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第三十二話 戦い、その後に②

 時刻は十一時過ぎ、屋敷の消灯時間は過ぎていた。

 エイジの部屋の中心部にあるテーブルにあるキャンドルグラスがエイジとユイの顔を優しく照らしていた。

「ねぇ、エイジ。一つ聞きたいんだけど、あんたが私の力になってくれるって言った時の事覚えてる?」

「覚えてるよ。あっ……パンツ見た事まだ根に持ってたりする?」

「違うわよっ。あの時、力がほしくなかったって言ったじゃない、あれなんで?」

「あ~まぁ、話せば長くなるようなならないような……」

「いいわよ、聞かせてよ。私はもっと強くならなくちゃいけない、エイジと同じくらい。その強さを持つエイジがなんで力を欲しくなかったのか聞きたい」

「まぁ、聞きたいって言うんなら話すよ」


 ――強さとは傲慢だと思う。強ければ強いほど多くの命を救える、弱い者は何もできずに強者の影で生活する。

 そう思ってた俺は過ちを犯した。

 いつもの様に仲間達と共にドラゴンを倒してた時だ、いつもより多くの数だった。

 それは竜王の策略だった。俺は守るはずだった村からいつのまにか遠くに離されていた。

 別働隊のドラゴンが村を燃やした、慌てて着いた頃には村の半分以上は燃やされて周囲には助けを求める声で溢れていた。

 そこで俺は思った。

「守るには俺の力は弱すぎる たぶんこれからもずっと――ならば、より強くならなければ」

 燃える街の炎のように俺の意思は激しく燃えていた。

 強さを求めて、伝説の武術家の弟子になった俺は王や仲間達の帰還命令を無視して修行に明け暮れた。

 その異常さは、多くの勇者を育てた師匠にも俺が強さだけを求める怪物に堕ちると危惧していた。

 そんなある日、燃やされた村に連れてかれた。

 正直、自分の汚点を見たくもなかった、きっともう誰も残ってはいないだろう。

 だが、そこにはたくさんの人間がいた。

 家を燃やされた、家族を失った人々が懸命に生きてた。

 外部の連中からはさっさと他の村に出てけばいいのにと言われていたらしい。

 だが、彼らは苦しい道を選んだ。

 それに感化された人達もこの村に来た、ドラゴンになんか負けてたまるか、ここは俺たちの村だと言っているようだった。

 俺なんかいなくても彼らは、人は強かった。

「どうだ? お前などいなくても彼らは十分に強いじゃないか。お前一人に何が出来る、お前がいくら強くあろうとも全てを救えるなど出来るはずがない。

 強さとは孤独であり、それは万人を蝕む猛毒だ。人は一人で生きるべきではない、お前にも仲間がいるのだろう。支えてきたばかりではない、支えられた事もあるはずだ。まずはその者らのために行動するべきではないか?」

 その師匠の言葉に俺は気づいた、俺のドラゴンイーターの力は俺から生まれたものじゃない与えられたものだ。

 始めて異世界に来たときも助けてくれたのは誰だったか、異世界からやってきたと言う俺を信じて着いて来てくれたのは誰だったか。

 俺は与えてきたのではない、与えられていたのだ。

 涙を流す瞳から見える彼らが輝いて見えた、力などなくとも、それに気づいていた彼らを心から尊敬していた。

「だから、力なんかなくたっていいと言ったんだ」

「そうなんだ、だけどエイジは十分に強いよ」

「腕っぷしばっかだけどな」

「ドラゴンイーターの力は別、あなたはあなた自身の強さをもう持っている。だって、そうじゃなきゃ自分の力を他人の為に使うことなんかできないもん」

「へへへ。さすが俺の相棒だ、よくわかっていらっしゃる」

「それにしてもエイジに師匠なんかいたのね、仲間ってどんな人達だったの?」

「そうだな、色々あって離れてった奴もいるが最後まで居たのは、ムッツリスケベの騎士セローに生意気な女魔道士サンだろ、男好きのオネエ系舞剣士ピンキー、そしてキクコロール星人」

「待って、今、変なのいなかった?」

「え? あぁ、ピンキーの事か? 確かに変わった奴でいつも男の尻ばっか見てたけど、あいつの剣捌きは芸術の域だったんだぞ。正直、剣術だけはあいつにずっと追いつけないでいた」

