第二十九話 アガマツの最後
それは異常だった。
先ほどまでの人間の姿をしていたアガマツは次元が違う真の姿をさらけ出した。
溢れ出る魔力に触れただけで、街灯は無残に割れて砕ける。
槍のひと振りひと振りが、コンクリートで出来た壁に深い傷を残す。
都市開発計画の途中の街の一角は再び更地に戻っていこうとする。
人間が相手にしていいモノではない、それはユイと美鈴の本能と理性に芯から伝えるには十分な迫力だった。
「一体、何が起きているんだ?」
その次元の違う怪物を前に、平然と戦い続ける一人の少年がいた。
余波だけでも凄まじいその槍の突きを、いとも簡単に弾き追撃する。
片腕の剣だけで、相手の両の手にある槍をさばき続けていた。
飛び回る隼のように俊敏で無駄の無い動きに美鈴は見惚れていた。
そして、もう片方の腕にある砲口から魔術師が複数の詠唱を重ねてようやく出せる代物を無造作に撃ち放った。
アガマツの肉片が吹き飛ぶ、傷は瞬時に塞がれ何事もなかったようにお互いの猛撃は止まらない。
「私にも、わからない。まさかエイジがここまで強いなんて――」
アガマツは今まで多くの手練れを殺してきた、カラスの中にその名を知らぬ者はいないほど。
だが、それと対等以上に渡り合う一人の少年。
その異常さに二人は息を呑む事しか出来なかった。
ドラゴンファングが腕から射出されアガマツの二の腕に噛み付き押さえつける。
空手になったエイジが手にするは覇王の剣、一回振るえば山を削り、川をせき止めると言われる伝説の剣だ。
それが牛鬼の肩めがけて振り落とされた。
悲鳴を上げる牛鬼、しかしそれでも決定打にはならなかった。
二本の虎のしっぽから糸が吐き出され、とっさに避ける。
ドラゴンファングを振りほどき、糸でがんじがらめにする。
「しっぽからそんなもん出せるのかよっ」
「オレの身体半分を見ろ、クモなのだぞ?」
覇王の剣とせめぎ合うアガマツに思わず歓喜の声が上がる。
「嬉しいぜ、この世界でここまで出来るヤツがいるなんてな!」
「オレも嬉しいぞ! ここまで生きてきた甲斐があった! こんなに楽しいのは久しぶりだ!」
「それじゃぁ、俺も力を出すぜ」
決着をつけるために、インフェルノドラゴンの能力で糸を燃やしきる。
糸が溶け爛れ、飴のように地面に垂れていく。
「小僧、そんな手があってなぜ使わなかった?」
「あ? 純粋な力だけで戦ってるんだから。そんな無粋な真似できるかよ、相手が全力を出してんだ。全力で戦わなきゃもっと無粋になるから使ったんだ」
「ふっ、そうか」
「久しぶりに全力出すからよ、アガマツも本気出せよ」
「そうだな、小僧……いや、もう一度お前の名を聞かせてくれ」
「ドラゴンイーター、そう呼ばれていた」
「ドラゴンイーター、楽しかったぞ」
「そうか、よかったな」
ドラゴンファングの形状が変わっていく。
黒い竜の顔が肥大化し、より刺々しく、神々しさの化身ともいわれる竜とはかけ離れた闇のような黒いオーラを纏い始める。
アガマツもまた、自信の力を両腕に集中させ突き出した両腕は一対となり巨大な槍と化した。
お互いの魔力が周囲の造築物を壊し、吹き飛ばし、蹂躙していく。
その余波が、覇王の盾にあたり、その衝撃に二人の少女が怯える。
もはや人の戦いではない、おとぎ話や神話のような世界が目の前に繰り広げられていた。
先ほどまでエイジの剣術に感動すら覚えていた美鈴も今ではエイジを同じ人間だとは信じていない。
ユイもまた真の強さを完全に認識してなかった事に戸惑いを隠せない。
「いくぞおおお!!」
「来いっ!!」
アガマツが駆け出す、自身の全力を込めた槍がエイジのドラゴンファングを貫こうとする。
その巨槍を巨竜の牙が粉砕し、再び大きく開いた口がアガツマの上半身に噛み付き、頭上に持ち上げ掲げる。
「これが全力のドラゴンキャノンだ!!」
ドラゴンファングから黒い光が放たれ、アガマツの肉体を分断し天に貼られた結界を突き破った。
天高く登っていくドラゴンキャノンは、まるで一本の柱のようだった。この街にいる人間どころか、全国、もしかしたら世界中の人間が見たかもしれない。
