第二十三話 作戦発表
次の日の朝――
食卓に全員が集まり、朝食を取っている。
「その服似合っているな」
今日は学校に行かないユイがナツの私服を着ているのをエイジが褒めているせいか、エリカは少し不機嫌そうだ。
白いワイシャツに上下が繋がった蒼色のスカートの清楚な姿のユイは少し照れくさそうにする。
仕立てたナツも自分が褒められているようで嬉しそうだ。
「そ、そう?」
「髪もリボンでシンプルにまとめて、淑女みたいでなんかこうお嬢様ぁっ! って感じ?」
「兄さん、食事中は静かにしてください」
「あっすみません」
朝食が終わり、登校前の準備をしているエイジの部屋にユイが入ってくる。
昨日の事について、改めて最後まで面倒を見て、部屋まで送ってくれた事に感謝を言いに来たのだ。
エイジがそんなの別にいいのにと笑う。
シーと牛鬼が戦った事、鶴ヶ島美鈴がカラスの一員だった事をお互い報告し合う。
「鶴ヶ島先輩はそんな気がしたんだよな、怒った時にわずかに魔力の流れを感じたから」
「あんたはほんと、女の子を怒らせるの得意よね」
「泣かせるのも得意だよ」と笑うエイジを「バカ」と言う。
「そんな事より昨日は不安でいっぱいだったよ、あの優等生のユイが学校を無断欠席なんて」
「あら、心配して私の家に来てくれた?」
心配をかけさせた事と心配してくれた申し訳なさと嬉しさを噛みころすように、いじわるそうに笑う。
「放課後行こうと思ったんだ」
「……遅くない?」
エイジの呑気さに少し落ち込む、なんでそんな悠長にしてられるのかと。
「半日以上たってたんだ、アガマツが犯人なら逃げてるか殺されてるかのどっちかだろうと思ったからね。もう半日待って来なければ後者だと思ったんだよ」
「もし、私が死んでたらどうしてた?」
「そりゃぁいっぱい泣いて、立派な墓を建てて、うさぎのぬいぐるみと牛鬼の生首をお供えしてただろうさ」
エイジの顔に闇に近い暗さを感じて背筋が凍りつく。
笑っているのに、その内面にある怒りと悲しみが瞳の奥で炎になって燃えている。
ユイが死んだら、その日のうちに本気でアガマツを殺しに行ってただろう。
「……そっか」
「そうですっ」とニシシと笑う顔はいつものエイジだった。
「私は今日、所長に会いに行くけど何か伝えたい事ある?」
「ん~……仕事しろって言っといて」
「同感ね」
いつものように、メイドが二人を見送る。ユイも彼らを見送り登校時間から時間をずらして佐藤所長に会いに出かける。
アガマツの行動時間は決まって、夕方から夜の間だった。
ならば、昼に出歩いても問題はないだろう。
顔を見えないようにすれば、仮に自分を知っている人間が見てもバレない。まさか優等生が学校をサボって出歩くなど誰も考えもしないだろうが……。
帽子とサングラスをするユイはとある喫茶店へ向かう。
カランカランとドアに掛けられたベルが鳴る。
中には開店してすぐだからか、普段からなのか客は一人しかいなかった。
マスターにミルクティーを頼んで、先客のいる席へ向かう。
その席に所長が新聞を読みながら、焼かれたトーストをかじっていた。
「まさか、犠牲者が出るとはね」
新聞を放り投げて、ため息をつく佐藤所長。
見出しには変死体が発見されると書かれている。これはエイジ達がアガマツに助けられた後に犠牲になったカップルだ。
今朝、ミイラになった男性の遺体が発見された。外面的には長期間、放置されたものとして変死体扱いになっっている。現場にあった血痕はなかったことにした。
こういった事件がある時はカラスはメディアに働きかけ、国内の報道を管理する事ができる。これが可能なのは国の権力者とも密接な関係にあるからだ。
死人やけが人、魔術や異能力を見られた場合はカラスは全力でもみ消す事にしている、これは異能と現代を分けるために必要な事だからだ。
「初の犠牲者ね」
悔しそうにユイが歯ぎしりをする。
「シーと牛鬼の戦いに巻き込まれたんだな」
「まぁ、鶴ヶ島君が無傷だけでいてくれてよかった」
「やっぱり、美鈴が今回の共同作戦の相手?」
「うん、昨日説明は終わってるから。今日の夜に合流してほしい」
基本的に、カラスは同じ組織に属していてもお互い不干渉だ、それでも時たまこうやって顔を合わせて仕事をすることがある。
