第二十七話 ヒーローは遅れてやってくる
「巌流島の再演かと思ったが、結局来たのは子虎達か」
入り口に立つ二人の少女を見る。
赤城ユイと鶴ヶ島美鈴はビルの端から自分たちを睨むアガマツへ近づいていく。
結局来たのは未成熟の二人の異能使いだった。風間エイジという男は約束は守る男だと思ったが、どうやら違うらしいと落胆する。
時刻は二十一時三十分、準備が終わった美鈴は開始時間を前倒しして敵に向かう事を決めた。
それをユイは宥めたが、聞く事はせずに大した理由がないなら始めてしまおうと半ば無理やりここに来たのだ。
圧倒的な強敵に美鈴も判断能力が鈍っている、その決断が自らの死を近づけた事も知らずに。
関越市セントラルビルはアガマツの餌場と化そうとしてた。
「怯えなくともよい、よくぞ参ってくれた」
両者は十メートルほど離れて立ち止まり、見つめ合う。
不敵に笑うアガマツは上着を脱ぎ捨て、両腕を武骨な槍へと変えた。
「っ……」
二人がその異型に息を呑む。
会話は最小限に。少しでも相手から気を逸らせば目の前の鬼に食われる、二人はビルの扉を開けた瞬間それを理解した。
臨戦態勢のアガマツに対する戸惑いをすぐさま捨てそれぞれ目の前にある死から抗う武器を出す。
ユイ達の周りを炎を纏った土の巨人達が立ち上がる。
美鈴もまた、鞘から剣を抜く。
月光に照らされる日本刀はなんらかの力が付与されているのか紫色の瘴気に近いオーラを放っている。
「面白い刀だな、妖刀の類を相手にするのは久方ぶりだ」
「この百尺落燕に伝説の妖怪に試せて嬉しいぞ」
「ならば、いざ」
ゴーレムがアガマツの前に立ちはだかり、視界を奪う。
その障害を一切気に留める事もなく、ただの土くれに変えた。
ゴーレムが足元から出て、アガマツの両足を掴む。
美鈴の剣がアガマツの首に向けて唸りを上げる。
それを容易く受け止め、もう片方の槍でゴーレムごと足元を吹き飛ばした。
「さすがね」
「この程度の子供騙しで取られるなら、オレはとっくの昔に煉獄へ向かってるわ!」
美鈴に暴力の嵐が襲いかかる。
一撃一撃が必殺と呼べるほどの槍を打ち払う。
その余波でコンクリート製の床が抉られ吹き飛ばされる。破片がユイの元に飛んでくる。
「彼女、本当に人間離れしてるわね」
美鈴が前衛、ユイは後方支援という形を取ろうと言い出したのは美鈴だった。
自分の支援があるとは言え、あのアガマツと一人で相手をしようなど無謀だというのが感想だった。
だが今、彼女はそれを可能としていた。
巨躯に似合わぬ瞬速の動きに対応している。
攻撃は槍だけではない、その巨岩のような足から繰り出される三日月蹴りを同じく蹴りで打ち払う。
その細身の身体にどれだけの力を秘めているのか。
ゴーレムの炎がアガマツの視界を奪い、噛み付き動きを封じる。
六十合は打ち合っただろうか、一度呼吸を整えるためにお互い距離を取る。
「面白い剣だ、振るえば必中の剣か」
アガマツの振るった槍は何度美鈴の身体を貫いたかわからない。
だが、その全てを防がれた。
打ち合いの中で、アガマツは気づいた。槍が剣に吸い込まれていく、いや引っ張られていった。
「やはり気づいていたか、この百尺落燕はあらゆる物体を吸い寄せ切り捨てる」
「百尺落燕」は美鈴の先祖が剣豪佐々木小次郎を真似て、翔ぶ燕目掛けて剣を振ったが、燕は動じることなく飛んでいった。
やはり、自分はかつての剣豪に比べればまだまだだと笑って飛んでいって枝に止まる燕を見る。
その燕が二つに割れ落ちた。
先祖は刀を振るった時に見えていた。燕がこの妖刀に吸い寄せられていくのを。
この妖刀は対象物を吸い寄せる能力を持っている。避けようとしても吸い寄せられ、振るえば必中の剣と化す。
「少々、甘く見ていたな。小娘二人にこのアガマツが手こずるとは」
アガマツが構えを取る。
その内側から筋肉が破裂しそうなほどパンパンになった両足がより一層膨れ上がる。
両足のエネルギーが爆発し、超常的なスピードで美鈴に襲いかかった。
