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第二十六話 帰還の誓い

 風間家は結界術師の家系である。風間エリカもまた幼い頃からその術を習得する為、耐え難い修練を積み重ねてきた。

 その才は稀代の天才と称され、両親も海外へ出張に行って関越市を離れて彼女に当主代行を任せてもいいと思うほど成長していた。

 得意なのは、物体の間に擬似空間を作り出し繋がりを遮断する断空結界術だ。

 エイジもその術が施された札により身動き一つ取れなかった。


「ハル、ナツ、兄さんを地下室へ運びなさい」

 ハルとナツがワイヤーを手にエイジに近寄る。

「ちょ、ちょっと待て。俺はユイ達を助けに行かなきゃならないんだ」

「それは許せません。というか兄さんがなぜそんな力を持ってるか教えてください」

「毎日大盛りチャーハン二杯食べて、漫画読んでたらこうなった」

「嘘つきっ!」

「おいおい、魔術や魔法を使うときに大事なのは魔力より想像力だろ。漫画で鍛えたんだよ」

 どこからともなく聞こえるエリカの声は姿が見えなくとも、苛立ちまでは隠しきれなかった。

「もういいですっ兄さんの口からまともな答えを聞けるとは思っていませんから」


「いや、時間稼ぎは終わった」

 そう言うと、エイジの関節部の円陣がガラスのように砕け散る。

「っ!」

 驚きは三者同時だった。

 直接掛けられた術式は普通なら掛けた術者かその術を熟知した者でなければ解除する事は出来ない。

 竜の鎧を纏い、一流のメイドであり護衛役を担う二人の熟練者を相手にしても難なく対抗し、上回る実力を見せた。

 どこまでも底が見えない相手の正体不明さに理解がとうとう及ばなくなり、動きが固まってしまう。

 その隙をついて、メイドの二人はドラゴンファングに捕まり、地面に一緒になって押さえつけられる。

 抜け出そうと動くと牙に服が破れ、柔肌に鋭利な牙が食い込む。


「もうその手は通じないぞ?」

 周囲に飛び回った札を残ったドラゴンキャノンから放たれた魔弾で、全て撃ち抜く。

 続けざまに森の一箇所から明らかに違う気配が感じる方へ砲口を向け撃った。

 すると、空間が割れて隠れていたエリカの姿が現れる。

「なっ!?」

「昔からかくれんぼは得意でね。鬼ばかりやらされてたから見つけるのは慣れてるんだ」

 手に札を持ち、構えるエリカ。その表情は危機迫る、普段の生活なら見ることが出来なかった術者の顔だ。

「やめときな、もう終わりだ」

 一瞬で間合いをゼロにし、手から札を奪い取る。

 悔しそうにエイジを見上げるエリカの瞳は、もはや身内に向けたものではなく敵を見る目だ。

「そんな目したってダメだよ。そんじゃ、俺は行くから」

 エリカが両手を拡げて、無言で立ちはだかる。言葉でも力でも叶わないのなら、この身を投げ打ってでも敬愛する家族を止めようとする。

「お嬢様!?」ハルとナツがより激しく身体を動かすが押さえつけるドラゴンズファングはビクともしない。

 道を塞ぐ自分に相手は黙って手を伸ばす。

 ぶっ飛ばされると思い、目を強く閉じて攻撃に備える。

 肩をポンッと叩き、「だいじょうぶだよ」目を開けるとそこにはエイジの優しい瞳があった。


「兄さんをおじさんやおばさんみたいに死なせる事はできない」

「俺の父さんと母さんは死んだのか?」

「そうです、騙しててごめんなさい」

「だから、エリカは俺と距離を置いたのか」

 その後ろめたさと不安はさぞかしこの細身には辛かった事だろう。

「ありがとう、エリカ」

 感謝なんてされたくないという風に首を横に振るエリカ。

「兄さんがこの世界の住民になる事だけは避けたかった、おじさんやおばさんの事を兄さんに黙っているのが後ろめたかった……そんな卑怯で冷酷な私が兄さんと仲良くなる事なんて許してもらえるはずがない!」

「エリカ……」

「兄さん、いかないでください。牛鬼アガマツはこの街のカラス達には相手ができません。本部の応援が来るまで屋敷内にいてください」

「それはムリだ」

「だめです! ここにいてください」

 歩みを進めるエイジに抱きつく。

「兄さんはもう私達の家族なんですよ!? 家族を死地に向かわせる事なんてできません」

 頭を優しく撫でて、掴む手をほどくエイジ。


「ありがとうエリカ、でも俺、戦うよ」


「俺の生き方は戦う事でしか現せない。それでもいつも俺は家に帰ってきた、たとえドラゴンだろうが、地獄からやってきた怪物だろうがその全てを倒して、俺は必ず帰ってくる」

「兄さん……私はそれでも」

 もしもの事があったらと思えば、最後まで許す事だけは出来なかった。

 だが、見つめ合う二人の間には今までの刺々しい雰囲気はすでになかった。これでようやく、屋敷内にあった氷は溶けた。


「さすがエイジ様ですな。この屋敷にあった陰鬱な空気もこれで終わりです」

 暗い森の中から、紳士服の男が現れる。

「安藤?」

 普段は離れで隠居生活をしている執事長でありハルとナツの祖父でもある、安藤侘季だった。

「エイジ様の力は正直、驚きました。ですが、この屋敷に貴方様を止められる人間はおりません」

「安藤、貴方も兄さんの背中を押すんですか?」

「ダメだと言っても、エイジ様は行かれるでしょう」

 優しく微笑む安藤はメイド達に近づき、ドラゴンファングに触る。

 エイジはその意図に気づき、二人を拘束しているものを自身の篭手に戻した。


「私達、使用人達はエイジ様を信じてお送りします」

 三人は深々と頭を下げて「いってらっしゃいませ」と言葉を送った。


「安藤……」その様子にエリカも感化され始める。

「兄さん、絶対に帰ってきてくれますよね?」

「もちろん」といつものように歯を出して笑う。

「それではもう言う事はありません。遅くなりすぎないようにしてください」

 そして、一般人には視認出来なくなる術式が組まれた札を貼り付ける。

 これを使えば、一定時間は空を飛ぼうが鎧を着ながら走ろうが異能を持たない人間には見えなくなる。


「ありがとう、そんじゃ行ってくる!」

 エイジは走り、柵を飛び越えると翼を拡げて高く遠くへと飛び去っていった。

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