「違う、ちがうっ! その後よ」

「キクコロール星人か?」

「なんで急にSFチックな名前が出てくるのよっ!」

「キクコロール星人は、なんといえばいいのか。その星から直接生まれた人類、星の声を届ける巫女、精霊に似ているけど」

「あっー! なんて表現すればいいのか」と頭を抱えるエイジ。

「なんか、エイジの異世界の生活ってすごそうね……けど、家族に会いたいとか思わないの? もう十年以上会ってないんでしょ?」

「う~ん。最初の五年は何度かそんな事思ったけど、だけどそっからの五年でな。忘れちゃったんだよ、親の顔も声も好きだった料理とか」

「そんな、普通忘れないでしょ?」

「いや、薄情とか言われても仕方ないんだけどさ。異世界での生活が全部塗りつぶしてたんだと思う、思い出せない物に憂いている暇もなかったしさ、いや親にとっては薄情者どころか親不孝者だと自分でも思うよ」

 そんなにも異世界での生活は厳しかったのかと驚くユイ。

 普段、能天気なバカな彼でも戦いの時だけは別人のようになっている事を思い出す。

 それも、残酷なほどの異世界の体験が生み出した弊害なのかもしれない。

 もしかしたら、彼も本当は異世界での話なんかしたくないのかもしれない、自分から異世界の話をする事はあまりなかった。

 これ以上は彼の傷を広げるかもしれないとユイはそれ以上話を聞く事に消極的になった。


「それよりこれ、見てくれよ」

「じゃ~ん」と口にしながらエイジが白い鬼の仮面を取り出す。

「それ、アガマツが着けてた仮面じゃない」

「へへへ、牛玉はエリカにあげたからね。これが今回の俺の報酬だ、いいだろ~?」

「全然、羨ましくないわよ。なんか気味悪くない?」

「いやいや、これを着けたらパワーアップとかする素敵アイテムかもしれないじゃないか」

「ちょっ、やめときなさいよ」と腕を捕まえて制止するのを、無視してエイジは自分の顔に仮面を着けた。

「むごっ!?」とエイジの様子が変わる。

「んごっ!? うがああああ!!」

 椅子から転げ落ちて、顔を抑えながら床でのたうち回る。

 まさか、牛鬼の怨念が彼を苦しめてるのだろうか。どうする事もできずにエイジの肩を揺さぶる事しかできない。

「ちょっ、エイジ大丈夫!?」

「バカな男よ、仮面を着けた者は牛鬼になる事も知らぬとは」

 エイジはユイの手を振り払い、天井すれすれまで飛び上がり、着地する。

「まさか、あんた牛鬼なの?」

「そうだ、娘よ」

「こんな所で、ポカするなんて本当に大馬鹿よ」

 頬から一線汗が流れる、自分一人でエイジを助けられるか、あの仮面を破壊すればいいのかと思考を張り巡らせる。

「ボハハハ、この小僧を救いたいか?」

「当然よ」

「ならば、お前の履いてるパンツをくれ」

 今なんて言ったのかわからない、何かの聞き間違いか。思考が再び、混乱する。

 とりあえず、聞き返すのが一番だろう。

「……なんて?」

「おパンティーをください」

「一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「あんた、エイジでしょ」

「イエス!」

「こらーー!」

 鬼の形相のユイから逃げ回るエイジ。

 ベッドの上で亀のように丸まり、ぽかぽかと背中を殴るユイから身を守る。

「このっ!」

 それをひっくり返し、エイジの上に馬乗りになる。

「さっきまで真面目な話してたのに急にふざけるんじゃないわよ!」

「俺は真面目な話とトマトが嫌いなんだっ」

「……なんか、あんた痩せてない?」

 エイジは筋骨隆々とまでは言わないが、平均的な高校生よりは筋肉質な身体をしている。

 触れている胸板の男らしい張り上がった大胸筋はどこかに消えたようだった。

「ダイエット中なもんで」

「嘘よ、ありえない」

 腕を掴むと、違和感が爆発した。

 エイジの腕は筋肉質で盛り上がってるはずなのに、今は老人のように細くなっている。

「なんで? なんでこんなやせ細ってるのよ」

