があった。

 祠の中には紫色に光る石と『封魔』と書かれている御札がある。


『どうやら、この祠が旧校舎全体に結界を貼っているようですね。魔力の伝導性がいいアメジストの原石に封印の術式が施された御札を貼って、広範囲に効力を広げています』

「なるほどね、つまり。 あれを取ったら?」

『旧校舎だけではない、現校舎がゴーストタイプの巣窟になるでしょう』

「ですよね。やめときましょ」


 最後に祠に手でも合わせて帰りますか。

 教室に入った瞬間、魔術の反応がする。

「今のは?」

『人よけの魔術ですね。ですが、あの祠からではない、校庭からのようです』

 誰かが魔術を使っているのか。そいつは気になる、現実世界でも魔術を使える人間がいるなんて。

 どんな人間なんだろう? 好奇心が抑えられない。


「どうしたの? さっきから黙っちゃって」

 サンが不安そうに俺を見上げる、俺がこのお宝を気に入ってないように見えて心配してるみたいだ。

「あぁ、いや、なんでもない。これはこの校舎の為の祠みたいだ。うかつには触れないよ」

「そうなの……」と少ししょんぼりしている。

「いいって!いいって!まだ見ていない場所はあるし、また今度案内してよ」

「うん!いいよ!」とサンは笑顔になる。

「それじゃぁ、一階に戻ろうか」と教室を出て、入って来た場所に戻る。


「もう、かえっちゃうの?」と手を後ろに組んでモジモジしている。

 校庭の様子が気になるが、悲しそうな顔をするサンも放っておけない。

「なぁ、サンも一緒に来ないか?」

「私は――ムリ……」

「なんでさ、もうここに未練はないだろ?」

 霊体になる者は未練や強い思いを持っている、それが解消されれば霊体はこの世からいなくなる。

 サンは誰かに助けて欲しかったって願いがあった。

 あの時、俺が助けた事によってサンの雰囲気が変わった、まるで心のトゲが取れたように。

「だからよ、私はここの結界でつなぎ止められている。外に出たら成仏しちゃうわよ」


「まだ、ここに居たいのか?」

「えぇ、友達と遊んでて楽しいし。その、消えちゃうのも……こわいから」

「そっか、俺はもうここから出るよ。 魔術使いの存在が気になるし」


「そう……」少し、寂しそうにサンがおれを見上げる。

「そんな顔しないでよ。 今度は一杯のお土産持って遊びにいくから」

「ほんとに!? ぜったいだよ!?」

「ああ、約束」と言ってお互いの小指を結んで約束をする。


 誰もいない渡り廊下をぬけて、校庭へ走る。

 外はもう薄暗く、教師たちも帰っている頃だろう。


「あそこか」校庭の隅にある植木の陰に隠れて、犯人を確認する。


「え?あの子って……」

 そこにはハサミの怪物に運動マットで出来た巨人と相対する女子生徒がいた。

 長い銀髪を片手で気だるそうに払い、怪物たちを冷たく一瞥する。


「あんた達、どこから来たのよ? 悪性のマナは普段から取り除いてるはずなんだけど」

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