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第四十七話 森の中で熊さんと子供に出会った

 夜の森の中を一つの影が歩き、幼女の楽しい声が響いていた。

「俺はいつまで童子様を抱っこしていればいいんですかね?」

「ふはは、わしがいいと言うまでじゃ! それよりここを右に曲がってまっすぐ進むのじゃ」

「はぁ~」とため息をつくが、不思議と童子の重さは感じない。妖怪に体重という概念は希薄なのか、それとも単純に童子が気をきかせて妖力で負担を軽減しているのかはエイジにはわからなかった。

 名前を名乗ってからは「エイジ」と呼ぶ童子はどうやらエイジを相当気に入っているようだ。エイジは童子をただの厄介者だと思っているのだが。

 カンさんをスリープモードにして維持して消費される体力を減らしているので、案内役になっている童子の機嫌を取るのは必要不可欠であった。

 普段はカンさんを通じてスキルを使うが、エイジの意思だけでドラゴンズアーマーだけは纏えるようにしているので、いざという時は任意で使えるがこれはもしもの時だけと決めていた。


「いいだろう? 女子を抱いて歩くなど男として(ほま)れではないか」

「それがナイスボディなお姉ちゃんならいいけど、幼女に抱きしめられたって嬉しくもなんともないぞ」

「エイジは素直なヤツよな、ますます気に入ったぞ」

「褒め言葉はいいから、もう機嫌治ったならいい加減に元の服装に戻って祟るのをやめておくんなまし」

 エイジも童子の古い口調につられて、方言訛りで話す。

「まだじゃ、汝を見極めてからでないとだめじゃ。だが黒い着物も中々、乙なもんではないか?」

「あちきにとっちゃ、どうでもいいことでなんし」

「なんじゃそのおかしい(くるわ)言葉は。面白いやつじゃの」

 元気な童子とくたくたに疲れるエイジはその後も歩き続けた。


 その後、森を歩いていると何かのうめき声が聞こえる。

「なんだ、こんな時に妖怪かよ」

 その音がなんなのかと興味を持った二人はその正体に近づき始める、ガチャガチャと金属音も聞こえてきた。

 妖怪なら近づかないのが賢明なのだろうが、エイジの悪い癖である好奇心が今は勝ってしまっている。

「あれは熊か、どうやら罠にかかっているようじゃの」

 向かう先に熊が横たわり、苦しそうな声を上げていた。

 エイジ達の存在に気づいて、熊は再び立ち上がり彼らに向かって雄々しく吠える。

 足に口を閉じた鉄製のトラバサミが噛み込んで、繋がれている鎖は木に何重にも回し止められていた。

 この世界でもトラバサミはすでに使用禁止にされており、違法な狩猟者が罠を仕掛けたのだろう。

 捕らわれた熊が苦しみから解放されるのはこのまま息の根が止まるまでだ。

 すぐに楽に殺してやればいいものを、彼らは死ぬか抵抗できなくなるほど弱るまでこの状態を放置しておくに違いない。

 非常に残酷な罠だ、狩猟行為を批判する気はない。人間も自然の一部であり殺し殺される事は自然界の常識だ。罠を張っていたぶる様に獲物を捕食する動物もいる、それは彼らが進化の過程で得た知識だ。人間もそのように進化して効率的に狩猟行為を改良してきた。

 だからこそ、これは違うとエイジは拳を強く握る。

「気分悪いな、綺麗な毛皮がほしけりゃ正面から口に一発打ち込んでやればいいじゃないか。下手くそ共め」

 そう言ってエイジはドラゴンズアーマーを纏った。

「エイジ、力を使えば残り少ない体力を減るのでなかったのか?」

「いいんだよ、森の熊さん助けるといい事あるの知らないのか? 貝のイヤリングとかもらえるんだぞ?」

「またワケのわからん事を……」

 噛み付かれ、鋭利な爪で引っ掻きられながらエイジはトラバサミを開いて解放する。

 だが、熊はすぐに逃げる事はなかった。

 トラバサミが皮膚を裂き、骨を砕いたからだ。立ち上がろうとしてはドタッとバランスを崩して倒れる。

 篭手が緑色に光り、エイジは無様に這いつくばる熊に近づく。

 再び、火が付いたように暴れる熊を片手で押さえつけながらヒールドラゴンの治癒能力を使って傷を治し始める。

 熊も自身の身体の異常が無くなっていく事に気づき大人しくなった。どうやら頭のいい個体のようだ。

 逃げようと暴れまわったせいで無残にズタズタになった傷口が塞がっていき、エイジはそっと刺激しないようにゆっくり離れた。

 離れていくエイジを一瞥して再び立ち上がり森の中へ走っていく、最後にもう一度振り返り、暗い森の中に溶けていきエイジの視界から消えていった。

「うぅ~いい事した後のチョコバーはうまいな~」とチョコバーを半分だけ残してポケットにしまいこむ。

「その半分はわしにくれるのではないか?」

「んなワケないだろ、仕方ないとはいえあの鎧着るのは体力使うんだから勘弁してくれよ。今度はちゃんと道案内してくれよ?」

「その前にやる事があるだろ?」とエイジに「んっ」と両手を伸ばし、顎を上げて目を閉じて不遜にねだるような仕草を見せる。その意味を理解してエイジは童子を抱っこした。

「ロリババアのくせに甘え上手なやつだな」

「だから、囲炉裏ババアってなんじゃ!?」


 その後も童子の導きに従って、進み続ける。

「またかよ、今度はなんだ?」

 暗い森の中心部に何かが横たわっているのが見えた。今度はなんの動物だとドラゴンアイを使って視界を鮮明にする。

「っ!」

「ぎゃっ!」

 抱っこしていた童子を投げて、その視線の先にある者へ疾走する。

「いったいの~」と地面に放り投げられた童子は痛む尻を撫でながら近づく。

 エイジは「だいじょうぶか?」と倒れていた少年を抱き上げて声をかける。

「っ……」と僅かに反応を見せてエイジは安堵する。

 すぐに緑色に輝くドラゴンズアーマーの篭手を少年の額に近づける。わずかに残っている少年の生命力を活性化させ、自身の僅かな体力と魔力を分け与える事で弱りきった身体を回復させる。

