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第四十四話 童子の祟り

 目視では影すら見えぬ遥か上空で、哨戒任務の終えたF-15戦闘機二機が飛んでいた。

 あと一時間も飛行していれば、基地に着く。辺りには雲と月、横を見ると安全距離を保った僚機の赤灯の点滅しているのが見えているだけの何も面白みのないナイトフライトにパイロットはため息を吐く。

「退屈な空だなぁ。UFOとか出てこないかな」

「なに、バカ言ってるんですか。何も起きないのが一番に決まってるでしょう」

 無線機越しで二番機から、呆れた声が飛んでくる。

 確かに危険性の高いスクランブル発進に比べれば哨戒飛行は軽度の任務だ。

 基地に帰投して、装備を整備して次のパイロットに仕事を託せば熱い風呂に入って、楽しみのビールを飲もうと一番機のパイロットは再び操縦に集中する。

 その時、遠方の雲から何かが飛び出した。

「なんだ、あれは? 黒い影?」

「イーグル1! 緊急回避!」

 時速約千キロを上回るスピードを出す戦闘機は、僅か数秒で正体不明の黒い影が目前まで迫っていた。

「や、やべぇっ!」

 急いで、操縦桿を横に倒すが右翼から強い衝撃が走り、操縦席内でアラームが悲鳴のように鳴り始める。

「こちらイーグル隊イーグル2。一番機がなんらかの障害物にぶつかった。墜落の可能性がある」

 二番機の視線の先でバランスを崩した戦闘機が落下しながらグルグルとコマのように回り続ける。管制へ連絡を取りながら、僚機の動向から目を離さない。

「アフターバーナーでなんとかなってくれ!」

 ジェットエンジンに燃料を送り込み、更に燃焼させる事で推力を得てなんとか態勢を整えようとするが回転は一向に治まらない。

 このままではどこに落ちるかわからない、最悪の結果だけは残せない。自分だけが脱出してこの大量の燃料と民家の一つや二つを簡単に木っ端微塵にする爆弾を載せた戦闘機を捨てる事はしたくない。

 必死に祈りながら、操縦桿を握るパイロット。

「くっそ、変な事言うから不運を招いたかっ。なんならUFOでもなんでもいいから出てきて助けてくれよっ!」


 ―――――――――

戦闘機パイロットの災難が起きる少し前、エイジは竜宮童子の祟るという発言を鼻で笑うが内心ではすごく怯えていた。

「祟り、呪い? ははは。んなもん、このドラゴンイーターに通じるかよ」

「ほう、それでは試してみるかの」

 

 異世界でも呪術系の魔術はあったが、カンさんの守護魔法で跳ね除け、なおかつドラゴンイーターは呪詛を押し戻す抗魔力も付与されている。

 だが、現実世界の呪詛は初体験だった。もし、この祟りに対して通用できなかったらと思うと内心ヒヤヒヤしている。

 童子が手を上に掲げ、中指に親指を引っ掛けて手のひらに打ち出した。この指パッチンは竜宮童子の力の行使の合図であり、エイジに取っては災厄の鐘の音だった。

 しかし、何も起きない。その様子に「ははっ」と笑いが漏れる。


「なんだ、やっぱり効かないじゃないか」

「それはどうかの?」

 童子の余裕を強がりだな、さては内心オドオドしてるに決まってると、さっさと屋敷へ帰ろうと一歩踏み出す。

 瞬間、足に柔らかい感触が伝わった。

「うわっ犬のフン!」

 茶色いモノが、靴底にびっちりと付いている。その不快感と絶望感は童子に対する怒りで誤魔化した。

「お前の仕業かっ、陰湿すぎんだろっ!」

「ふははは、バーカめっ。まだまだ厄災が降り注ぐぞ、これは挨拶変わりよ」


 徒歩での移動はもうやめて、ドラゴンズアーマーを纏って飛んで帰る事にする。認識阻害も使い続ければ維持する魔力を消費する、雲の上を出れば人に見られる事もないだろう。

 屋敷にも帰りは遅くなると置き手紙もしておいた、関越市まで一直線に帰れば今日中に帰れる。

 背中に翼を生やして、飛び立とうとするエイジの背中に何かが飛びついた。

「まさか、着いてくる気?」と自分にしがみついている竜宮童子を見る。

「当然だ、わしに害を為した者が畜生の糞を踏んだ程度で済むと思うか?」

「へへへ、上等だ。途中で振り落とされるなよ?」

 しゃがんで両足に溜めた力を一気に解放する。

 土を抉り飛ばし、エイジは一瞬で雲の中に突っ込んでいった。

 雲の中に入った事で、水滴や氷晶が全身に張り付いて、視界が悪くなる。だが、このまま一直線に雲の上に出れば、後でいくらでも氷を払い飛ばせるだろう。

 霞む景色の中で、パチンと耳元で何かが弾いた音がした。


「童子さん? 今、指をお弾きになりませんでしたか?」

 こんな所で指を弾いた所で、何が起きるというのか。雷程度なら、この鎧は耐えられるだろう。何も恐れる事はない。

 なのに、なぜこんな寒気がするのかエイジは困惑する。

「おいおい、そんなよそ見してていいのか?」

 真下から童子の声がする。いつの間にかエイジから離れて、雲の上であぐらを掻いてニヤニヤとしていた。

「へへへ、こんな雲の上で何が起きるって言うんだ? 隕石でも降ってくるってか?」と小馬鹿にした様子で月と星が満点に輝く青黒い空を指差す。

 違う違う、と首をふりながら右を指差す。

「へ?」

 指差した方向を見ると、戦闘機が目前に迫っていた。

「ふぼぇ!!」

 全身を巨大なハンマーで殴られ、なおかつ爆風と銃弾を受けたような衝撃がエイジに襲いかかる。


 亜音速で飛んでくる鉄の塊を受けたのに、未だ人間の形を留めているドラゴンズアーマーの強固さに童子は驚く。

 さすがに死んでいるだろうと、遠くに撥ねられていったエイジの方へと向かう。

 ピクリとも動かず、空を漂う鎧を見下ろす。

「なんじゃ、汝。死んでいるのに、まだその鎧を着ているのか?」

 仰向けになって力なく浮いているエイジは反応しない、月の反射で赤く輝く双眸(そうぼう)はギョロギョロと何かを探すように動いているのに童子は戦慄した。

 あれだけの衝撃を受けてまだ生きてるのかと、こいつは何者なんだと困惑する。

「こ、こらっ汝、無視するなっ!……なっ?」

 自分の声に無反応な事に腹を立て頬を叩くが、その手を掴まれ「ちょっと待て」という今までの雰囲気とは明らかに違う殺気の混じった声に童子の背筋が凍りつく。


「見つけたっ」とエイジは身体を捻らせ、戻す反動を利用して一気に加速した。

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