第二十二話 女子中学生に怒られる高校生二人
エリカは優しく微笑みながら、固まるユイを見る。
エイジがユイの足にしがみつき、駄々をこね始めた。
「ねぇ~エリカ~いいでしょ~ちゃんとお世話するから~」
「私は捨て犬じゃない!」とユイがエイジを引き剥がす。
「あらあら、仲がいいですね~」とハルが口に手をあてて微笑ましく見る。
「姉さん、黙って」
「まぁ、冗談はさておきだ。なぁエリカ」
「なんでしょう?兄さん」
「ユイは家なし、金なし、服なしの女の子だぞ? それをお前、ダメですの一言で返すなんてダメです、でしょうよ」
「けど、いますよね? ユイさんには他に頼れる人が」
「それは、その……この街に来てからずっとお世話になりっぱなしですので、これ以上迷惑をかける事は……」
「うちになら、迷惑をかけてもいいと? 貴方、ここが風間の家である事をお忘れなのですか?」
「そ、そうですよね……」
「ユイは俺の仲間だ。困っている仲間を見捨てる様な真似は絶対にしない。エリカがそんな冷たい人間とは思わなかった」
エイジは勢いよく立ち上がり、ユイの手を握る。
「もういい、ならば俺はユイと共に出て行く、そしてユイと添い遂げる!」
「そ、添い遂げるっ!?」と二人して驚く。
双子のメイドはエイジを感心したように頷いた。彼女達はエイジがそういう選択をする事をなんとなくわかっていた。
「あぁそうだとも。下着姿の女の子を一人、この腐った欲望の具現化した世界に放り投げるぐらいならな!おはようからおやすみまで守ってやるのは当然だ、否、男としての義務だ!」
「エ、エイジィ……」
顔を赤くして、笑顔でエイジを見つめる。相棒に選んだのは間違いなかった、最後までエイジなら自分を守ってくれると改めて感じるユイ。
「さぁ、行こう! 俺たちの生活は始まったばかりだ!」
「うん!」
手を握り合う二人は入口へと向かう。
「ちょ、ちょちょっと! わかりました! わかりました!」
エリカが急いで立ち上がり、エイジの手を握り引き止める。
とりあえず話をしようとお互いソファーに座り直し「コホンッ」と咳をしてさっき慌てた事をなかったかのようにエイジとユイに話し始める。
「とりあえずは次の宿泊先が決まるまではうちで面倒見ます」
喜ぶ二人に対して、「ただし」と強い口調で付け加える。
「この家に貴方を食客として迎え入れるにあたり、最低三つは約束してもらいたい事があります」
一つ、兄さんに門限を守らせる事。
二つ、深夜以降は必ず屋敷にいる事。
三つ、消灯以降の時間に会わない事。
「これらを守られなかった場合、この家から出て行ってもらい、兄さんは地下室で生活してもらい外出禁止にします」
「一つ目と二つ目以外は大丈夫だよ、そんな逢い引きするような事しないもんな」
ヘラヘラするエイジは端から約束を守る気はないようだ。
「兄さんは信用できません、ユイさんが自ら率先して協力してください」
「わ、わかりました」
話しが終わり、それじゃぁユイの部屋見繕いに行こうぜと言うエイジにエリカの待ったがかかる。
ユイだけが部屋に残るように言われる。
「通常、風間家は道具の供給や土地の使用は認めますが、保護までは致しません」
「そ、そうですね……」
「兄さんが毎日帰りが遅いのもわかりました」
「はい」
「わたしは兄さんを異能の道に行くのだけは避けてほしかった、なぜだかわかりますか?」
「危ないから、ですよね?」
「それは当然です。なにより、あの人の両親は暗殺されてるのです。まだ噂程度ですが近頃、そういった組織が暗躍してカラスの構成員から関係者までを狙っている」
「え?」
「兄さんは食客として迎えられてると思ってるようですが、養子として家に来ました。これは機会があれば説明しようと思っています」
拳をぎゅっと固く握り、ユイの眼をまっすぐ見る。
「これ以上、兄さんに危険が及ばないようにするのがわたしの使命でもあります」
