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第三十五話 美鈴先輩、ブチギレる

 鶴ヶ島美鈴は剣を交えるだけで、自分の力にすると言っていた。

 大した自信である。だが、その自信に値するほど彼女の才は磨かれていた。

 美鈴の剣筋は、確かに素晴らしいものだと数合打ち合っただけで理解するエイジ。

 決まったと思えば、流れる水のように軽やかなステップで避けられる。

 華麗な美鈴の動きに対して、エイジはまるで獣のように片破れな動きだ。

 流麗な水の動きと苛烈な炎の動き、そんな風にも見て取れる。


「ちょっと、戦い方を変えてみるか」

 通常の握り方ではない、逆手で木刀を持ち地面を這うように移動しながら執拗に足を狙う。

「そんな戦い方、初めてみたぞ」

 それを捌きながら、楽しそうに笑う美鈴。こんな戦法は見たこともない。

 あのアガマツとの戦いでは妖刀の力でなんとか捌けたものを彼は自分の力量のみで捌いていた。

 人間にも遥かにでかい怪物との戦いにも、彼は精通している。

 彼の剣術を見て覚えれば、きっと自分はもっと強くなれる。そう思えば思うほど高鳴る胸を抑えられない。


「へへへ、まさかここまでやるとは」

 木刀をせめぎ合わせながら、距離を詰める。力勝負も互角だ、押して押され合う。

 だが、エイジの喉元に少しずつ自らの木刀が迫り来る。

 その姿に、美鈴は微笑む。

「だが、やはりまだ脇が甘い」

 片手を離して、エイジは懐から何かを取り出す。

 美鈴は驚く、相手は片手なのに自分と対等に鍔迫り合いを行ってる事に。技はともかく力だけは自分の方が優位だと思っていたのに、彼は自分以上の膂力(りょりょく)を持っている。

 考えてみれば当然だった、彼はいつでも片手の剣だけで戦っていたのだから。


「え?」

 美鈴は自分の首元に、小太刀が当てられている事に戸惑う。なぜ? どこから出したのかと。

 エイジは一度武具を選び直そうと戻った時に、懐に隠しいれていたのだ。

「知らなかったか? 男は常に太刀をしまっているんだよ」

「くっ……一本取られたか」


 時間にしては十分程度だったが、力を出し切っての戦いだった。

 全身の疲労感に襲われて、ドタンッと尻餅をつく美鈴に少し休もうかと声をかけるエイジ。

「そ、そうだな」

「お菓子とお茶があると助かるのですが」

「まだ食べるのか!?」

 道場の隅にある休憩場で汗を拭く美鈴の横でエイジが「うめぇうめぇ」とお茶と和菓子を交互に口を入れる。

「キミは本当によく食べるな」と呆れながら、スポーツドリンクを飲む美鈴。

 先ほどの戦いを思い起こしてため息をつく、少し鍔迫り合いで迫れたからといって気をぬいてしまった自分を責める。

 普通なら、木刀の他に武器を用意している事を責めるのだろうが、美鈴はそんな事を思わなかった。

 好きな武具を取っていいと言ったのは自分だ、彼はそのルールに従っただけ。それに対応出来なかった自分の敗北だ。

「……やはり、わたしの腕はまだまだだ」

「いや、強いとは思うんすけど。なんだろう、言うのは簡単だけど」

「キミも気づいていたのか。言ってくれ、私に何が足りないか」

 美鈴はこれまで自分の剣技の限界に行き詰まり、何が足らないのか必死に考えていた。

 頼りになる父も兄弟子達も今はいない、頼れるのは目の前の強者たるエイジだけだ。

 答えを導いてくれるかもしれないと真剣な眼差しでエイジを見る。


 美鈴の剣捌きは考えながら打ち込んでいる、それでは遅いのだ。現にエイジは、常に美鈴より速く剣を動かしていた。

 何も考えなしに打ち込んでいたわけではない、しっかり頭の中で戦略を立てるがそれがうまくいくほど甘くはない、相手の動きに合わせて自身の動き方も変える。美鈴はそれが遅いのだ。

