第二十一話 牛鬼急襲、ユイの災難
屋敷の地下で、赤城ユイが精霊術の鍛錬をする。
この屋敷は身寄りのないユイがカラスから提供されたものだ。
何十年も空家だった家を異能使い用に改築され、地下はあらゆる衝撃に耐え、防音機能も施された工房になっている。
ユイはルビーを砕き、砂状にしたものに精霊使いの杖で触って精霊を宿す。
マナをが宿ったルビーが赤く輝き、宙を自在に飛び回る。
それは窓ガラスのように四角く展開し、そこに丸めた紙を投げる。
燃え上がる紙に、ユイは歓喜する。
「やった、これをさらに強化すれば土がなくても……土がなくても戦える事が出来るっ!」
ユイは精霊使いの杖を介して地面に突き刺したり、干渉する事でゴーレムを生み出す。
だが、土のない場所では火炎放射器のように炎を吹き出したり、軽度の魔術しか使えない。
それで今回、精霊を魔力の伝導性がいい鉱石に宿す実験をしたのだ。
結果は見事に成功、これの名前を『精霊石』と呼ぶことにした。
これをビンに入れておけば、屋内でも精霊を使えるようになる。
「ははは。私ってやっぱり天才よね~! 明日エイジに見せて自慢しようっと」
『ジリリリ』と玄関の呼び鈴が鳴る。
こんな夜更けに誰だろうと地下から上がり、玄関の扉の前に立つ。
全身の身の毛がよだつ。この扉の先にいる何者かが発する気配に反応したのだ。
「い、一体……なにがいるの?」
さらに鳴る呼び鈴にびくんっと身体が跳ねる。
手には杖を持ち、周りに精霊石を漂わせ、もしもの時に備える。
「ど、どなたですか?」そう言った瞬間、扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。
破片がユイにたどり着く前に、精霊石が燃やし灰にする。
「あ、あんたは」
「いるなら、さっさと出ろ」
アガマツが屋敷内に重く鈍い足音と共に入ってくる。
「猛りが収まらなくてな。ただの人間ではなく異能使いの肉を食わねば収まらないのだ」
「あんた、人を食ってきたの?」
「そうだ、現代社会の人間は締まりがない。余計な肉を付きすぎだ、お前は締りが良さそうだな」
にぃっとアガマツの笑う歯の隙間には髪の毛が挟まっている。
それに激しい嫌悪感に襲われ、杖から炎を出し牛鬼を丸飲みにする。
「はぁっ!!」
牛鬼にまとわりついた炎を腕を振って飛ばす。
「こ、このっ!」
精霊石が牛鬼の周囲を囲んで、炎の空間を作り出す。
身動き一つせずに、ユイを見つめるアガマツ。
「どう? 動くことも出ることも出来ないでしょ?」
屋敷内に火がつき、ユイもまた炎に囲まれるが無事なのは精霊石の加護があるからだ。
精霊石が炎を吸い込み、鎮火する。煙たい部屋を見ながらため息をつくユイ。
「あーあ、これどうするのよ。まぁ、あんたを捕らえた報酬でまかなう事にするわ」
オーブンの中にいるローストチキンのように燃やされ続けるアガマツ。
生物なら一分も持たず、炭に変わっているところだが形を保ったままでいる。
灼熱の炎にいながら、苦しむ様子もないアガマツを見てユイの頬に汗が流れ、生唾を飲む。
その時、牛鬼が動き始めた。拳を大きく振りかぶる。
「やめときなさい、そんな状態じゃこの精霊石の壁にぶつかったら腕が灰になるわよ?」
「……」息を吸う事も許されないのだろう、アガマツは一言もしゃべらず拳を振り抜いた。
瞬間、ピシッと空間の壁に亀裂が入る。
「なっ!?」
急いで壁の補修をし、より強固に火力を苛烈に上げてアガマツの動きを封じようとする。
だが、アガマツの動きは止まる事を知らない、それどころか拳は鋭い槍に変わり威力が増していく。
「こっ、この――」
亀裂が大きくなり、壁が割れた。
空間の内側はユイの全力の魔力が込められていた、それが一瞬で外に放出される。
激しい閃光と音と共に屋敷は凄まじい爆風に襲われた。
―――――――――――――
次の日の朝の関越学校。
ホームルームの時間が近くなってもユイの姿は現れない事に不安になるエイジ。
昨日の事を思うと、アガマツが何か関係しているのだろうかと考える。
一応、帰りにユイの家に行ってみるか。
まぁ、最近精霊の使役の鍛錬にがんばっていると言っているし、単純に寝坊かもしれない。ユイらしからぬ事ではあるが。
坂戸先生が入ってきて、ホームルームが始まる。
「あれ? 今日は赤城さん休みなんですね。風間君なにか知らない?」
真面目な学生であるユイが連絡もなく、欠席する事に首をかしげる。
