第三十三話 日常でも、ドラゴンイーターに安息の日はない
アガマツの件から、一週間。
平和を取り戻した関越市は、安寧の日常を繰り返していた。
エイジ達もまた日々の学校生活と簡単なカラスの任務を両立させている。
しかし、そんな状況にもかかわらずエイジの顔は辛苦の表情をしている。
「なんで、俺がこんな事を……」
「いいだろう? 君の校則違反を私のところで止めているんだ、このぐらい安い物だろう」
エイジは鶴ヶ島の風紀委員の雑務を押し付けられていた、否、厳密には数々の校則違反の累積による罰を受けていた。
「普通なら、反省文と教師達の指導を受けるのを労働という形で変えてるんだ。感謝してもらいたいぐらいだ」
エイジの両手には頭上高くまで書類などが入ったダンボールが積み上げられている。今日はこれを教室から倉庫へと運ぶ作業だ。
問題児が風紀委員の雑務をこなす、それは学校の規律を正すには十分な効力を発揮していた。
自分はああはなるまいと自重を促し、どんな生徒だろうと罰を与えるぞという警告。
鶴ヶ島美鈴の提案はすぐに風紀委員全員と教師達の賛同を得た。
「大体、美鈴先輩だって一個ぐらい持ってくださいよ、こんなの不公平だ」
「か弱い女の子に重たい物を持たせるなんて、男のプライドが許さないんじゃないか?」
「いーや、今から俺は男女平等主義になった。みんな平等に負担しよう、さぁ今すぐに!」
「それは出来ぬ相談だ。これは悪さをする者は皆、平等に受ける罰なのだから」
「えー悪魔、おに~」と悪態をつくエイジに「なんとでも言ってくれ」と鼻を鳴らして嘲笑する。
「怪力~ゴリラ~ドスケベボディー」
「っ……」
始めは「ふふん」と幼稚な悪口を風を受けるように聞き流していたが、エイジの悪口に段々と余裕の表情が消えていく。
「ドスケベゴリラー、ドスゴリー」
「誰がドスケベゴリラだ!」
首が折れるのではないかと思うほど、エイジの首を勢いよく横に向け、両手でほっぺを引っ張る。
「い、いひゃいですっ! ひゃめて、しぇんぱい!」
その様子を見ていた男子生徒達はひそひそ話を始める。
「やべぇな、あいつ赤城さんの次はあの鶴ヶ島さんだぞ?」
「ああ、ヤツの伝説は誰にも止められない」
そんな視線に気づいた、美鈴は、はっとして手を離して何事もなかったかの様にする。
「ずいぶん、仲のいい事で」
不機嫌そうな声のした方向を見ると、面白くなさそうな顔でいるユイがいた。
一週間もエイジを美鈴に独占されている事が気に食わなかったのだ、放課後も魔力磁場の安定化の同行と一緒に帰る事も出来ずにいる。。
それは新しい仲間だし、エイジはユイだけの者ではないと十分に理解していても、相棒を横取りされた感が胸中に澱んで鬱憤が溜まっていた。
美鈴が新しい仲間になるとは聞いていたが、まさかパシリにされるとは思わなかったエイジはダンボールを投げ出しユイの背中に隠れる。
「ユイ~美鈴先輩、なんとかしてくれよ~。俺、このままじゃ残りの学校生活をコキ使われて終わりそうだ」
「知らないっ!」
不服そうに頬を膨らませて、そっぽを向いてしまう。
「ああ、いやすまない。これにはワケがあるんだ」
美鈴がユイを連れて、廊下の曲がり角へ行き、姿を消す。
どうやら、内緒話をしてるようだ。
何を喋っているか気になるエイジは、カンさんに集音を頼む。
「だから……を頼もうとしてるんだが」
「そんなのちゃん……と言えばいいじゃない」
「……言いづらいんだ」
廊下の雑音が入りすぎてうまく聞き取れず、そうこうしている内に彼女達が帰ってきた。
