第二話えっ?パラレルワールドですか?
「ドラゴン、イーター?」
目を丸めて呆然としているサラリーマン。問われたから答えたとはいえ、そりゃ『きょとん』としちゃいますよね。
遠くからサイレンが聞こえる。これも懐かしい音だ、あっちじゃ馬車の音を出しながら警備隊が来てたっけ。
「やべぇ、警察だ! 逃げろぉ!」
ジャンプしてビルの屋上から屋上へと飛び移りながら、その場を逃げる。
現場から離れて誰もいないビルとビルの間でドラゴンズアーマーを解除する。
「すごいな、戻ってきてもドラゴンズアーマーが使えるなんて。もしかしてアイテムも持って帰ってきた?」
「スキルも失っていませんし、全て私の中に収まっております。マスター、とりあえず着替えられたらいかがでしょうか?」
「え?」
自分の服装を見て、思わず笑いそうになる。
白いズボンに派手な黄金の竜の刺繍が施されたジャケット。
胸元には複数のバッヂが付けられている。
「これじゃぁ、何処の軍隊のコスプレですか?って聞かれそうだな。結構気に入ってるんだけど」
この格好で隠れてたら、さらに怪しいからジャケットを脱いで、ズボンとシャツだけになる。
「カンさん、『魔法のカバン』から俺が最初に着てた服出してよ」
「了解しました」
伸ばした手の上に俺の学生服がポンッと現れ、手に取る。
カンさんには『魔法のカバン』機能がある。
未来の青いロボットが付けてるポケットみたいにほぼ無限にアイテムをしまえて、指定したアイテム名を言えば出してくれるのだ。
「あれれ? 入らない? え、嘘。俺、太った?」
「マスター違います。成長したのです。今の貴方の肉体年齢は二十五歳。立派な成人男性ですので……」
「なるほど。それじゃぁ肉体変化の魔術を掛けてくれ。いや、やっぱり十年分細胞を若返らせてほしい」
「細胞変化ですね。了解しました」
俺の身体が縮み、肌のシワやクスミが少し減った気がする。
ん~あんま実感なかったけど、年取ってたんだな。
「これで普通の高校生に戻れたし、高校生は高校生らしくおうちに帰りますかね」
「……?」
自宅へ帰ろうとするが街並みの様子がおかしい。
見たこともない建物や聞いた事もない町名が出てくる。
「本当にここは現実世界なのか? 主婦で賑わっていた商店街はなんか学生の多い通りになっているし、あそこの駄菓子屋はコンビニになっているし」
『マスター、今この世界の情報を収集しますので少々お待ちください。終わり次第、貴方の記憶と照らし合わせてみます』
カンさんが世界の情報収集を始める。
前日から準備を始めるというのは現実世界へ来てカンさんが順応する為だった。
カンさんの報告を待つ間にさっさと着替えよう。
着替え終わる頃に、カンさんはこの世界の情報を説明してくれた。
俺達が来たこの世界はパラレルワールド。
現実世界でも俺のいた世界ではなく、違う可能性へと分岐した世界だった。
「異世界渡りの最中にあの謎の声の主によって、干渉されてこの世界へ入ってしまった?」
「そうですね。むしろこの世界に引き込まれたという説が正しいかもしれません」
「え?」
「マスターは『また仲間達と戦いたい』と願った。この世界は『救世主』を求めた。この世界はあまりに大気中のマナが濃すぎます。人に害する魔物や亡霊がいてもおかしくありません」
「そのせいで世界の危機レベルの現象が起こり得ると?」
「その可能性があります」
俺がもしこの世界に呼ばれたのなら、世界は俺に力を貸せと言っているのか。
またあの時みたいな人が死ぬ状況が起こる、もうそんなのは見たくない、見たくないから死ぬ気でがんばれた。
たぶん普通に生活していたら出来なかった仲間も出来た、だが、しかしだな。
「まぁ、興味はある。しかし、それに干渉する気は起きないねぇ……まぁ、可愛い女の子の頼みなら別だけど」
「また仲間達を失うのが、離れるのが怖いのですか?」
図星を突かれて、思わず息を呑んでしまった。やはりカンさんには敵わない。
「……ご名答、戦いと別れが表裏一体と言うのなら、どちらかを捨てなきゃ前に進めない」
「俺はもうあんな胸を裂かれる思いはごめんだよ」そう言って路地裏から大通りに出る。
「エイジ様? 風間エイジ様でございますよね?」
「え? そうだけど?」
見知らぬネクタイをつけたタキシード姿の初老の男性に話しかけられる。
「ご無事で安心致しました……」とほっとしながら少し乱れた白髪のオールバックを整い直している。
この渋いダンディな執事風の男性は何者なのか?