「はあ」
エイジは危険に喜んで飛び込むような人間だとエリカは知らない。もちろん、それを乗り越えるどころか簡単に飛び越える人間だ。
それを今までわかっていたから、エイジを知らぬ人間から見れば保護の対象となる事に戸惑って、生返事をしてしまう。
「なんですか、その返事は?」
「はい!」
「それにしても、兄さんは本当に危険察知能力がないのですね。敷地内にはいたるところに結界を張ってるのにどうやってか潜りぬけて深夜出歩くし、牛鬼がこの街に来てるのに普通に帰ってくるし」
エリカの愚痴が止まる事はない。
十分が一時間に感じるほど、長い時間をユイは延々と話を聞かされる。相当、エイジへの不満が溜まっていたようだ。
「聞いてるのですか! ユイさん!?」
「は、はい!」
話が終わり、部屋から出てくる元気のないユイをエイジが笑顔で出迎える。
「あんた、よくあの子がいて好き勝手出来るわね……ていうか、あんたがエリカさんの言いつけを守りたがる意味がよくわかったわ」
「え? 美少女に冷たい、ゴミ虫を見る目で説教されるとかご褒美だと思ったんだけど」
「……あんたはそういう奴だったわね」
夕食も食べ終わり、ラウンジでエイジとユイとメイドの二人は楽しく親交の場を設けた。そこにエリカの姿はなかった。
「ナツの服が合ってよかったですね! あと、明日の夕方には制服類が届くので明後日から学校に通えますよ」
「本当にありがとう、ここまでしてくれるとは思わなかったわ」
エリカが食客でいる以上、風間家は最大限のバックアップをする事を約束してくれたのだ。
「ハルの服はやっぱり大きかったのか?」
「エイジ、やっぱりってどういう意味よ?」
「サイズがねぇ」と二人の胸部を見比べる。
「いや~ん、エイジ様セクハラですよ~」
それを見て少し悲しそうに自分の胸を触るナツ。
そんな、くだらなくとも楽しい時間はあっという間に過ぎていき、消灯時間になりそれぞれの部屋へ帰っていく。
そして、眠りについた深夜――
エイジの部屋に誰かが入ってくる。
「エ、エイジ?」
「なんだよ、ユイか? モーニングコールはまだ先だぞ?」
「ふぁ~あ」とあくびをする。
ユイは扉の前でナツから借りたパジャマのズボンを握りながら俯いている。
「えっと、その……」
「なんだよ、モジモジして」
「いや、だから、その」
「なんだよ、一人で寝れないとかか? あっウサギさんのぬいぐるみがないからか? それなら明日一緒に学生通りへ行こう。今日は我慢しなさい」
「そんじゃ、おやすみ」と布団にくるまって眠りにつこうとする。
「エイジィ……」とふたたび、か細い声で名前を呼ぶ。
「なんなんだよ、まさか一緒に寝てとか言うなよ? そんなのバレたら本当に俺たち叩き出され……?」
薄暗闇の中、わずかにユイの顔が見える。
顔を真っ赤にして、プルプルと震えている。
その目には涙が溜まっていた、まるで幼児が親に何かをねだるような顔だ。
「どうしたんだよ?おい? なんで泣いてるんだ?」
「泣いてなんか、ない……」
ユイは目を拭き取り、赤みがかった眼でエイジを睨む。
「わかった。ユイは泣いてない、だから理由を教えてくれ、俺とお前の仲だろ? 今更隠し事なんかするな」
「うん」とこくんと頷く。
「トイレ、どこ?」
「は? トイレ?」
なんでも一時間前から、屋敷内をトイレを探して回ったが見つからず途方に暮れていたらしい。
見回りをしているメイド達にも会える事なく、まさか、初日からおもらしをするワケにもいかず、エイジの名前がかけられた部屋にワラにも縋る思いで入ってきたらしい。
「わかった。すぐ行こう」
ユイをお姫様だっこして、部屋を出て駆け出す。
「え、エイジ?」
「すぐに着く。移動する時にも身体に負担がいくんだ。こうした方がユイも楽だろ?」
「う、うん。ありがとう」
トイレの前にユイを下ろす。
「さぁ、早く」とドアを閉める。
