第三十四話 鶴ヶ島家にお呼ばれされる
テーブル席に座る美鈴の前に、「にしし」と笑うエイジがハンバーガーとポテトが山盛りになっているトレイを持ってくる。
「キミ、本当にそんなに食べれるのか?」
「いや~美鈴先輩のおごりなら、いくらでも食べれますよ」
「おかげで、痛い出費だ」
軽くなった財布を持って、ため息を吐く。
それを気にもせず、もしゃもしゃとハンバーガーを口に運ぶエイジ。
「うまいうまい」と上機嫌になる年下の男の子を見て、ヒモ男を養う女みたいな気分になる。
「あっ、美鈴先輩も食べてみる?」
ハンバーガーを差し出すが、美鈴は首を振る。
ジャンクフードは身体に毒だとは聞いている、それを自ら取り入れるなど許せるはずがなかった。
「ジャンクフードはあまり気が進まない」
「まあまあ、試してみなよ」
「むぐっ!?」
突然、口にポテトフライを放り込まれて驚く美鈴。
口の中でカリカリのフライドポテトが気持ちの良い音を立てて砕かれる。
「これは……」
「さぁさぁ、これをどうぞ。続いてフライドポテトも」
渡されたコーラを飲む、そしてまた勧められるまま再び、カリカリの誘惑に負けてフライドポテトを口に入れる。
ポテトはカリカリばかりではない油でフニャフニャになったポテトがじゃがいもの甘味をより一層際立てる、口の中の塩気をコーラで洗い流す快感の無限ループ。
いつのまにか、フライドポテトの容器は空になっていた。
「お気にめした様で」
空になっている容器に手を伸ばして、はっとする美鈴。
「こ、これは、その」顔を赤らめて恥じり、これは違うのだと慌てている様子をエイジは面白そうに見る。
「わ、笑う事はないじゃないか」
「いやいや、うまいもんはうまいと素直に認めるべきだよ。俺のコーラ全部飲んじゃってるし」
「え?」
自分の飲み物は抹茶だ、それならコーラは誰のものかと今まで気づかなかった。
先ほどまで、エイジはコーラを飲んでいた。それを自分は飲んだ。
「か、間接キス……」
もう美鈴は爆発しそうだった、まさかここまで無用心になるとは。
彼といると、調子が狂う。だが、それは不愉快なものでない。
むしろ――
「さて、食い終わったし。出ますか」
「え? あ、あぁそうだな」
ロクロナルドから出て、「ごちそうさまでしたっ」と頭を下げるエイジ。
「それじゃ、俺はもう帰りますね。また明日」
手を上げて振る彼に、美鈴が「ま、待ってくれ」とその背中を止める。
「なんですか、まさか割り勘にしてくれっていうんじゃ?」
「違う、え~と、そのなんだ」
「美鈴先輩らしくないな、そんな遠慮しないでくださいよ。俺達、仲間でしょ?」
「仲間」その言葉に、心の中のもやもやが消える。自分は何を遠慮していたのだろうか。そうだ、彼はもう自分の仲間ではないか。
なら、互いに技を競い合い、高めるのは当然だった。
「私の家に来ないか?」
「……なんです?」
エイジは急に家に誘われる事に驚く、なぜ彼女は家に誘うのか。まさか、自分の身体が目的なのか。
そうだ、そうに違いない。
相手は現代の剣士だ、力をほしがるのは必然。ドラゴンイーターの力をその手中に収めるためならなんでもするだろう。
しかし待て、悪い話ではないかもしれない。もし、彼女が若い年に似合わぬ豊満ボディを好きにできるとしたら?
ミニスカポリスの美鈴先輩、ミニスカナース服の美鈴先輩、あえて流行りのバニー服もありか?
エイジの頭の中では様々な格好で誘惑する美鈴の姿でいっぱいになる。
「……何をニヤニヤしているんだ? それでどうなんだ?」
「いいです、もちろん行きますとも!」
意気揚々と美鈴の家へと向かう。
しばらく歩くと漆喰塗りの壁に囲まれた大きな武家屋敷に行き着く、ここが鶴ヶ島家の屋敷だ。
「でかいな」
「キミの家ほどではない。父の弟子達も住み込みでいるし、武道場もあるから必然的に敷地が広くなるのだ」
門を抜けて、玄関へ入ると「おや、美鐘さんかと思ったらスズか」
歩くのもやっとなほどのよぼよぼの眼窩がへこんだ老人がいた。
「あっおじいさま。今日は体調が優れてるのですね」
「むにゃむにゃ」と開いてるのか開いてないのかわからないほど細い目をして美鈴を見る。
首がエイジに向いたと思うと、カッと目が開いた。
「スズが子猫を拾うてきたと思えば、虎を連れて来おった」
ほっほっほっと上機嫌に笑いながら、廊下を歩いていってしまった。
「誰だ、あれ? 意味深な事つぶやいてそれっぽい雰囲気にするキャラ?」
「馬鹿者っあれは先代当主のわたしのおじいさまだ。とりあえず、道場へ行こう」
道場へ行く、その言葉に不思議な感じを覚えるエイジ。
そもそも、家へ呼ばれる理由を聞いていなかった。美鈴のコスプレフェスティバルはあくまでエイジの妄想だ。
なんだか、思っていた事と違う方向へと向かっている事に今更気づく。
「で、なんです? これは」
道場へ向かい、武道衣に着替えたエイジ。それに対面して、白い道着に紺の袴姿の美鈴が立っている。
エイジの考えは半分正解していた、学校では見られない美鈴の道着姿を見ているのだ。ある意味コスプレフェスティバルは中途半端に始まっている。
「用件を言っていなかったな、私と試合をしてほしい」
「試合? なんでまた」
「キミの戦い方は生きる事、いや勝つ事に特化した戦い方だ、私の型にハマった剣術にはないものがある。ぜひそれを参考にさせてもらいたい……いや、むしろ教えて欲しい」
「いや、教える事なんかできないっすよ。俺、人に教えるのだけは下手なんです」
「それは私のセンスでカバーする。君は私の剣と交えるだけでいい」
そう言って、「さぁ好きな武具を選ぶがいい」と壁に掛けられた武具を指差す。
木製の大小の刀剣、薙刀に十手、果ては鎖鎌まである。武道のある武器の模造品がいくつもあった。
「こんだけあると、どれを手にしていいかわからないや」
ずらりと並べられた武具を一つ手に取っては戻すを繰り返す、刀に対しては槍が有利なのだがそれで勝っても面白くない。
遊び半分で鎖鎌なんかいいが、ここはやはり木刀がいいだろうとそれがある方向へ向かう。
「……キミは刀剣類だけではなく、他の物も使えるのか?」
「まぁ、一通りは使えるけど……やっぱり、これだな」と木刀を手に取る。
「選んだな、それでは実戦形式でいいな? 武器を落とすか、武器が身体に当たれば一本だ」
「それはいいけど……やっぱり、ちょっと待って」と道場の中心部から戻って、再び武具を選び始める。
「はは、好きな物を取るがいい。それでこそ、キミと試合う価値がある」
「やっぱり、これでいいや」と始めに選んだ木刀を持ってくる。
「それでは、始めよう」
そうして、道場内に気持ちのいい木がぶつかり合う音が響き始めた。




