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第三十一話 戦い、その後に

 ユイと美鈴は浴場から上がって、脱衣所で屋敷から提供された着替えを着ている最中だった。

「しかし、風間家の屋敷は広くてでかいとは聞いていたが。こんな大浴場まであるとは思わなかった」

「そうね、私も最初は驚いたわ。エイジなんか男風呂を一人で入ってるから、いつもちょっと寂しがってるわ」

「はは、それは贅沢な悩みだな」

 アガマツとの戦いでの汚れを綺麗さっぱり洗い流した事もあるが、何より女として綺麗で広く優雅な浴場に入れた事で二人はそろって上機嫌だった。

 ホテルにあるような洗面台のある大きな鏡の前に座って髪を乾かすユイの隣で同じく、美鈴もブラシで髪を()かしながらドライヤーで髪を乾かす。

「なあ、ユイ。エイジの事なんだが」

「言いたい事はわかるわ。私も正直、困惑している」

 エイジの力はなんなのか、異世界からやってきたと言っていたがそこで彼はあの力を手に入れたという。

 伝説の妖怪、牛鬼。それを難なく倒しきるドラゴンズアーマーと呼ばれる鎧とドラゴンイーターの能力。

『ドラゴンイーター』その名の通り、異世界でドラゴンを捕食し、その力を使えるものだろう。

 だとしたら、彼は何体のドラゴンを食べてきたのだろう。

 ドラゴンは伝説のモンスターだ、一体だけでも竜種の力は莫大なエネルギーを保有している。

 竜と人が交わって、生まれた竜人すらその血が薄くなっても強靭な肉体と魔力を宿しているのだ。

「竜、そのものなんてあいつデタラメよ……」

 エイジの事を考えるとそんな力を傍におけて、ほっとする自分の情けなさに歯ぎしりしてしまう。

「彼の事で相当苦労しているようだな」

「ええ、本当に厄介な相棒よ」

「なら、その荷物。私も持っていいか?」

「え?」

「キミが彼の事を秘密にしていた理由はわかる。あれは異能使いが群雄割拠しているカラスの中でも異物だ、正体がバレたら彼は本部の地下室でホルマリン漬けにされてしまうだろう」

「そうね。その前に本部がめちゃくちゃになるでしょうけど」

「確かに。なら被害が出る前に私もその秘密の保有者になろう」

「それはありがたいわ」

「そのかわり、私もキミ達の仲間に入れてくれ」

「……まあ、その程度で済むなら安いものね」

「ああ。これからよろしく頼む」

「こちらこそ」

 お互い握手して、笑う美鈴と照れくさそうにするユイ。

 脱衣場から出て、皆のいるラウンジへ向かう。

 何やら、ラウンジはエイジの声で騒がしくなっていた。

 そこには、風間家の面々がエイジの今夜の戦いの話を食い入るように聞いていた。

「ビルからパラシュートなしダイブを敢行したドジっ子美鈴先輩を華麗に助ける黒い騎士、恐怖で今にも失禁しかけているユイを助けに入るその騎士こそ、この俺! アガマツの死槍を弾いては斬り返し、弾いては撃ち返す!」

 エイジはソファーの上に立ち上がり、舞台役者のように全身を使って、戦いを表現する。

「おっー」と同時に声を出す双子と「ほほっ~」とにこやかに聞く安藤。

「それで、兄さんは一対一でアガマツと戦ったのですね! それで最後はどうなったのですか?」

 兄の活躍に胸を躍らせるエリカは、話の続きを急かす。

「それでな……おふたりさん、痛い」

「誰が失禁しかけたって?」「誰がお茶目だ?」

 エイジの両肩に二人の手がめり込む。

「これは、その――」

 二人からジト目で睨まれるエイジは、恐怖よりも湯上りで赤く染まった頬と濡れた髪の艶めかしさに魅了されていた。

「兄さんをいじめないで下さい!」

 掴まれた手を払い上げるエリカ。

「どうして、貴方達は命の恩人の兄さんに対してそんな態度を取るんですか。ましてや、兄さんの話を遮るなんて!」

「いや、これはその……」

 エリカの怒った様相に、たじたじになる二人。

 年下の中学生とはいえ、相手はこの街の管理者だ。その咎めは一瞬で自分達の首を締め上げるには十分な力を持っている。

 ユイと美鈴はエリカに弱く、エリカはエイジに弱く、エイジは美鈴とユイに弱い。

 まさに三つ巴の関係がすでに出来上がっている事にユイはまたもや、悩みの種が出来たなと肩を落とすのであった。


 騒々しかった屋敷は、皆がそれぞれの部屋へ帰った事により静寂を取り戻していた。

 エイジもまた、自室に戻って窓際に座りながら月夜を眺めてチョコバーを食べていた。

 強者との戦いの後はいつも寂しくなる。戦いを思い起こしてあの時、違う斬り方をしていれば相手はどんな手を返してきたのだろうか。

 もう相手はこの世にはいないというのに、無意味な妄想でほくそ笑む。

 戦いの反動でエイジの体内でカロリーは激しく消費されていた、大浴場に備え付けられている体重計に乗った時思わず「ひえっ」と漏れるほど体重が落ちていた。

 それを補うために足元に山積みにされている穀物類をキャラメルとチョコでコーティングされた高カロリー食品を一つ開けてはすぐに口に頬張り新しい袋に手を伸ばす。

 昔見た、食べても食べても痩せていく男の話を思い出す。

 当時はダイエットしなくても、痩せれるなんて羨ましい話だなと呑気に思っていたが、いざ自分がその立場になると辛いものだなと思っていた。

 そんな事を考えていると、部屋のドアからノック音が聞こえてきた。

「なんだ、ナツか? ラウンジに忘れ物でもしたかな」

 ドアを開けると、ユイが立っていた。

「なんだ、もうエリカが貼っていた迷乱の術は解かれてるはずだぞ」

 ユイが初日に屋敷内で迷子になったのは、エリカが貼った結界のせいであった。

 後日、それに気づいたエイジはこっそりその術式を解いて、再び修復されるたびに壊していた。

「そんなの知ってるわよ。解かれる度に私の仕業だと思われて毎回顔を合わせるたびに睨まれてたんだから」

 エイジは今日の件をもって、ユイが屋敷内で自由に移動出来るようにエリカに頼んでいたのだ。

 もちろん、敬愛する兄の願いであれば断るはずもなかった。

「その、ちょっと話がしたいなと思って」

「そんな遠慮する事ないって、ささっどうぞどうぞ」

 快くエイジはユイを部屋に招くのであった。

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