作戦内容は、作戦地域を外部と遮断しアガマツを討伐する事。
「わ、私達でなんとかなるものなの?」
そんな無茶ぶりな作戦を知らされ、戸惑うユイ。当然だろう、相手は伝説の怪物だ。
若手の自分達に本来、ふられる仕事ではない。
だが、この街にいる能力者は多くは断り、申し出る者も実力不足と判断されるものばかりだった。
そこで、中でも協力的で実力もある者だけで実行する事にした。
「まぁ、準備はしてあるよ」
所長が机の上に何枚もの札を置く。
「これは、特注の封魔の札だ。牛鬼用に調整された弱体化の効力がある、相手の寝床もだいたいわかっている」
地図を取り出し、ここだと指差す。
「ビルで寝ているの?」
「うん、昼間はビルの屋上で呑気にタバコを吸いながら街を見下ろしているらしい」
「なるほど、この札でビルの周囲に結界を貼り牛鬼を倒せばいいのね」
「ユイ君用の土はすでにビルの中に搬送済みだ。一般人を退避させてから存分に使ってくれ」
「助かるわ」
「鶴ヶ島君も今日の二十二時までに装備を整えて、ビルの前でユイ君と合流だ」
「エイジは私達の援護?」
「いや、自宅待機だ」
ユイは動揺する、いくら強力な札を用意したからといってアガマツに大した効果はないと思っていた。
それでも、エイジがいればなんとかなる。鶴ヶ島をゴーレムで押さえつけてでもエイジとアガマツを第三者のいない状況にすれば勝てると信じているからだ。
アガマツと対峙して、エイジの方が格上だとユイはその天才的な感性で理解していた。
「で、でもビルの屋上で戦うなら地上にある札の管理を頼めるぐらい」
「今回の仕事は大変危険な任務だ。無能力の人間を戦場に出すことなんできない」
「……」
「それにユイ君」とコーヒーを一口飲んで、ユイを見つめる。その瞳はわずかに憤りの色を見せていた。
「君、封魔の家にお世話になってるんだって?」
「なんで、それを?」
「昨日、連絡があったからだよ。今回は例外中の例外って事で許可をもらった」
「その……ごめんなさい」
なんとなく、エリカならすぐに管理者である佐藤所長に連絡ぐらいはするだろうとわかっていた。
「いや、いいんだ。だけど、僕に頼ってもらえなかったのはちょっと悲しいかな」
「小さい頃から、お世話になりっぱなしで家を吹き飛ばしたなんて言えなかったの……」
精霊使いの里を失ってから、保護者として佐藤所長がユイの面倒をずっと見てきた。
その現場に遅れて駆けつけた所長は竜人との戦いによって大怪我を負い、この関越市で隠遁生活を送っている、そんな所長にユイは迷惑をかけたくなくて遠慮したのだ。
「まぁ、ユイ君の気持ちもわからないわけじゃない。しばらくは風間家にお世話になるといい、ろくに家族として接してなかった僕が言うのもなんだけど、一緒に住むって事は家族みたいなもんだ、そこで家族の温かさみたいなものを感じてくれれば僕は十分だよ」
「うん、ありがとう、ございます」
娘を見る父親のような温かい眼でユイを見つめる所長。
その眼を前に頭を下げる事しかできない、そんなくすぐったくて温かい雰囲気に耐え切れず飲みかけのミルクティーを飲んで「それじゃ、作戦はエイジに伝えとくからっ」と喫茶店を後にする。
所長がその背中を見送り「思春期、いや青春中の若い子は青くていいね」とマスターにコーヒーのおかわりを頼んだ。
崩壊した自宅へ残骸から精霊石を回収し、使えそうな道具を回収し、生活用品や携帯などの現代社会で生きる上で必要な物を学生通りや駅前のデパートで買い揃えていくうちに生徒達の下校時間が迫って来ていた。
早いうちにバスに乗ろうとバス停で待つユイがエイジに電話をする。
作戦内容を聞かされて、「へぇ」と生返事をするエイジ。
「あんた、いいの?」
「というか、今回はそうするしかないでしょうよ。俺もこの力はあまり人に知られたくない」
「それはそうだけど」
「なに、二十二時にはビルに行くようにするから、それから鶴ヶ島先輩の事はユイに任せるから」
「え、えぇ」
「それじゃぁね、もうすぐ家に帰るから、ユイも早く帰れよ」
電話を切るエイジは校門前で騒ぎが起こっているのを見ていた。
その騒ぎの犯人の巨体の男を遠目に見ている教師がコソコソと話し合っている、その巨体の男は忘れる事のない姿、牛鬼アガマツだった。