 考える前に身体を動かすには経験を積むしかない。

 それを知っているエイジはそんな美鈴を見て、閃く。

「まぁ、ちょっと強引だけど。やってみますか?」

「ああ、ぜひ頼む!」


 そして、再び試合が始まる。

 先ほどの動きと違い、エイジは美鈴の動きに合わせて剣を振る。その様子に違和感を感じる美鈴は、それでも守りに入った相手を攻め続ける。

 激しい木刀のぶつかり合う音が道場内に響き渡る。

「今の剣筋、何か心当たりはないっすか?」

「なに?」

「美鈴先輩の剣筋ですよっ」そう言った瞬間、美鈴の眼からエイジが消える。

 美鈴の頭上をジャンプして背後についたのだ、背中を掴まれてようやく美鈴は背後の存在に気づく。

「やりやすかったでしょ? ここからが俺の戦い方だ」

 そう言うとエイジは美鈴を水の入ったバケツを回すように、自分を軸に回り始める。

 遠心力とぐるぐる回る視界に混乱する、抵抗もできずになすがままだ。

 上下に急旋回する自由のきかない身体はエイジが手を離す事で、解放された。

 放り投げられる美鈴は壁にぶつかる寸前で、身体を回転させ壁に足をつけ、床に着地する。

 まだ、廻る視界の中にこちらへ突進するエイジが映る。

「このっ……!」

 先ほどの戦いの終盤のように、鍔迫り合いが始まった。

 もう油断する事はない。相手が手を離した瞬間にその木刀を弾き上げ、隙だらけの胴体に強めの一本をくれてやる。

 さぁ、来い。その手を離した瞬間が勝負の決を決める。

「あんっ……れ?」

 お互いの立ち位置を変えながら、一歩一歩動く。その瞬間、自分の胸に違和感を覚える、正確には乳頭に道着が擦れてるのだ。

「なっ!? ブラが外れてるっー!?」

「ようやく、気づいたな。これぞ、ピンキー流剣術の一つ『敏感擦(びんかんこす)り』女は負ける!」

「なんだ、そのふざけた剣術は!」

 これはたまらんと剣を弾き、距離を置こうと逃げるがその時にも馴れていない乳頭の刺激で足元が少しおぼつかなくなる。

 片手で胸部を抑えて、木刀を突き出し威嚇するが相手はそんなものを位にも介さず連撃を繰り出す。

「待てっ待て待て! せめて下着を元に戻させてくれっ!」

「何言ってるんだ、実戦形式って言ったのは美鈴先輩だろ? 実戦で『ちょっと待て』なんて死語だろうが!」


「このっ~!」剣を押し当て合い、壁際に追いやられる。

「ほらほら、先輩のぽっちがもうすぐ見えるぞ」

 エイジの視線に、自分の道着が乱れてる事に気づく。

 胸元が開きかけて、自分の胸元に向けられる相手の卑しい視線に嫌悪感を覚える。

「キ、キミ!?」

「豊満な胸で助かったな、まだ谷間しか見えない」

「このっ」

 全身に力を入れて、相手を押し戻そうとするがビクともしない。それどころか木刀がせめぎ合って腕が動くたびに胸の刺激に力が抜けそうになる。

「あともう少しだ、何色かな~? 先輩の可愛い所が見てみたい!」

 こんな人間に剣を教えてもらう事が間違いだったと心の底から後悔する。

 考えてみれば彼は始めからこれが狙いだったのではないか、そうだそうに違いない。出会った当初からセクハラ紛いの行動と言動。

 そして、現在だ。

 彼は始めから、技を競い合う気も自分に足りないモノを教える気もなかったのだ。

 失望は絶望に、そして憤怒へと変わっていく。


「いい加減にしろ!!」


 怒りのまま、剣を振るう。考えなど行動に追いつかない、ただ思うまま感じるままに剣を振るう。

 自分の身体とは思えぬほど、動きは加速する。

 ぶつかり合う木刀の衝撃で道場内の空気が振動し、大気がたまらぬとばかりに鳴き始める。

「すごい」思わず声が出る。両手が両足が全身が重荷を下ろしたように軽く感じる。もはや、ブラが外れてる事など気にも止めない、この軽快さが失われるぐらいならブラなどいらぬ。


「こいつはすげぇや」

 エイジの驚きは当然だ。先ほどの遅いと感じていた鈍足の剣士は今や、神速の域に達しようかという疾風の剣士と化している。

 気を少しでも抜けば無傷では帰れないだろう、あの剛速の木刀は掠っただけでも皮膚を簡単に破く、当たれば間違いなく肉と骨を断つ。

 押していたはずの自分が今や、道場内を逃げ回っている。

 面白い、人間相手にそう思ったのはいつ以来だろうか。

 しかし彼女の意識は剣と動きばかりに気が向いている、さきほどまで胸部の露出を気にしていたはずなのにさっきより胸元が開いてる事に気づきもしない。

 その時であった、胸部の先端の突起から解き放されてより一層、道着が開いたのは。

「うおおおおおお!!」

 その歓喜の瞬間に、エイジは思わず声を上げる。あと、もう少しで見える、そう思った瞬間。

「あれ?」

 激しく揺れる胸に釘付けになって油断したエイジの木刀が道場の隅まで転がっていく。

「あ、あれれ~?」

 空手になった両手を見て、それでも構えを崩さない美鈴に困惑する。

 その覇気に後ずさりする、怒りで自分の声も聞こえてない様子だ。

「終わりですよー? 美鈴さーん、聞こえてますかー?」

 両目を鈍く光らせながら、こちらに歩みを進める様子にエイジは背中に冷や汗を垂らす。


「そこまでっ!!」

 道場内に、咆哮が木霊する。

「じ、じいさん?」

 道場の入り口に美鈴の祖父であり、先代当主『鶴ヶ島飛虎(ひとら)』が立っていた。

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