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第二十話 明かされたエロ本、そして牛鬼の本性

 アガマツがここへ来たのは偶然だった。今日の寝床を探して、人気のないこの公園の森に来たのだ。

 その時、異常な気配を感じた。

 怨霊と呼ぶには、あまりに軽い。だが妖怪と呼ぶにはあまりに異質。

 その女霊(シー)は、知っている人間の顔を掴んでいた、あれは始めて街に来たときに出会った子供だ。

 勘違いで首を持ち上げてしまった手前、一度は助けるべき仁義というものがある。

 腕を掴み、力を入れる。簡単に握りつぶせた、豆腐のように柔らかい。


「亡霊……いやなんだ、これは」

 シーは瞬時に腕を再生させ、アガマツを威嚇する。その威嚇を風のように受け流し、シーの様相を観察する。

(むご)たらしい、たった一人の幼子に何十もの怨霊を重ねたのか。見るに耐えない、人間の業そのものではないか」

 シーの中身を見て、吐き気にも近い嫌悪感に耐え切れず、臨戦態勢に入る。

 ローブを脱ぎ捨て、岩肌のような上半身の肌が露出される。両腕が岩を削ったような鋭い槍に変わった。

「逃げろ。小僧、こいつは俺の獲物に決めた」

「悪いね、アガマツのおっさん」

 アガマツに背を向け走り出そうとするエイジを鶴ヶ島が引き止める。

「待て、待って!」

 牛鬼とシーとが戦う。ならばどちらかが勝っても間違いなく勝者は疲弊しているだろう。

 ならば、漁夫の利を得られるのではないかと鶴ヶ島は考えた。


「化物と化物の戦いに人間が入る余地なんてないよ」

 それを否定するようにエイジが鶴ヶ島の脇と両足に手を伸ばし抱き上げる。

「こらっ離せっ!」

「娘、そう焦らずともまた会えるぞ」

「え?」

 足をバタつかせ、エイジの頬を押し出す動きを止める。

「オレはこの街に来たのは、お前のようなヤツを倒すために来たのだ」

 鋭い牙と鬼の眼が「お前はうまそうだ」と言いたげに光る。

「小僧、お前も娘の仲間か?」

「いや、ただの同じ学び舎の先輩さ」

「そうか、ならばその娘のそばにはいない事だ。間違えて(はらわた)をぶち撒きかねん」

 道路で轢かれた猫みたいに無様に死ぬのはごめんだなと笑うエイジ。


「シャッー!」威嚇し続けていたシーが牛鬼に襲いかかった。

 両腕の槍がシーを斬り裂く、だが裂かれた身体はそれぞれ再生し二体に増えた。

「こいつは面白い」

 戦いが始まった。

 この場にいていい事は何もないだろうと走り出すエイジ。

「この礼は必ずする。俺は恩返しと仕返しは忘れない主義なんでね」

「ああ、次会う時を楽しみにしてるぞ」

 エイジの背中にアガマツの答えが帰ってくる。


「なんて速さ…………というか、わたしの胸を掴むなぁあああ!!」

 アガマツと鶴ヶ島が驚く程の脚力で走り出したエイジ、抗議の声が風に流された。


森をぬけ、公園を出てまだ帰宅途中の人々の多い大通りにでる。

帰宅途中の人々がお姫様抱っこをして走るエイジを微笑ましさと好奇の目で見る。

その視線から逃れるように、路地裏に入り鶴ヶ島を下ろした。

「はぁ~よかった。何度か逃げ切れましたね」というエイジによかったじゃないっと怒る。


「キミは一体何度、私の胸を触れば気が済むんだ!」

「それは機会があれば何度でも。というか、本気であの場にいたかったんですか?」

「それは……」

 自分の実力ではあの二体の怪物の戦いに入る事など出来ないとわかっている。

 だが、もしあの場に一般人が来たら間違いなく戦いに巻き込まれているだろう。

 ゆえにあの場から逃げたくはなかった、今思えばここまで足の速いエイジがいるのなら避難を頼めたのではないか。

 戦いを遠目で観ながら、決着がついたところを狙う事も出来たはずだ。希望的な観測だとわかっていてもエイジに邪魔されたという意識が粘りつく。


「そうそう、これ先輩の荷物っすよね?」

 エイジがアガマツ達から逃げる時に、回収しておいた鶴ヶ島のかばんを差し出す。

「わざわざ拾ってくれていたのか? ……そのありがとう」

「あと、これなんですけど。これ、俺のですよね?」

 エイジの手には鶴ヶ島が捨てようとしていたエロ本があった。

 鶴ヶ島の頭が混乱する、先ほどまでエイジに説教の一つでもしてやろうかと考えていたのに、完全な不意打ちだった。

 まさか、一番知られたくない相手に知られてしまった。

 これは大変まずい、なんと言い(つくろ)えばいいのか。風紀委員たる自分がエロ本を横領しようとしていたなんて虚言が広まったら自分はおしまいだ。

 だからといって、エロ本を隠れ見て思わずかばんの中にしまったとなど言えるはずがない。

 終わりだ、風間エイジに自分は学校生活を終わらせられる。

「先輩……」

「こ、これは」

「処分せずに、俺に温情をかけて本をとっといてくれたんですねっ! まさにその胸にひけを取らぬ寛大さだ!」

「え?」と思わず、気の抜けた声が出る。

「副委員長は厳しさだけでなく仏の心を持ってるんすね。他の風紀委員に処分されそうになった所をこっそりかばんにしまって、後で俺に返そうと思ったんでしょ、いや~ありがたい。これを手に入れるのに首を締められるは、ナツに深夜出歩くなと怒られるは、それはそれは苦労していたんですよ」