とりあえず話を合わせることにしよう、何かわかるかもしれない。
「申し訳ございません。駅でお迎えするつもりが見失ってしまいまして……」
「あぁ、そうなの? もう遅いよ、少し街を散策していたんだ。えーと……」
名前がわからない。とりあえず忘れたふりをしないと、大体こういう容姿の人の名前は想像出来るんだが。
「ああ、申し遅れました。わたくし、執事の――」
「セバスチャン?」
「安藤です」
間違えた、白髪のオールバックが似合うダンディな執事って言ったら『セバスチャン』だと思ったんだけどな。
「見たところ、手荷物は無いようですね。今日の昼にお荷物が、屋敷へと届いたので着きましたらご確認ください」
「そうなの? ありがたいねぇ」
「では、車をご用意しているので、こちらへどうぞ」
駐車場の一角にでかい黒塗りのセダン車が止まっていた。
あれって、なんか社長さんとかお偉いさんが乗る車だよな? 俺がこれから住む家ってどうなってんだ?
「ねぇ、セバ……安藤チャン」
「何か間違いが混ざっていますが、安藤です。どうなされました?」
「俺の父さん、母さんはそこにいるのかい?」
「……」
え? なんで止まってたの、今。
「申し訳にくいのですが、ご両親はあの時の事故が原因で今だ療養中でございます。ですが、屋敷には私と私の二人の孫、それから当主代行のエリカ様がおられますので寂しい思いはしないと思います」
『マスター』
意識に直接、カンさんが話しかける。
『俺も読めてきた、俺の父さん母さんはなんらかの事故で入院。それでこれから俺が行く家に預けられる事になったのか』
ていうか当主代行のエリカ? 誰だ、それ。
「エリカ様?」
「お忘れですか?幼い頃はよく遊んでおられました。 エリカ様は貴方の事を『兄さん』と慕って、お帰りなられる際はいつも泣くほど残念がっていたのですよ」
「そ、そうなの? あー思い出してきたよ。エリカ様ね、エリカ様」
「ははっ、会えばきっと思い出しますよ」
街を出て、住宅地の最深部にある柵に囲まれた屋敷に入る。
入口の門を抜けて、森の中を走る。
でっか!もしかして、この森も全部敷地内なのか?
え、目の前に噴水がある!ていうか、その奥の屋敷もでかっ!
思わず、テンションが跳ね上がってしまう。こんだけ広い屋敷なら何不自由なく遊んで暮らせるのではないか。
パラレルワールド最高! 俺の安息の日常はここから始まる!
屋敷の前に三人の女の子が立っている。
両端のメイド服が安藤の孫娘だろう。
メイドの二人はショートヘアーの少し鋭い目をしているクールビューィーな女の子とロングヘアーの丸くて大きな目をした優しそうな女の子。
その間に立つのが腕を組み、仁王立ちしている二人より少し幼い少女、間違いなくこれがエリカ様だろう。
凛とした鼻だち、ぱっちり開いたつり目、気の強そうな顔をしているが間違いなく美人の顔立ち。
あぁ、こんな美少女に囲まれて生活出来るのか、俺は。
「遅かったですね、安藤」
「それから、兄さん」その声だけが何処か重たく、冷たかった。
あれ? なんか様子がおかしいぞ?
