第四十六話 童子とエイジ
「汝は一体何なんなのだ、何者なのじゃ?」
竜宮童子の怪訝な態度はエイジの事情を知らない者なら当然だった。
片翼を失ったとはいえ、二十トン以上の戦闘機を持ち上げ飛行し、なおかつそれに圧され舗装路に磨られてもなお無傷でこの男は滑走路から逃げてきた森の中で「疲れたっー」などと言って余力を感じさせながら木に居っかかて休んでいるのだ。
「俺? そういえば名乗ってなかったな。俺は風間エイジ」
「そうではないわ! なぜ鉄の鳥に跳ね飛ばされ、あの路に磨られてもなお無傷なのかという話だ!」
「あんなのギガントドラゴンのボディブレスに比べれば子供が乗っかかてきたようなもんだし」
「義眼と怒羅魂? なんだそれは。なんか格好良い響きであるな」
ギガントドラゴンなど異世界の話を現代の者に、ましてや当世に疎い妖怪に言っても通じるわけがない。それに気づいて短く説明する。そんな事よりも彼には気にかかる事があった。
「あれより、もっとデカイヤツを持ち上げた事があるっていう話だよ。それより、俺のカバン知らない?」
自分の荷物が入ったカバンが無い事に戸惑い始める。なぜならその中に食料と大事なナンバーズの紙を入れていたからだ。
思い返すと、最後にカバンを見たのはいつだったかを思い出せない。
その答えを非情にバッサリとエイジの心を砕く言葉で童子は答えた。
「汝、糞を踏んだ事に動転して、荷物も持たずにそのまま飛び立ったのではないか」
「わ、忘れたのか……」
エイジは肩を落とすどころか、四つん這いになってうな垂れる。
「あの中に食べ物とナンバーズが入ってたのに……」
嘆息しながら、さっきまでのドラゴンズアーマーを纏った体力を取り戻そうと制服の裏ポケットに非常持用のチョコバーを取り出そうとして紙が一枚落ちた。
「まぁ、なんとかこれが当たってくれてればいいか」
落ちた紙は初日に買ったナンバーズの紙だった。今はこれだけが頼みの綱なのでエイジはもう二度と無くさないように大事に裏ポケットにしまいこむ。
チョコバーは残り三本、力を全回復出来る量ではない。なんとか半日は普通に動ける量しかない、ドラゴンイーターの力を使って移動するのは困難だ。
今いるこの森も、早く人目を避けたかったからいい加減に降りた場所だった。
カンさんに位置情報を確認してもらい、意識内に「ここから五時の方向に僅かながら人工音がします。そちらに向かうのが最適でしょう」と告げられる。
残りの体力と食料でどこまでいけるかわからない、だがここから動かなければ間違いなく死ぬだろう。
エイジのチョコバーを興味深々に見ている童子の視線を無視して口に粉砕機のように飲み込み、噛み砕く。
「あ~……」と残念そうな声を出して、冷たい視線を送る。
「あーじゃないよ。これは俺の命の源なんだ。妖怪は妖怪らしく、そこらのマナでも吸ってなさい」
「わしはマナだけでなく食い物でも妖力を得られるんじゃっ。後、二本はあるだろ? 一本ぐらい譲ってくれてもいいだろ?」
「いやいや、聞いてた? マジでこれ無くなったら俺、死んじゃうから。街に戻ったらいくらでもおごってやるから」
「ほんとか? 約束だぞ、絶対だからなっ!」
満点の笑顔で、周囲に花が咲いてるかと思うほど陽気な雰囲気になる。
そんな微笑ましい姿を見ても、エイジの憂心は消え去らなかった。
おそらく無くしたナンバーズも今あるナンバーズもどちらも外れているだろうと。
「こういう時、最後に頼るのは家族か仲間なんだがなぁ……」
仲間や家族に頼るのはいい。それは支え合いという素晴らしい人間の営みだ、だが理想と現実は常に合致するとは限らない。金銭的欲求だけはしてはいけない。異世界でもその事で何度も仲間割れするチームを見てきたエイジは、無意識に最初に頼ろうとしたユイが冷たく自分を離す事を願い、それを想像した。
そうしてくれた方がエイジにとって楽だったから。
「エイジ、なぜそこまでなぜ金がほしいのだ?」
童子が寂しそうに俯くエイジの顔を覗き込みながら、彼に何があったのか聞いてくる。
エイジはクラスメイトの借金を肩代わりした事、これが失敗すれば桜華も自分もその債権者の商売道具になる事を伝える。
童子は感心したように「ほほぉ」と相槌をした。
「意外ではあったが、汝は中々見所のある人間だな。だがお人好しも過ぎれば、自分の力量にそぐわぬ行動は自分だけではなく、他人すらも不幸にするぞ」
「へへへ、それをなんとかするのが人生の醍醐味だろ。前に割り切って大事な人と別れた事があってな、あんな思いは二度とごめんなんだよ。お人好しなんて耳障りのいいもんじゃない、俺はな、とんでもなく自分勝手なだけさ」
「ほほぉ」とさらに腕を組んで感慨深けに返事をする。
「それで当たってるかもわからんモンを、当たってると信じてお前は届ける為にこれから命を賭けるのか?」
「自分を信じないヤツを他人が信じてくれるわけないだろ」
その強い言葉と視線に童子はこの人間は面白い、こいつの行動を見ているだけでワクワクする。まるで人の為に活動し続けてきた自分を見ているような第三者の目線というものを始めて実感した。
「わしもお人好しは嫌いではない、むしろ汝はわしの好きな部類の人間かもしれぬな」
「怨霊に好かれても嬉しくないでーす」
「誰が怨霊じゃ!」
エイジの言葉に顔を真っ赤にして、まさに鬼と化した顔でエイジの頬をつねる。
だが所詮は幼女の力。こんな抓り、美鈴の握力に比べれば屁でもないと抓る手を気にせず抱き抱えて立ち上がる。
「はいはい、お嬢ちゃん。もう時間がないから行きましょうね〜」
「誰がお嬢ちゃんじゃ! わしはお前の百倍は生きておるのだぞ!」
「マジか、ロリババアじゃん」
「誰が囲炉裏ババアだ!」
こうしてエイジは童子をからかいながら、まだ見えぬ街を目指して歩き始めるのであった。