こうして戦いはエイジの勝利に終わる。
虚ろな目で座るアガマツにエイジが近づく。
「オレはずっと死にたかったのだ。地獄にいる仲間に会いたかったのだ」
「知ってるさ」
上半身だけになったアガマツの横に座るエイジ。
「自決など出来なかった、逝った仲間のために戦いで死にたかった。そんな力を持つお前はどうなんだ?」
「俺には守りたいものがあるんでね」
「守りたいものなど言い訳に使うな。お前を動かしてるものは後悔だろ? 本当は俺が食ったあの女や死んだ男の為に戦ったのではないか? いや、それよりも昔からお前は後悔してきたのだろう? 救えなかった人間の為により多くの人間を救おうとしているのではないか?」
「あんたに俺の何がわかるんだよ」
「昔、同じ人間を見た。まるで贖罪の為に生きてる人間だった」
「そいつはどうなった?」
「天寿を全うしたとは聞いたが、報われたかは知らんな」
「そうか……」
「悪いが、俺の上着を取ってきてくれぬか?」
ビルの端っこにレザージャケットが落ちていた。忘れもしない自分が買ってあげたものだ。
へいへいとレザージャケットを持ってくるエイジにポケットからタバコを出せと言う。
「最後の一服か、俺も一本もらっていいか?」
「お前は未成年だろう、この国では認められていないのではないか?」
「これなら、どうだ?」
エイジが二十五歳の身体に戻る。
「それがお前の真の姿か」
「あぁ、十年間違う世界で戦ってたんだ。後な、俺に後悔はあるがそれが原動力になんかなっていない、それよりも大きく動かそうとするものがある」
「なんだ、それは?」
「あれだよ」とこちらに走ってくる二人の姿を指差す。
「女……いや仲間か」
「ちょいと違うな。俺は強くありたい、強くなろうとする人間の為に戦っているんだ」
「なるほどな……それがお前の強さの原動力か」
「ああ」
「その強さがあればあの仲間達も安心だろう」
アガマツが何を考えたか、自分の胸に手を突っ込む。
「あんた、何してんだよ?」
「これをお前にやろう」
ひび割れた赤い珠を渡す。
「人間は牛玉と呼ぶらしいな。それを渡さねば次はお前が牛鬼になっているところだ」
牛鬼を倒した者は次の牛鬼になる呪いをかけられるという。
それを回避するには、この牛玉を必ず手に入れなければならない。
「あぶね、そういやそんな伝説あったな」
「好きに使うといい……」
「他の人に譲ってもいいのか?」
「構わん、俺が渡す事で盟約は終わる。誰も恨まずに死ねたという証だ、恨みを持ったまま死ねば怨嗟は続く。もうそういうのは終わらせたいのだ」
「そうか、男からのプレゼントはあまり好きじゃないんだがありがたくもらっておくよ」
「がはは、お前もひどい事を言う。お前みたいなヤツともう少し早く会ってれば仲間にしたい所だ」
「俺は女の子の誘いにしかのらないよ。見てみろ、あの美少女二人を。いい仲間を持ってるだろ、おれ?」
「仲間? あぁ、俺にも見えるぞ……あれはかまいたちか? はは、鬼入道のやつめも来おった」
「何言ってんだよ、おっさん。こっちに来てるのは俺のなか、ま……」
アガマツの顔が鼻から上が灰に変わり始め、風に流され始めていた。
「……ああ、お仲間が迎えに来たぞ。よかったじゃないか」
「おいおい、そう急かすな。まだ話が終わっとらん……」
久々の仲間達との誘いに胸を躍らせるアガマツが最後に言い残す。
「エイジ、灰色の羽根が白い羽根に変わるまでにやつらを倒しとけ。さもなくばお前らカラスは滅びる」
「おい、どういう事だよ?」
残された左腕を伸ばし、笑いながら楽しそうに話すアガマツ。
「ははは、わかったわかった。今立ち上がるからな」
そう言い残して、アガマツは全身が灰に変わり腕を伸ばした方向へ風に流され消えた。
「ったく、意味深な言葉だけ残すなんて後味悪すぎんだろ……それより、楽しそうに死ぬのはいいけどさ」
アガマツの残した吸いかけのタバコを一瞥する。
「タバコぐらい最後まで吸ってけよ、もったいない」