不意打ちに近い攻撃に反応が遅れ、刀の峰を抑えて防ぐ事しか出来なかった。
美鈴の細腕が衝撃に耐え切れずへし折られる。
「ぐっ、がぁあああ!?」
肘からは骨が見え、蛇口をひねったように両腕から血が流れる。
刀を落とし、両腕をだらしなく垂らしながら片腕を抑えた。
「き、貴様……!」
苦しそうに睨む美鈴の胸にアガマツの槍が刺さる。
断末魔を上げる余裕もなく、地面に倒れた。
「喜べ娘、このアガマツが微力ながら本気を出したのだ。死に土産が出来たというものだぞ」
そう言い捨てアガマツがユイとの間合いを詰める。
「こ、この!」
ゴーレムがアガマツの眉間目掛けて、拳を突き出すが容易く粉砕された。
あの時よりも潤沢な魔力を込めたゴーレムはより強化されているはずである、なのに敵わない事に驚愕するユイ。
距離を取り、下で土くれになったゴーレムを集め巨大な拳を造り上げる。
炎の鉄拳に向かい、アガマツは身体をひねらせて戻る反動を利用しながら回転して突っ込む。
「そんな……」
鉄拳が頭から先まで、無残に粉々になった。
「こんなものか、やはり本気を出すのは少し早すぎたか」
もう少し楽しめばよかったと少し後悔しながら、怯えるユイに手を伸ばす。
「赤城!!」
その腕を断ち切る、妖刀。美鈴の仕業だった。
「なっ……」
斬られた腕を見て、驚くアガマツ。
確かに、行動不能にさせた身体が再生している。
「なぜだ?」
「この身体は少々治りが早くてな、この程度の傷を治すのに時間はいらないのだ」
剣を構える美鈴に感嘆しながら笑うアガマツ。
袖は破れ、服の胸部の所には槍の形に丸く穴が開いている。
そこから見えるのは確かに傷が塞がった美鈴の綺麗な素肌が見えていた。
「まさに不死身の肉体、心臓を潰されても生き返る。貴様の祖先は仙薬と呼ばれる肉人の肉を食べたのか、だがな、その力は寿命を縮める諸刃の刃。人の身には相応しくない代物だ」
「私の血を嗅いだだけで、よくそこまでわかるものだ」
「同族の残り香で大抵は察するわ。俺を誰だと思っている」
「ああ、だが博識を披露しいる間に首元が疎かになっているぞ?」
アガマツの首の周りで赤い光が円を描いていた。
その正体はユイの精霊石だった。
襲われた時の事を思い出しながら、密かに練習していた秘策。
精霊石に魔力を最大限宿し、その爆発力を一点に集中させる精霊術をユイはアガマツに気づかれないように施していた。
「そのまま、吹き飛びなさい!」
ユイが手の平を合わせて、叩く。
瞬間、精霊石がアガマツの首に目掛けて集まり爆発した。
轟音と共に首から上が煙が上がる、今の衝撃を受けてもなお立っていられる事に二人は驚いていた。
だがその煙の中にはアガマツの首はなくなっているだろう。
「やったな、赤城」
「ええ、注意を引きつけてくれて感謝するわ」
笑顔で見合う二人にアガマツの両腕が伸びた。
とっさにユイを突き飛ばす美鈴。
「なっ!?」
ユイを庇った美鈴が胴体を掴まれる。
「首を吹き飛ばれても生きてるのか!?」
「この程度の術で、俺が死ぬと? 心臓を貫かれても死なぬ人間がいるのに、首を飛ばされて死なぬ妖怪がいないとでも?」
煙の中から、火傷を負ったアガマツの目が光る。
「耐えたというのか、あの爆発を」
いや、半分は持ってかれていた。それを再生させたのだ。
「この離せっ!」
掴む手を殴り、アガマツの胴体を蹴り上げるがビクともしない。
「まずはそこの精霊使いからだ、お前は下で潰れた蛙のようになって待っていろ」
投げ飛ばされる美鈴。
その運動エネルギーは衰える事なくビルの屋上を抜け、遥か遠くの地面が視界に映った。
「赤城ぃいいい!!」
重力に吸い寄せられ、落下する美鈴。
落ちる恐怖よりも仲間を一人で残す事に不安になる、二人だからこそ拮抗できてたのに一人にしては片方は死ぬ。
屋上が見えなくなり、暗い街が見えた。
「ここまでか」と思った、その時――
「ちょっと始めるの早くない? ちゃんとご馳走は残してくれたよね?」
どこかで聞いた男の声が聞こえた。