 始めは苦しそうな息をしていたが、次第に安らかな呼吸に変わっていく。

 篭手が形を保てずに、具現化するのを維持が出来なくなりノイズが走って砕けて霧散する頃には少年は穏やかな寝顔に変わっていた。

「今度ばっかしは洒落にならないな」

 そうボヤきながら、半分残していた食料を食べる。これでチョコバーの残りは一本、まさかこんな短期間のうちに生命線を絶たれそうになるとは思わなかった。これも全部、あの竜宮童子の仕業なのではないかと勘ぐり始めた。

「痛いではないか、エイジ。もう少し丁寧に下ろす事はできんのか?」

「っ!」とエイジは辛抱できなくなり、童子の胸ぐらを掴み上げる。その顔は今までのおちゃらけた顔ではなく、まさに竜が威嚇するような激しい怒りに満ちていた。

「なんじゃ、この手は? わしの裸体が気になるのか?」

 掴まれた勢いで着物の襟がはだけて、前部が広がり白い肌が露出している。

「てめぇ、これはやりすぎだ。畜生ぐらいならまだ許せるが人間を、ましてや子供を巻き込むのは許せねぇ」

「ほぉ、わしが妖力で子供を拉致って汝を苦しませるためにここへ置いたと?」

「そうじゃなきゃ、こんな状況はありえねぇだろ」

「違うな。わしが助けを求める者達に気づいて、汝を導いたと考えはせぬか?」

「今まで、苦しめてきたお前を俺が信じると?」

「さぁな、信じるか信じないかは汝次第。だが忘れるな、これがわしの仕業ならそれを最初に招いたのは汝だという事を」

「わかった、悪かったよ」と正論に反論出来ずにエイジは童子を解放する。

「わかればよろしい、やだの~裸を見られてしまったわ。怖いのじゃ~けだものじゃ~」とはしゃぐ姿を無視してエイジは黙って子供をおぶる。

「まさか、その子供をおぶって歩く気か?」

「当然だろ。このまま放っておくわけにはいかない」

 子供をおぶって歩き続ける。

 童子は何も言わずに先導して歩いてくれていた。確証もないまま怒ったのが段々と気まずくなるエイジはそれでも童子の仕業を否定出来ずに半信半疑でその導きに従った。

 息は切れ、何度も木の根に足をひっかけて倒れる。

 全身の筋肉は次第に消費され、顔色は悪くなる一方だ。

「汝、その子を置いてけば自分だけでも助かるかもしれんぞ?」

「うるせぇ、子供見捨てて生き残りたいとは思わないんだよ」

「……そうか」とそのエイジの懸命さに微笑む童子。


「マジかよ。ここまで先回りしてたのか」

 一晩中歩き続けて、気づけば朝焼けで森は明るくなり始めていた。

 まだ薄暗い森の中、一箇所だけ日の光が差し込むその場所に一匹の熊がいた。

 深夜に助けた熊だった。

「俺が罠にハメた人間と思って、復讐にきたのか? 賢さがズレてるな」

 まだ寝ている子供を下ろして、近くに落ちていた棒切れを拾う。これでまともに相手を出来るとは思えない。

 だが、やるしかない。そう覚悟を決める、万全の状態なら棒切れ一本でライオンだろうが象だろうと遅れを取る気はない。自身の体力の限界、その先を引き出そうとあの猛獣には敵う事はないと長年の経験を駆使して導いた。

「おい、童子。いや童子様」

「なんじゃ?」陽気な雰囲気はそこにはなく、まっすぐな視線でエイジの言葉を待つ竜宮童子にぽいっとチョコバーが投げ渡された。

「街についたらいくらでも食べさせてやるって言った約束は守れそうにない。俺はここで死ぬ、それでお前の祟りは終わりなんだろ。だがその子は関係ない、そのチョコバーに免じてその子だけでも助けてやってくれないか?」

「……」童子は答えない、なぜならその背中に、その言葉に胸をときめかせているからだ。

「やっぱダメか」

 こちらに突進する熊に身構えるエイジは童子に無視されたと思っても気にかける余裕はなかった。

 今出せる全身全霊の力をこめて、熊に棒を振り下ろす。

「おらぁああああっ!!」

「ウガァアアアアッ!!」

 その速度は、通常のエイジなら遅いと感じるほどの剣速だった。だが、振り落とされた先にある眉間にあたれば間違いなく頭蓋骨を粉砕できる一撃。

 だが、その雷速の棒切れは熊の眉間を仕留める事なく、分厚い木の皮を貫通させる爪と自然界最強の膂力を持って粉砕された。

「なっ!?」

 勢いそのままに、熊に体当たりされ派手に宙を舞い、地面に叩き付けられる。

 今ので最後の体力を使い切ったエイジの視線が水の中に入ったようにぼやけ始める。

 起き上がる力は残っていない、それでも立ち上がろうと必死に地面の土を握りしめながら全身に力を入れる。

 最後に見たのは目の前にいるこの戦いの勝者、そして聞こえるのはパチンッと何かが鳴った音、そこでエイジの意識は途絶えた。

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