「力を使いすぎるとカロリーが消費されるんだ、異世界の食事に比べてこの世界の食べ物は軽すぎるんだよ」

「なんで、誰にも言わなかったの?」

「言ったら、戦うなとかいうじゃん。ぜったい」

「当たり前でしょっ、あんた……もし戦いが長引いてたら、下手したらし、死んでたかもしれないじゃない」

「だから、早期決戦で全力出したんじゃない」

「加減間違えたら、どうするのよ。あ~もう! そうよね、あんな力、リスク無しで発揮できるわけないわよ、私もエイジと同じくらいのバカだわ」

「そうよ、私はバカな男よ。今更気づくなんてユイちゃん、鈍感すぎっ」

「また、ふざけて……」

 激しい憤りを感じて、ただただエイジの胸を叩く事しかできない。それを「痛い、あっけど気持ちよくなってきたかも」とふざけ続けるエイジ。

 こんな身体になっても笑い続ける彼が信じられなかった。

「私、強くなりたい……あんたがそんなになるまで戦う事がないように強くなりたい」

 ふざけた感情は顔からぬけ、激しく落ち込むユイを見る。

「なれるよ、ユイなら」

 真っ直ぐ優しい瞳でエイジは目の前のしおらしくなった少女を見る。

「強くなりたい。その気持ちを続ける限り、人間は変われる、強くなれる」

 頭を撫でるエイジ。

「ほんとに?」

「ああ、今まで多くの人間を見てきた俺が言うんだから、間違いない」

「ただ一つ約束してくれ」

「なにを?」

「自分を裏切る事だけはしないでくれ。そういう人を見るのはつらいんだ」

「わかったわよ、いつかあんたに追いつくんだからそれまでちゃんと私を見てなさいよね」


 その時、入り口のドアが激しい音立てて、開いた。

「皆さん、ウブですね~! お話がしたいなら素直に真っ直ぐに部屋へ入ればいいんです――よ?」

 勢いよく元気に入って来たのはハルだった。

 その後ろで、エリカと美鈴が信じられないものを見た顔で固まっていた。

 ナツがその二人から一歩引いて、表情一つ崩さず部屋の中の様子を見ている。

 エイジの上に馬乗りになるユイ、それは紛れもなく愛し合う恋人のような態勢だった。

「ねぇ、あれ、入ってるよね? 絶対入ってるよね!」

「姉さん、黙って」

 固まる二人の横を通って、ハルが「きゃ~!」と黄色い声を出しながら興奮した様子でナツに話しかける。


「こ、これは違うのっ!」

 慌てて、エイジから退くがバランスを崩してベッドから落ちそうになる。

「おっと、大丈夫か?」

 それを手をひいて自分の傍に寄せるエイジ。

「ふ、不純異性交遊禁止だ、御法度だ!」

 それを見かねて、美鈴が走って彼らに近づき獲物を狩る虎のようにユイを引き離す。

「ユイがまさか、こんな淫らな女だったとは……」

「だから、誤解だってば!」

「いいえ、誤解ではありません。これはれっきとした逢い引きです!」

 エリカが詰め寄り、その様子に怯んで顔をそらしながら両手で身体を守るユイ。


 美鈴は今日の礼に、エリカは兄さんと話したくて、ハルに背中を押されて入ってきた。

 ユイは入って来た全員の視線に耐え切れず気まずそうにする。

「やはり、迷混の結界を強化する必要がありますね」

「いや、それだけは勘弁してよ! いえ、勘弁してください!」

「それより、この件の説明を頼む!」

 女三人で姦しいとはよく言ったものである。

 エイジを巡って、三人はヒートアップし始めた。それを困った様子で見るエイジとそれをニヤニヤして見るハル。

 ナツは少し眉をひそめて、エイジに話しかける。

「エイジ様はこの件、どう収められるつもりなのですか?」

「いや、俺もう寝ます」と掛ふとんに丸まり現実逃避を始めるエイジ。

「寝かせるわけないでしょっー!」と三人がふとんを剥ぐってエイジに怒鳴りつける。

「ひえっ~!」

 風間家の夜はまだもう少し長くなりそうであった。

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