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第四十二話 ドラゴンイーターVS金霊

 草木も眠る丑三つ時――

 黒い影と金色の霧が深夜の街を疾走していた。

 影は霧を執拗に追い掛け回し、霧はその変幻自在の身を最大限利用して建造物の隙間から隙間へと入り込み、逃げ回る。

 家の屋根から屋根へと飛び移り、電柱を足場に見失った金霊を探す黒い影こと、風間エイジ。

「見〜つけたっ」

 電柱の頂点に風が吹き、エイジの姿が消える。

 誰もいなくなったビル街を金霊が周囲を気にして、先端部をキョロキョロ振りながら移動する。

「よぉ」と親しげに突然現れて挨拶をする黒い鎧。

 かれこれ一時間以上はこの正体不明の鎧に追い掛け回されている。しかも、異様にしつこく素早さだけが取り柄の自分に劣らぬほどの速力を持っているこいつはなんなのだと金霊は困惑する。

 このままでは、この謎の人物に捕まり命を取られてしまう。捕食者と被食者の関係は人間だろうと妖怪だろうと変わらない、強い者は弱い者の餌となる。

 だからこそ、戦う力のない者は生き残る術を持っているものだ。いつもの様に、金霊は対象の記憶を読み進める。

「なんだよ、まだ追いかけっこするっていうのか?」

 エイジは道の曲がり角で消える金霊を追いかけて、道を曲がる。

 目の前に、人影が写り急ブレーキをかける。

 カンさんが施した、認識阻害の魔術で異能者以外には自分は見えてないはずだ。だから、相手に触れさえしなければ透明人間のように気づかれる事はない。

 なのに、暗闇から現れた人物は自分に話しかけてきた。

「おや、エイジじゃないか。こんな深夜にそんな格好してどうしたんだ?」

 目の前に鶴ヶ島美鈴が立っていた。

「いや、先輩こそ何してんすか? こんな深夜に」

「私はカラスからの依頼で仕事だ。キミこそユイもいないのに一人で不用意に能力を使うな」

「は、はい……」

 ドラゴンズアーマーを解除して、「それじゃぁな」と立ち去る美鈴の背中を見送る。

 その時、エイジの意識にカンさんが話しかけた。

「マスター、あれは金霊です。高度な擬態で我々の目を欺いたようです」

「なっ!」

 その声に反応して、美鈴の姿が金粉に変わり遠くへ飛んでいく。

「や、野郎っ!」

 その後を追い、再び金霊を追い詰めた。

「今度はどんな姿に変身するんだ? たとえなんだろうが、もう逃がさねぇぞ?」

 ビルに囲われた袋小路で、対峙する金霊は一向に姿を変えようとしない。

 その様子にエイジは僅か一歩で金霊の目の前に移動し、剣を振り上げる。

「エイジ」

 ユイの姿をした金霊のわずか数センチ手前で剣が止まった。

 再び、霧に変わってエイジの身体の脇をすり抜けた。

「い、今のはずるいだろっ!」

 距離を置いて、してやったぞと言いたいようにゆらゆらと小踊りする金霊はすぐにビルを駆け上がる。

 その時、目の前に赤色の天井が現れた。

 僅かに、それに触れた金霊は驚く。触れた部分が飴のように溶解して落ちたからだ。とてつもない高温の天井が進路を塞いだ。

 ならばと袋小路の出口に向かうが、そこにも赤壁が立ち上がった。

「バカめっ、もうお前は逃げられないんだよ」

 地面に戻り、この遮断した空間を作り出した犯人。いつの間にか手から砲身を伸ばしたエイジを見る。

 自分は完全に罠にハメられたらしいと諦め、その犯人の最も愛する人物に姿を変えた。


「反則すぎんだろ、それは――」


 目の前に異世界に置いてきた想い人、エリーゼ姫の姿に変わる。

「いいのです、エイジ様。私を斬れば同級生のお方は助かります。さぁ」

 慈愛に満ちた目でエイジを見つめて、両手を広げる。心臓の鼓動が取り込まれる空気が足りないと文句を言って激しく動く。

 目の前の現実から逃げるように昼間にした桜華の会話を思い出す。

 母が難病で入院し、医療費を稼ぐ為に父は出稼ぎに出た。当然、生活費が足りるわけもなく父名義で金融屋から金を借りた。

 それが間違いだった。

 その債権をとある暴力団が買い取り、連日の取り立てに姉弟は怯えて過ごす。

 その姿を想像するだけで胸が苦しくなる。この剣を振り下ろすだけでその苦しみから解放される、しかしだ――


「き、斬れるわけねぇだろ……」

 深く頭を下げて、肩を落とす、それだけは出来なかった。

 金霊は追いかけてきた者の記憶を読み、対象が大切にしているモノに姿を変える。

 たとえ、目の前にいるのが偽物でも思い出を血で汚す事は出来なかった。

 鎧を解除して、偽りの想い人の前に立つ。

「これが嘘でも構わない、最後に抱きしめていいか?」

「えぇ、どうぞ」

 服越しでも感じる肌の柔らかさ、暴れていた鼓動は治まり、静寂がこの場を支配した。

 あの月夜の夜に二人だけのワルツを踊った記憶が鮮明に蘇る。

 感傷が胸を苛み、抱き返す相手の手の感触に癒される。

「ああ、本当に記憶通りなんだな。匂いも肌の感触も姫様だ」

 抱き寄せる力を抜いて、ゆっくりと少しでも長くこの感動を保ち続けようとする。だが、それは叶わぬ願いだ。覚めない夢はない、エイジはそれをよく理解していた。

 いさぎよく、一歩退いて別れを告げる。

 その目は先ほどまで欲のままに動いていた人間とは思えないほど、全てを悟ったように清々としていた。

「私を捕まえられずに、清々しい顔をしている人は始めてです。この人は本当に大切な人なんですね」

「それでは」と言い残し、金霊は闇に溶けていった。


「はぁ~」とため息をついて、次の手を考える。

 腹が減ったと、学生服の上着の裏ポケットから非常食のチョコバーを取り出そうとする。

 その時、一枚の紙切れが落ちた。

 昨日買ったナンバーズの用紙だった、大事な保険なので慌てて拾い上げる。

 その時、エイジの頭にピーンッと電気が走った。

「座敷童子か竜宮童子に会って、ナンバーズ買えば当たるんじゃね?」

 そうだ、手っ取り早く出会うだけで幸せが訪れる妖怪に会いに行こう。

 向かうは東北。

 残された日数はもう少ない、エイジの最後の賭けが始まった。

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