第二十五話 風間家の妨害
時刻二十一時――
身支度を整えて、エイジは自室の窓から飛び降りた。
いつものように屋敷から抜け出すために森へ向かう。
ユイと美鈴はすでにアガマツのいるビル周辺に幾重もの結界を貼り終わっている頃だろう。
今頃、二人は街にそびえ立つビルの中でもより高い摩天楼の頂上を見上げて、アガマツとの対決を前に心を震わせているに違いない。
森を半ば過ぎたその時――
「エイジ様、深夜の外出はお控えくださいとお願いしましたよね?」
森の道の真ん中にナツが立っていた。しかし、いつもと様子が違う。
凛々しさのある清涼な雰囲気は一切なく、氷のような冷気を纏っている。
服装もいつものメイド服ではなく、腰にはナイフがしまわれた革製の鞘をいくつもぶら下げミリタリー風味の濃緑の戦闘服を着ている。
「悪いね、俺は忘れっぽいんだ」
「今、思い出されたでしょう? さぁお戻りください」
「知らなかったかい? 俺はやるなと言われたらやりたくなる性分なんだ」
森の中へ入り彼女から逃げ出してやろうと一歩踏み出した時、目の前の地面が魔弾によって爆ぜた。
「あらあら、聞き分けの悪い男の子はダメですよ~?」
声が聞こえた方を見ると、ナツと同じ服装のハルが立っていた。だが武装はナツの物より近代的だった。
今の魔弾は背中から両肩に伸びる二双のバルカンの仕業だろう。背負っている箱とバルカンが繋がっているのは魔力の込められた弾を供給する為か。
「果物ナイフに、もう片方はランドセルなんて趣味が良すぎるね」
「あらあら、こんな状況なのに軽口が出るなんて、さすがですね」
笑うハルと対照的に、ナツは静かにエイジの背後に忍び寄る。
「さぁ、お帰りくださいエイジ様」
「もちろん、帰るさ」
「えぇ、素直に聞いてくれてありがとうございます」
「だが、今じゃない」
瞬間、エイジはドラゴンズアーマーを纏う。
突風のような魔力の奔流がナツを二メートルほど後方に下がらせ、二人はエイジの急激な変化に生唾を飲む。
無能力の人間が全身にとてつもない魔力と覇気を帯びた鎧に覆われる事など想像も出来なかっただろう。
「これは……」
「黒い、竜……?」
風間家はなんらかの魔術を使うのはエイジは脱走するたびに屋敷内に貼られた結界を見てわかっていた。
それが邪魔をするというのなら、エイジもまた相応の力をもって応えようと覚悟する。
篭手の竜の口がスライドして、ドラゴンマウスが展開し双方の口からはそれぞれドラゴンキャノンとドラゴンズソードが伸びる。
「待っているヤツがいるんでね、押し通らせてもらう」
砲口をハルに、剣先をナツに向ける。
それに応えるように、ナツが先陣を切って踏み出した。
「主人に刃を向ける事をお許しくださいっ!」
ナイフを振りかぶり全身全霊を込めてエイジに向けて振り落とす。
大振りなひと振りを難なく交わされるが、これは相手の懐に入るための一手だ。
エイジの剣は大剣、それも手に固定されているため取り回しも悪い。ならば超近接戦になれば優位に立つのはナツだ。
『取ったっ』そう思えるほど自らの策にまんまとハマる主人の喉元にナイフを突きつけようとする。
だが、そのナイフは横から現れたドラゴンマウスによってその策ごと見事なまでに粉砕した。
そして先ほどまで口から伸びていた剣はどこへいったのか、答えはハルが知っていた。
「あっちゃ~……油断してましたね」
バルカンの一つに剣が突き刺さり、使い物にならなくなったので切り離す。
「くっ!」
距離を離そうとするが、砕いたナイフをその口にまだ入れながらドラゴンマウスが襲いかかる。
転んだように地面に伏せて、体操選手のようにバク転しながらエイジから距離を置く。
「ヒュッ~」とその動きに口笛を吹くが、その隙をついてハルのバルカンが閃光を放った。
「おっと、これはシャレにならないな」
弾道を見切りながら、ドラゴンマウスで弾き飛ばし直撃を避ける。
魔弾を避け、弾き飛ばしても威力が衰えなかったものが周囲の木々に当たり倒れていく。