「安藤から話は聞いてます。待ち合わせの場所も時間も指定したのに、どうしておられなかったのですか?」
「ごめん、忘れっぽいんだよ俺」
「それでは困ります、兄さん。今後は気をつけてください」
「申し訳ございません。すべて、この安藤の責任……」
「安藤は何も悪い事はしていません。今回の問題は兄さんにあります」
「いや、悪かった。そんな怒らないでくれよ、可愛い顔が台無しだぜ、もったいない」
エリカ様は眉をひそめて片目を大きく広げて、逆の目を細くする。バカにして見下す様な目だ。
「はぁ……まぁ、今回は許しましょう。ですが次からは気をつけてくださいね」
「はいっ胸に刻みます」
なんだか、厳しくて真面目そうな子だ。さっきのあの目、あんな目でこれからも見られると思うと……。
やべぇ、おらなんだかゾクゾクするぞ。
「では、部屋へ案内いたしますね」
ショートカットのメイドが俺を案内しようとする。
「ありがとう、君、名前は?」
「紹介が遅れました。私は安藤ナツと言います」
「あ、私もー!」そう言って大きな胸を揺らしながら、俺達の間に入ってくるロングヘアのメイド。
「私は安藤ハルって言います。よろしくお願いしまーす!」
「俺は風間エイジってもう知ってるか、みんなよろしく」
お互い握手を交わす。
「ナツ、早く案内しなさい。それからハルは食堂で会食会の準備です」
「はい、かしこまりましたっ!」とハルは食堂の方へと歩いていった。
「それでは、こちらへ」とナツが先導して歩く。
階段をのぼり、長い廊下を歩く。見た目通り広い屋敷だな。
「こちらがエイジ様のご部屋になります」
扉を開けると、広い部屋にベッドと机、クローゼットなどの最低限の家具がある生活感のない部屋があった。
「中々いい部屋じゃないか」
「えぇ、使っていなかった部屋を今回、エイジ様の為に私達がご用意させていただきました。足りない物があるならなんなりとお申し付けください」
「いいよ、最高! 完璧!こんな素敵な部屋にケチ付ける奴はいない」
「そうですか、ありがとうございます。正直、殿方の部屋というのはわからないものでしたので、不安でしたがそう言ってもらえて助かります」
僅かに微笑んで、ほっとした様な顔をするナツ。
「それではこちらに届いた荷物がありますので後でご確認ください」
部屋の隅に積み重ねたダンボールと二つのカバンが置いてあった。
こっちの世界の俺の私物だろう。一体どんな物を持ってきたのだろうか、少し楽しみだ。
「では、食堂に向かうついでに、屋敷の中を案内しましょう」
そして、俺達は洗面室や風呂、トイレなどへ向かう。
「トイレはここと玄関、奥の間と離れにありますが基本的にエイジ様が使うのはここと思ってください」
「え?他のところは使っちゃダメなの?」
「ダメというわけではないですが、離れは私達使用人の住居スペースです。そして奥の間だけは当主専用になっていますので使うのは必然的にここになっております」
「なるほどねぇ、風呂は大浴場と離れにある、これも住人用と使用人用に分かれているのか」
「そういう事です。大浴場は男性用、女性用と分かれておりますので、間違えないようにお願いします」
「わかっていますよ、あのエリカ様に間違って鉢合わせにでもなったら森に全裸で吊るされそうだもん」
「えぇ、それで済めばいいのですが……」
え、あのエリカ様ってそんなおっかないの……。
「では、食堂に向かいましょうか」
「あぁ、どんなご馳走が出るのか楽しみだ。女体盛りとか出る?」
「そんなものはございませんっ」
会食会はなんともいまいちな結果だった。
無口なエリカは一言も喋らない。
話しかけても「そうですね」「兄さん、食事中はもう少しお静かに」としか答えない。なんだ、あのツンツンとした態度は。
おかげで出されたご馳走もなんだか味気なかった。
風呂は大浴場というだけ広かったが、一人で入るのはなんだか寂しかった、安藤チャンを今度は誘おうかな。
「それにしても、明日から学校か」
部屋のベッドにドンッと飛び乗る。
机の上に、教科書や筆記道具を入れたカバンがあるのを見つめる。
楽しみだなぁ、学校。久々すぎてワクワクする。もう魔物と戦う事もない平和な日常が明日から始まるんだ。
しかし、明日からどうやってこの現代社会に順応しようか。
「俺は現代社会をうまくやっていけるか、そういえば異世界ではエリーゼとセローはうまくやってるかなぁ。……あぁ、お互い苦労が絶えないねぇ」