第四十五話 不時着とエイジの災難
漆黒の鎧が音速を超えて、空気の壁を物ともせずに突き抜け、夜空に爆音が鳴り響く。
向かう先は、衝突した戦闘機だ。
グルグルと回転しながら墜落していく戦闘機にもう一機の戦闘機が追従している。おそらく、何もできずに僚機の様子を見ている事しかできないのだろう。
戦闘機のコクピット内で無線とアラームの音が鳴り響いていた。
「イーグル1、もう限界です! 脱出してくださいっ!」
無線からの二番機の怒鳴り声を無視して、何度もアフターバーナーを点火する。
もう回転する視界からは僅かに地上の街の明かりが見える、ここで何も出来ずに守ると誓った国民に被害が出る事など許せるはずがなかった。
「まだだ、まだ諦められるかよ!」
操縦桿を握り締め、せめてこの回転が止まる事を祈り続ける。
その時、回転が止まり先ほどの状態が嘘のように機体が水平になって、飛行が安定している。
アラーム音は鳴り続けているが、アフターバーナーの推力が功を奏しているのだろう。
「先輩、やりましたねっ! このまま引率するのでしっかり着いて来てくださいね」
「お、おう。なんとかなる、なんとかなるぞ!」
安息の吐息で充満するコクピット内の下でエイジが歯を食いしばりながら戦闘機を支えていた。
「汝、正気か? どこまで飛ぶかわからんぞ」
「俺のせいでこうなってんなら、俺がケツ拭かないで誰が拭くっていうんだよ」
「まぁ、それはそうさな」
あぐらを掻きながら、エイジの様子を観察する竜宮童子はこの男がどこまで持ちこたえるのか興味津々だ。
戦闘機が進路を変えるたびに鎧からミシミシと嫌な音を立てる。
「マスター、体力ゲージが減ってきています。このままではドラゴンズアーマーが強制解除されます」
「だいじょうぶだ、もうすぐ終わる」
両手で支えながら仰け反りながら前方を見る、その視線の先には光が点滅する道が見えていた。
不時着する戦闘機に対して、滑走路では緊張感が張り詰めていた。周囲には消防車や救急車が待機しているのか赤いパトランプが隅っこで忙しなく回転している。ここまでは順調だ、後は大事な人名が無事で帰ってくる事を祈るだけだと。
徐々に機首が下を向き、高度を落とすが先端部が下を向きすぎてひっくり返りそうになる。
パイロットは慌てて操縦桿を引くが戻る様子はない。
「だっー!!」エイジも慌てて、機首に移動して持ち上げる。
戦闘機は滑空しながら、徐々に滑走路へと下っていった。
舗装された路面が徐々に近づき、エイジもほっとしていた。だが、その瞬間――
「え?」
頭上から、タイヤが出てきてエイジを押す。着陸用の前脚が出てきたのだ、これはやばいとエイジは避難しようとするが突風が吹いて戦闘機がバランスを崩して舗装路に翼が近づく。
「なんでこんな時にっ!」
タイヤを掴んで、無理やり態勢を整える事に集中しすぎて自分の位置を見失ったエイジの前部と後部に衝撃が走った。
「おいおい、待て待て、待ってーーー!!??」
そのままタイヤに押されながら、航空機用の高硬度のアスファルトに擦りつけられる。火花が散り、コンクリートが削られ下地まで抉られていく。
「こ、こちらイーグル1。不時着完了した、管制室送れ」
奇跡だと、なんて事をしてしまったのかと今まで不思議なほど静かな心臓に血液が送られ、鼓動が激しく内側から胸を叩く。
だがパイロットは腑に落ちなかった。着陸前にバランスを崩した瞬間、何かに支えられて機体が水平に戻った。まるで何かに戻されたように感じたのだ。
あれは一体なんだったのかと考えた瞬間、機体が上に上がりドタッと再び地面に戻った。
「い、一体なんだってんだ?」
コクピットから出て、その謎を見ようとする。
飛び降りて、着地する際に脚部から尻、背中から肩へと着地する五点着地で普通なら整備員が持ってくる階段で降りるほどの高さの衝撃を和らげてすぐさま立ち上がる。
その視線の先に信じられないモノがいた。ドラゴンズアーマーを纏ったエイジだ、認識阻害は先ほどまでの着陸劇で効力を失っていた。
「パイロットさん、本日は風間航空、どっかの基地行きにお付き合いいただきありがとうございました」
そう言ってお辞儀をして、闇夜に消えていく黒い鎧を幻を見たかのように呆然として見るパイロットはこの事を誰かにすぐ言う気はなかった、話せばパイロットの資格を精神失調で剥奪される。
振り返るとF-15は無残にも失った右翼からオイルと燃料が垂れ流され、自分が今まで走ってきた着陸路は隕石でも落ちたかのように一箇所に集中して舗装が剥がれている。
「あれは……いや、これ以上は考えるのはよそう」これ以上は何も考えたくないと地面に大の字になって寝転ぶ、遠くからサイレンの音が聞こえるがもう身体を起こす気力もない。
もし機会があれば、この事を誰かに笑い話として聞かせてやろうと考える。おそらく、その日は自分が生きてる内に一回はあると予感する。
その後、パイロットは「片翼の一番機」というあだ名をつけられ、奇跡の生還者としてマスコミには報道される事なく部隊内で英雄視されるのだった。




