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第四十一話 エイジと図書館

 学校の図書館は校内で唯一、静穏が義務付けられている場所だ。本を読む者、静かな事を利用して勉学に励む者。日々、ページがめくれる音と時折、くしゃみや咳が響き何事もなく時間が流れる場所。

 だが、今日はその平穏な時間が図書館の隅の一人の男子生徒により異界と化していた。

 右から左へ読み終わった本のタワーを建て、妖怪についての資料を読み込む、その犯人はエイジだった。


 周囲の人間はなぜ、この世で最も図書館の似合わない彼がいるのか理解に苦しむ。彼の存在が 閲読のペースを乱し、参考書の問題の答えよりも彼がなんの本を読んでいるのか気になる。


 エイジは食いつくように目を爛々と輝かせながら本を読む。

 なぜなら、彼の見知ったモンスターが本に書かれどうやって倒したか、いい出会いのあった思い出を思い返す。彼にとっては妖怪・モンスター図鑑は思い出の詰まったアルバムだった。

 現代風のアートで描かれた合成獣キマイラ、全身を鱗に覆われ頭頂部では蛇が踊るゴルゴーン。どれも異世界で倒してきたモンスターだ。

 だが、その考察文章には首を傾げていた。

 十年間異世界で生活していたエイジは現実世界の見識とは違う見識を持っていた。

 架空の生物を面白おかしく書くのはわかる。だが、彼の大事なモンスターをこけ下ろす様な内容はとても許せるものではなかった。

 たとえば、オウルマンの説明だ。エイジの持つ本には、半人半鳥のフクロウで森に住み人を襲う凶暴な怪物として紹介されている。エイジにとってはオウルマンは森の賢人であり自然を守る番人で森で迷った人間を導き救う。かつて、エイジも世話になった恩人であり友と呼べる存在だった。

 それを悪性のモンスター扱いは許せなかった。出版社の人間を正座させて小一時間説教したい、そんな怒気が図書館内の空気を侵食し、悪化させる。

 決して、本人に悪気があるわけではない。管理者たる司書もただ本を読んでるだけの人間に注意する事はできなかった。


 作業というのは往々にして、目移りしてしまうものだ。部屋の掃除をしている時についつい古い漫画本を手に取り夢中になってしまう。

 エイジもまたその現象に襲われていた。

「風間君、さっきから何をイライラしたりニヤニヤしながら本を読んでいるの?」

 後方斜め上からの声に振り返ると、小柄の男子生徒が立っていた。

 同じクラスメイトの小木だった。普段は特に同性の名前を覚えない彼でも初めて話しかけてくれて助言までしてくれたクラスメイトを忘れなかった、

「風間君もモンスターやオカルト好きなの?」

「モンスターよりもドラゴンが好きだね、食べちゃいたいくらい」

「ドラゴンマニアなんだねっボクも好きだよドラゴン」

 しかし、彼の読んでる本にはドラゴンは載っていない。今開かれたページには海の住人、半魚人が描かれていた。

 小木は何か調べてるのと聞き、エイジは即答する。

「お金をくれる妖怪」

「ははは、そういう妖怪がいたらってついつい妄想しちゃうよね」と小木が笑ってしまい、待ってましたと言わんばかりに司書が飛んでくる。

「君たちっ、図書館は静かにっ! それと君、図書館は貴方だけの場所じゃないんだから。そんなに本を積み上げてスペースを取らないでくれるかなっルールにはないけど常識は守ってください」

 つり上がった眼鏡をくいっと持ち上げ、女子生徒がエイジ達を叱る。

「へへへ、すいません」

「あんまりこういう事が続くんなら、出入り禁止にしますから」とふんっとそっぽを向いて立ち去っていく。


「小木くん、やばいよ彼女。あと五年もすれば絶対いい女になるって。見た、あの目? 眼鏡の奥できっと吊り上がった目! 真面目さの奥に隠れたSっ気がたまらないっ」

 興奮した様子で小木に囁くエイジに「少しは反省しなよ」とため息を吐く。


 そして、司書に言われた通り必要な本だけを残して片付け始めるエイジ達。

 小木は妖怪やオカルトが大好き少年だった。家には本棚にびっしり妖怪図鑑や伝記、文献を並べるほどのマニアックさだ。

 それを聞いたエイジは小木にめぼしい妖怪を教えてもらう事にした。


「富をもたらすんじゃなくて、お金を直接くれるっていうんなら『金霊(かねだま)』なんかどうかな?」

 妖怪百科事典を開いて、金霊のページを見せる。

 江戸時代の文献にも載っており、昭和以降にも度々文献で見受けられる妖怪だ。

 それを手にした者、金霊が訪れた家には一生困る事のない富を得られる。だが、失ったり傷つけたりすると得た物は全て失ってしまう。

 姿は金色の霧や雲のような形をしており、宙を漂いながら移動するという。

「それじゃぁ、捕まえてもすぐにはダメじゃないか」

「違うんだよ、その他の文献にはある浪人が金霊に出会って、幸福の精とは知らずに叩き斬ってしまったらしいんだ」

「それ、まずいんじゃないか? 傷つけたらアウトなんだろ?」

「それが大量の金に変わって落ちたっていうんだ。多分、彼は家に招き入れて傷つけたわけじゃないから、金霊の不幸には遭わなかったんじゃないかな」


 それを聞いたエイジは高揚を隠しきれない、倒せば一攫千金のチャンスが訪れたのだ。ただの日本刀で斬れたというのだから、ドラゴンズソードで斬れないわけがない。

 まずは、候補が一つ見つかった。

「次には、やっぱり富をもたらすっていったら座敷わらしや竜宮童子かな? この妖怪は家に入れる必要がない出会っただけで幸福が訪れる、見てから宝くじとか買ったら当たりそうだよね」


「うんうん」とメモを取り始めるエイジに、小木は彼が本気で妖怪を信じてると思って自分と同類の人間が見つかった事に喜んでいた。

 教室内でもオカルト好きは少なく、むしろオープンにする事は気味悪がられて嫌われてしまうと思ってあまり人には言わなかった。

 そんな寂しさを紛らわせてくれたエイジに次々に自分の知識を最大限、活用して彼の力になろうとする。

 それは閉館時間まで続き、その後の帰り道でもモンスター談義は終わらず、エイジもまたモンスターについて熱く語るのを楽しんでいた。


 金になりそうなモンスターの出現場所や条件などの情報を集めた。


 そして、その夜。エイジは狩りを開始する。

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