「エイジ? そのありがと」ドアを挟んで感謝の言葉を言われる。
「いいって気にすんな。逆にこういう事でもユイに頼りにされて嬉しいよ」
「……もう一つお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「また迷うかもしれないから、終わるまで待ってて」
「はいはい、わかりました」
まったく、この年で人にトイレを付き合わされるとは思わなかった。
窓から夜空を見上げて、事が終わるまで待つ事にする。
「エイジ様?」
「うわぁ!?」
メイドのナツがランタンをぶら下げて立っていた。
「どうしたのですか? こんな時間に?」
「あぁ、いやトイレに行こうと」
「そこがトイレですが?」
「あぁ、えっと夜空を見ていたんだ。素敵な夜空が見えていたから」
「こんな曇りの空を?」
「中々、粋だろ?それじゃ、トイレに行くからおやすみなさい」
慌ててエイジはナツの目の前に移動してトイレの扉の前に立つ。
「はい、おやすみなさいエイジ様」
「どうした?行かないのか?」
「いえ、トイレのドアの鍵が掛かってるように見えたので」
咄嗟にドアノブにある使用中の証である赤い表示を隠す。
「いかがなさいました?」
「あぁ、いやなんでも」
「そうですか? それでは」
変な行動を取るエイジを訝しながらも離れようとするナツ。だが十メートルほど歩いた所で立ち止まりエイジを見ている。
扉の前でコソコソと話し始めるエイジとユイ。
「おい、開けろ。ナツが怪しんでる」
「バカっまだ終わってないわよ!」
「なんで終わってないんだっ?」
「今の会話でびっくりしちゃったから……」
「いいから、開けろ! こんな所見つかったら俺たちはおしまいだ」
「ドアノブがいかがなさいました? 鍵が壊れているのですか?」
ナツが首をかしげながら近づいてくる。
『開錠スキル発動』カンさんの声がエイジの脳内に聞こえた。
ガチャッと鍵の開く音が聞こえて、扉を開く。
「いや、なんでもない!おやすみなさい!」
滑り込むようにトイレへ入るエイジに「おやすみなさいませ、エイジ様」とナツが頭を下げて離れていった。
「ふぅ~」と息を吐いて、前を向くとそこに口を大きく開けて座っているユイがいた。
「まずっ!」悲鳴を出されるコンマ一秒前に口を塞ぐ。
「悲鳴はやめろ! ……お願いしますから~悲鳴は上げないで~追放者に変態の役が一役ついて満貫になっちゃうから~」
泣きつく様にわけがわからない懇願をする。
ユイがうんうんと頷いて、手を離す。
「ふぅ~」とお互いため息をする。
「ていうか、なんであんた入ってきてるのっ?」
「仕方ないだろ、夜は二人で会っちゃいけないんだ。バレてみろ? ユイは追い出され、俺は地下室で生活だ」
「それはそうだけど」
ユイの顔を見る、そして自然に下半身の方も視界に入った。
「見るなっばか!」
「はいっすみませんっ」と高速で背を向ける。
「とりあえず、見回りはランダムに来てるんだ。ユイの用が終わるまではここから出れない」
「わ、わかってるわよ……」
「俺は後ろを見ているから、さっさと終わらせてくれ」
「耳、塞いでよ」
「はいはい、わかりました」
耳を両手で塞ぐ。
「塞いだ? 聞こえない?」
これに答えたら、きっとユイの殺人チョップが自分の脳天をかち割るだろうから無視をする。
しかし、耳を塞いでも音っていうのはわずかに耳に入ってくるものだ。
「聞こえてないようね……」
「っ……」わずかに力を入れて恥ずかしがる彼女の声が聞こえた。
便座から響く水の音にエイジは今までにないほど高揚し始めていた。新たな『癖の扉』が開いてしまう、駄目だ、この音を聴き続けたら俺は駄目になってしまう。
そう思い、エイジはトイレにふさわしい音を出して自らの聴覚を断つ事にする。
「シャーーー!! ブリブリビュルビュルブヂィブチュブリブリ!!」
「ちょっ! 変な声ださないで!」
「あっすんません」