「先生、俺はユイの旦那じゃないんだから」
「あはは、そうよね」
後で連絡してみますねと普段の生活態度がいい優等生の扱いらしく信用されているのか、そのまま朝礼が進んでいく。
最後までユイは学校に来る事なく、エイジは寂しさと昼食の少なさに嘆いた。
同級生からも、彼女の事を本当に知らないのかと言われるが答えられる事がなかった。
いつも一緒に帰る相方のいない寂しさとこの先にあるかもしれない不安を紛らわせる様に急いでバス停へ走る。
ドラゴンズアーマーを使えばすぐ着けるだろうが、もしもの時のために力は温存しときたかった。
その時――何かに、人気のない薄暗い路地裏に連れ込まれる。
「おいおい、だれだ、よ?」
まさか牛鬼かと身構えるとそこには、マントを羽織るユイがいた。
とりあえずは無事だった事にほっとするエイジ。
「なんて格好してんだ? お前、今日一日そんな格好でいたのかよ?」
「そ、その……」
頭からマントを被って、全身を隠しているマントの端を握って話しづらそうにしている。
「なにモジモジしてんだよ? マントの下に何か隠してんのか?」
このボロボロのマントの下に、きっとユイが話しづらそうにしている原因があるに違いないとマントを掴み上げる。
それに必死に抵抗するユイに「よいではないか、よいではないか」と言う。
「ちょ、ちょっとやめ、やめて!」
マントを奪い取るとボロボロの下着姿の赤城がいた。
何か焼いたのか、全身にすすが付き、肩にかかる紐が半分しかないのでずり落ちそうになる下着を押さえている。
「……」
黙ってマントを羽織らせ直す。
「まぁ、人それぞれ癖があるからな。俺はそんなお前が好きだよ」
「ちがっ違う! 違うわよバカ! なに勘違いしてるのよ!」
真っ赤な顔をして怒るユイがここまでに至った経緯を説明する。
アガマツに家で襲われ、なんとか残ったマントとボロボロの下着だけでどうしようかと困りながら一日中隠れて過ごしていたらしい。
「まさか、牛鬼が急襲に来るとはね。というかユイの家をよく知っていたな」
「たぶん屋敷に張ってあった結界でわかったんだと思う。今でも外からじゃ普通の屋敷があるように見えるから報道とかの危険はないわ」
「とりあえず、俺の体操着着るか? いくらなんでもマント羽織って歩いてたらやべぇ奴と思われるぞ」
「そ、それもそうね」
「後ろ見ててよ、誰も来ないようにして!」
背後でゴソゴソし始めるユイ。
「さすがにでかいわね、ていうかなんか少し湿ってる」
ぶかぶかの短パンとTシャツに着替えたユイは不快そうにTシャツをつまみ上げる。
「そりゃ、体育で使ったからね。その露出狂みたいな格好よりマシでしょうよ」
「露出狂言うな!」
「とりあえず、所長に連絡しとこうか」
「だ、だめよ!それだけはだめ!」
エイジの手から携帯を奪い取る。それを返すまいと胸の前で両手で隠す。
「えー」
「当たり前でしょ、こんな失態見られたら私恥ずかしくて死んじゃうわ」
「俺にならいいのかよ」
「あんただからいいの!」
自信まんまんで言われても困るんだがなぁと苦笑いするエイジ。
「じゃぁ、どうするんだよ?」
「えっと、それは……その」
頬を赤めて、地面を見ながらモジモジし出す。
なんだろう? 金貸してはNGを出したいと思うエイジ。
彼女には家もなく、頼れる人間はエイジしかいない。
ならば、導き出される答えは一つだ。
「泊めて……」
「え?」
「エイジの家に泊めてほしい」
拍子抜けする答えにエイジはつい笑ってしまう。
「なんだ、そんな事か」
「え、いいの?」
嬉しそうに目をキラキラさせて、エイジを見る。
「まぁ、屋敷は広いし。空き部屋なら何部屋かあるだろ」
「本当にいいの??」
「そんながっつくなよ、当たり前だろ、仲間なんだから」
あまりの嬉しさに我を忘れて「わーいわーい」と笑顔でステップを踏む。
屋敷に着くエイジ達。
玄関先にナツが出迎えてくれる、事情を話し客間に通された。
そこには、すでにエリカが椅子に座っていた。
「なぁ、エリカいいだろう? 友達が家をなくして困ってるんだ。かわいそうだと思わないか? 身寄りのない女の子が火事で家を失くしたんだぞ?」
「その……お願いします……」と深く頭を下げるユイ。
ニコニコするハルと無表情なナツに挟まれたエリカは優しく微笑んで、開口一番に言う。
「ダメです」
「え?」と二人は固まった。