美鈴はどうやら自分に何かを頼みたいらしい、その為に一週間も雑用に付き合わされたのかと思うと肩を落としてしまう。
どんだけ頼みづらい事なんだろうか。
ユイの表情からトゲが抜けて、穏やかな表情に変わっている。何か彼女の機嫌を治す魔法の言葉を言ったのだろうか。
「エイジ、今日は放課後一人で帰るから。あんたは美鈴先輩と一緒に行動していいわ」
ユイは校内では美鈴に先輩付けで呼ぶ、校内では年上の彼女に最低限の敬いを持っているらしい。
「えっ~久しぶりにユイと一緒に帰れると思ったのに」
「バ、バッカじゃないのっ。とにかく今週は少しでも美鈴先輩とコミュニケーションを取って、連携を取れるようにしなさい」
ユイは一緒に帰りたいと思う気持ちは自分だけではなかった事に、笑みを堪えてそれらしい事を言って離れていく。
「しゃぁないか……それじゃ美鈴先輩、行きますか」
「何が、しゃぁないだ。一応、言っておくがこれでも嫌々言いながら、言う事を聞いてくれるキミには感謝しているんだからな」
「じゃぁ、その感謝に応えないとな」
そう言って、再び雑務に取り組むエイジであった。
結局、放課後まで美鈴と一緒に過ごしたエイジ。
重たい荷物を持って、二階から四階まで往復するのを十数回、美鈴の書記の手伝いをするのに数時間。
激しい労働にエイジはくたくたになっていた。
「エイジ、今日はご苦労だったな。これで風紀委員からの仕事は終わりだ」
夕日に照らされる凛とした美鈴の顔が優しく微笑む。
「これでようやく解放だ、次からはバレないように上手くやろ」
「やめるという発想はないんだな」
「もちろん」
玄関から出て、校門を抜ける。
放課後はとっくに過ぎており、部活動も試験前という事で休みの所が多いせいで生徒達の姿はない。
そんな寂しい下校道を二人で歩く。
「な、なぁ。エイジ」
急に立ち止まって、俯きながらモジモジし始める美鈴。
「なんすか? あっ、わかった! 愛の告白でしょう、そうでしょうっ?」
「んなワケないだろ!」
顔を赤らめて、目を大きく開きながら怒鳴りつけられる。
「え~残念だな。仕返しに気持ちよくNO!って言おうと思ったのに」
「キミは本当にブレないな、だから、そのなんだ」
カラスに所属している者は他人にお願いするのを慣れてない、それは他者とはあまり深く関わらないという体質の弊害だった。
まぁ、それのおかげで仲良くなれば短期間で良好な関係を築きやすい人間も多いのだが。
弟子を取る鶴ヶ島家もそれに漏れる事なく、常にお願いをされる立場なのも原因であり、仲間になったとはいえ、関係の浅い他人のエイジに頼みを切り出せずにいる。
その様子に業を煮やしたエイジは自分なりに推理して答えを導き出す。
「わかった、今までの仕事を労ってくれるんでしょ」
「え?」
「水臭いなぁ、あんだけの重労働させた負い目もあるんでしょうが。そういう事なら俺はいつでも歓迎ですよ」
「あれっ、その……」
「そうと決まれば、すぐに行きましょうっ!」
エイジは美鈴の手を取り、下り坂を勢いよく走ってバス停へ向かう。
「キミはいつも、私の想像を超える事をするな」
「へへへ。それが俺の持ち味なもんで」
「はは、そうだったな」
初めて異性に手を握られて、胸の鼓動が収まらない美鈴は導かれるままにエイジに着いていく。
バスから降りて、学生通りにあるRの字が首を長くした女性の看板の前に立つ二人。
「今日はロクロナルドの気分だったんすよ」
「そ、そうなのか? 私はあんまりこういった店は行かないのだが」
「まぁまぁ、そう言わずに入ってみましょうよ」
無理やり手を取られ、美鈴は始めてのジャンクフードの世界へ入っていった。




