第二十八話 ヒーローは遅れてやってくる②
ゴーレムが崩れ落ちていく。ユイから供給されていた魔力が途切れた為だ。
「今ので、最後の様だな」
「それでもっ……!」
ユイの足に精霊の力が宿る、手には精霊石を纏わせ全身に炎を着せた。
最低限の魔力で最効率の魔力の流れ、ゴーレムを出す余力もすべて自分の周りに漂わせる。
魔力の貯蓄の底を見えている。
後はどれだけエイジが来るまで、時間を稼げるか。
「ははっ、まだそんな手を残していたか」
アガマツの槍を弾き、全力で顔に向かって足を振り上げる。
その一撃を頬を歪ませながら、愉快に笑う。
「そらっ。その炎、散らせばより可憐な輝きを見せてくれるか?」
足を掴み、ユイを持った腕を振りかぶる。
地面に叩きつけるたびに、ユイが纏った炎が花火のように散らかる。
まさに、海上花火ならぬ屋上花火だ。
少しずつユイの魔力を削り、火花が屋上全体に振り落ちる。
皮膚があと数センチでコンクリートに削り取られるという所で、投げ捨てられた。
微力な精霊石の欠片が弱々しく漂い、力をなくし落ちていく。
「どうした? 人間。守りが疎かになっているぞ。さぁ次の手を出せ、オレを飽きさせるな」
全身に打撲痕が浮かび上がり、挫滅した身体を引きずり立ち上がろうとする。
「っ……」
心が奮起しようとも、身体がそれを拒否する。
魔力障壁では防ぎきれなかったダメージが容赦なく蝕んでいた。
「もう終わりか……」
かつて、自分に立ち向かった人間を思い起こす。
足をへし折られようと、腕をもがれようと立ち上がりどこから出てくるのかわからない力を出す。
喉に突き刺さるあの刃の感触、打ち取ったという歓喜の顔。
その全てを食ってきた。
口に頬張る、その瞬間がアガマツにとっては生であり、心を壊す瞬間だった。
『いつになったらオレを倒してくれるのか』
「まだ終わりなんかじゃないわよっ!」
それが最後の一雫だった。
人間の限界を絞った最高の輝き、渇いた心を潤してくれるその雫をアガマツは手に取った。
小さい少女の拳は、アガマツに確かに届いた。
それを容易く握りつぶす、少女の悲鳴が全身を震わせた。
「あがっ……」少女は力が抜けたように膝をつき、怪物に握られている腕を握る。
アガマツがそうすれば痛みはなくなるというのかとほくそ笑むが魔力の流れを感じる、回復魔法だ。
治った瞬間に、再び力を入れ元に戻される。
「ぎゃああああ!!」
より一層、屋上中に断末魔にも似た激痛の反応をアガマツは心地良さそうに聞く。
「……よ?」
「なに?」
「まだよ、あいつが来るって言ったのよ!」
「あいつとはなんだ、あの小僧は逃げた。お前は食われる」
「私が食われる? 私は最後まで抗った、それで私の勝ちは決まった。もう誰も殺させない、あんたにこの街は好きにさせない」
「負け惜しみも大概にしろ」
拳を離して、槍を構える。
「負け惜しみなんかじゃないっ私は最後まで諦めなかったんだから!」
死の槍が迫る、ユイを貫こうとした瞬間。
「よく耐えた、それでこそ俺の相棒だ」
その死を防ぐ黒い竜が立っていた。
「エイジ!」
槍を竜の口が噛み締める、軋む手をアガマツは不思議そうに観察する。
「手出せ、ひどいな。ユイの可愛いお手々をくるみ割りするなんて」
緑色の魔力がユイの手から全身を包み込む。
打撲や擦り傷が再生していった。
「もう大丈夫だ」
「……」
怖かった、もうダメだ、ここで死ぬんだとさっきまで思っていた。
本当にエイジが助けに来たのが嬉しかった、その思いが頬から流れてくる。
「会えて泣くほど喜ぶなんて、俺は本当に罪な男だね」
「ち、ちがっ、これは違うのよ」
僅かに頬を歪ませて、涙を拭うユイ。
「俺はそういうすぐ感情的になる所、気に入ってるんだけどな」
「ば、ばかっ……」
「ノロケは済んだか?」
「えーもうちょっと待ってよ」
「それは出来ぬ相談だ」
槍が一層、軋みながらエイジを押し出す。
エイジが来て、嬉しいのはアガマツも同じだ。美鈴との戦い以上に力を入れて押してるのにこの男は片手でそれを押さえつける。
その膂力を前に、獲物を前に今か今かと待つ馳走を目の前にした餓鬼の様にアガマツの心は踊り猛っていた。
「ユイ、一人で降りれるな?」
「うん、後は任せたわよ」
屋上の端へと走り、そのまま跳んでいく。
エイジから分けられた魔力を使い、絨毯のように敷いた精霊石に乗り下へと降りていく。
降りた先では鶴ヶ島美鈴が腕を組んで立っていた。
その表情は不服そうと呼ぶには、軽いものだった。
落下する美鈴を助けた黒い鎧に刀を構える美鈴に兜を脱いで「俺です、俺です」とエイジが正体を明かした。
エイジはここで戦うのは無駄な時間だと思っての行動だった。
「鶴ヶ島先輩、これには事情があるんです。時間がないから上から降りてくる人に聞いてください」
「待て、私も行く!」
「ダメダメ、先輩は空飛べないでしょ。俺を信用して待っててください」
彼は無能力のただの学生のはずだ、なんでその彼がなぜあんな禍々しい鎧を着ているのかと美鈴は理解できなかった。
言われた通り、ユイに事情を問い詰める。
「あれは、その……」
「一体、なぜあの男がここへ来たのだ? というかなぜあんな鎧を着ている、彼にどんな魔術を教えたんだ?」
「色々、事情があるというか」
「しかも、よりにもよってあの男を一人で置いてきたのか? 正気か、死ぬぞ彼は――」
問い続ける美鈴の声を遮るように、遥か頭上の摩天楼で爆発音が聞こえる。
上からいくつもの瓦礫が落ちてくる。
それをユイが精霊石の天井を貼り、自分と美鈴を守る。
「い、一体何が起きてるんだ?」
摩天楼の頂点に、何度も光が走る。
そして、数分も立たないうちに上から何かが落ちてきた。
「がはっ……! なんという奴だ、ここまでの男とはっ!」
傷だらけの牛鬼だった。
自身の落下した衝撃で出来たクレーターに尻をついて頭上を見上げる。
片腕を失ったアガマツに空から黒い死が剣を突き立て降ってくる。
それを躱して、対峙する二人。
「まだ終わりじゃないんだろ? 伝説がこれだけで終わりっていうのは肩透かしだ」
「当然だ、俺はお前のようなヤツを待っていた!」
アガマツの様相が変わっていく。
下半身が蜘蛛のように丸い胴体に変わり八本の鋭い爪の生えた足が生えてくる、上半身は人間態だが顔には角の生えた鬼骨の仮面を被り、両手はより大きな槍に変わっていた。
可視化された魔力の奔流が、周囲を荒らし回る。
それを見ていたエイジはカンさんから覇王の盾を取り出し、圧倒的な力に呆然としていたユイと美鈴の目の前に投げて地面に刺す。
「それの後ろに隠れてろ。絶対出るなよ? 絶対だぞ、芸人のお決まりのヤツじゃない、マジのやつだからな」
「わ、わかっているわよ」「わかった」と二人は慌てて返事をした。