森林破壊、そのものの様子にナツが顔を青くする。
「姉さん森を破壊する気ですか! 一体誰が治すんですか、これ!」
「あっごめんごめん。こんなに避けられると思わなくてついムキになっちゃった」
嘘である。本当はバルカンの一つを破壊された事に少し頭に来ているハル。
間合いを取り、落ち着きを取り戻す双子達。
ナツは冷静にこの状況を考え理解する。
「エイジ様の実力は確かです。私達は少し甘く見すぎていたようです」
相手はもはやただの能力者ではない。全力でやらねば止める事は不可能と判断した。
ナツが新しいナイフを抜き、それに向かって言葉を発する。するとナイフは緑色の魔力を帯びて輝き始めた。
「声を魔力に変えて、ナイフを強化したのか」
「さすがエイジ様。その慧眼、一体どこで身につけてきたのか、後で屋敷でお聞かせ願います」
ハルもまた肩から伸びてたバルカンを手に構える、砲身がより長く伸びて漏れる緑色の魔力は先ほどより威力が増している事を表していた。
そんな二人を前にしても、エイジは余裕を感じていた。異世界では重火器を相手にする事はなかったが似たようなタイプと相手はしてきた。
両者とも大した使い手だと思う、それは彼女達の武器から放たれる魔力の流れでわかる。
そして双子の息の合った動きもそうだが、近接遠距離をお互いカバーして決めきれない。
ならば、まずは遠距離から潰す事にしようとエイジは一瞬でハルとの間合いを詰めた。
向けられたバルカンを殴って明後日の方向へ向ける。あとは、背負った箱さえ破壊すればハルに戦闘能力はない。
しかし、ハルは後ろに手を伸ばし箱から棒を取り出すとそれが長く伸び、槍に変わる。
「なっ!? 武装が豊富すぎじゃないっ?」
「あらあら、いつから私が遠距離しか出来ないと言いましたか?」
喉元に向かって放たれる一直線の突き込みを掴み取る。明後日の方向を向いていたバルカンが再びエイジの方を向くがそれも掴み上げて自分の身体が射線上に入らないようにした。
「これで両手が塞がりましたね」
そういじらしく笑う彼女の思惑をエイジはすぐに理解した。
背後から飛び上がり、エイジの頭へ目掛けて今までにないほどの魔力を込めたナイフを振り下ろすハル。
「甘いな、そんだけ濃く纏わせたのは綿あめか何かか?」
エイジは刃の向きを見逃さなかった、それは背を向けてこちらに振りぬかれた。
峰打ちと呼ばれるものだった。
もしかしたら防ぐ事ができずにそのまま頭を切り割ってしまうのではないかという不安。
その滑稽さにエイジは笑ってしまう、普通は峰打ちでも十分殺傷能力があるのだがナツの慈愛心がこんな所で出てしまったのだろう。
その峰打ちをエイジは竜の顔をした兜の口で受け止めた。
牙に挟まれたナイフはみしみしと悲鳴をあげ、粉々に飛び散った。
「ば、化物……」畏怖をもった目でエイジを見る二人から、正当な評価をもらうエイジ。
「兄さん、そこまでです」
「エリカか?」
エイジの両腕、両足に札が貼り付き関節部分に梵字の書かれた円陣は浮かび上がる。
身体が動かせずに固まってしまった。
『マスター、関節部の神経が切り離されました。危険です』カンさんの危険信号がエイジの意識内に話しかける。
(けど、ちゃんて立っているぞ?)
『おそらく、空間を断ち切ってそのまま固定しているのです。術式解除の方法を探ってみますので時間をください』
(なるべく早めにお願いしますよ)
「おい、エリカー! 兄さんは影でこそこそ隠れて戦う人間に育てた覚えはないぞ!」
「あら? そんな能力を秘密にして影でこそこそ隠れて戦っていた兄さんがどの口で言ってるんですか?」
「正論やめて、俺は正論とトマトが嫌いなんだ」
エリカは森の中に隠れて姿を見せず、断空結界の札を放ち、エイジの動きを止めた。
その様子を見ていたメイド達が再び、態勢を整え直す。
時間がいよいよ無くなってきた、その事にエイジはいよいよ焦り始める。