 エイジのテンションが上がり、口調が踊るように嬉しそうだ。

「いや、その……男の子はそういうのに興味があるとは理解しているが、学校に持ってくるのは控えてほしい……」

 緊張からの脱力とエイジの明るさに圧され口調がたどたどしくなる。


 鶴ヶ島は、エイジがここまで人を善く見る人間という事に感服する。

 だから、きっと彼は好き勝手に行動していてもその素直さで人に好かれるのだろう。

 そして自分の労力を、人のために遺憾なく使える人間だ。

 そうだ、確かにあの場から逃げる選択は間違っていない。彼が無理やり自分を連れ出さなければ今頃、どうなっていたかわからない。

 たとえ、自分が気にしている胸を触れてもこの場を(しの)ぎ、水に流せれば安いものだ。

「このご恩は決して、忘れません」と深々と頭を下げるエイジに気にするなと言う。

「そ、それでは、私はもう帰るから。キミもまだ安心せずにまっすぐ帰れよ」

 まだ静まらぬ胸の鼓動を感じながら、鶴ヶ島はエイジに背を向けその場を後にした。


 ―――――――――――――

 アガマツとシーの戦いは激しさを増していた。

 地面はアガマツが何度も穿(うが)ち、空振った槍が抉り、あちこちにクレーターが出来上がっていた。

 森のあちこちには、シーが何十体も浮いている。木々を縫い、アガマツを執拗に攻め続ける。

 質と量の戦いだった。

 その全てをアガマツが穿ち、散らす。

 その余波で木々が揺れ、大気は唸りを上げる。

 まさに生きる暴風、嵐のようだ。

 たった数分の戦いで森は蹂躙され、風切る音が森の悲鳴のようにも聞こえる。


「おいおい、なんだよ。あれ……」

 数メートル先に男女のカップルがこの戦いを見ていた。

 その声を聞いた数体のシーが、カップルに襲いかかる。それぞれの手が男の顔を掴み、スゥッーと息を吸う。

「キャッーー!!」

 女の悲鳴が森に響く。

 当然だろう、恋人が数秒でミイラになったら誰だって悲鳴をあげる。

 その悲鳴に気づいたアガマツが彼女への道を塞ぐようにいるシーを斬りながらその場へ向かう。

 女を掴むシーの顔に横から槍を突き刺し、引き剥がす。

「えっ?」

 尻餅をついて、異形の姿のアガマツを見上げる。

「女、オレの戦いに水刺すようなマネをしおって」

 憤慨に満ちた眼と声に「ご、ごめんなさい」と泣きながら謝る。


「褒めてやろう、シーと言ったな。なかなかやる」

 女に気を取られた一瞬でシー達はアガマツに絡みついた。

 両手足、胴体を何体ものシーが押さえつける。シーはアガマツに比べれば力がないというだけで本来、怪力の持ち主だ。

 何体ものシーの怪力でアガマツは今、自動車用のプレス機で押さえつけられているほどの圧力を受けている。

 それを受けてもなお笑える余裕があるほど、アガマツの身体は強固だった。

 シーが大きく口を開けて、アガマツの生命力を吸い取る。

 笑う口の歯の隙間から黒煙がシーの口に吸い込まれていく。

 だが、最初に異常を感じたのはシーだった。

 吸っていたシーの身体がみるみる膨れ上がり、風船を割ったように弾け飛ぶ。

 アガマツはそれを心底、面白そうに笑う。

「バカめっ、同類の力を吸い取るときは格下の者を吸わねば自壊する事も知らぬのか」

 その様子を見ていたシー達は離れていき、一つに戻る。

 そして、またゆらゆらと森を縫い潜り消えていった。

 力を吸えぬ相手には興味がないようだった。

 アガマツも決着が付けようのない相手には感心がないように女の方を向く。


「そ、そのありがとう、ごじゃいます」

 恐怖と恋人を失った悲しみで口がうまく動かせずに口調がおかしくなる。

「……」

 アガマツは女をただ見つめる。その目は獲物を見る捕食者の眼差しだ。

 女の両肩を掴み上げ、口を大きく開ける。

 牛鬼とは本来、人を食う事を好む者の名だ。この行動は人が豚や牛を食う行為と同じ。

 怪物は怪物でしかない、エイジを助けたのも仁義を隠れ蓑にしたただの気まぐれだったのかもしれない。

 いや、アガマツは気づいていた。風間エイジの存在の異常さを、こいつには何かあると本能で感づいた。

 だが、確証はない。ゆえに踊らせとくのも悪くはない。

 時間はまだたっぷりある、そう急ぐことはないだろう。

「な、なんで!? 助けてくれたんじゃないの!? ……いや、嫌、いやぁあああ!!」


 その悲鳴を最後に、森の中には何かを砕くようなボリボリという音しかしなかった。

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