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第一話 ドラゴン食って、帰ってきました。

 人類とドラゴンとの戦いは百年続いた。

 竜の総大将『竜王』は本格的に人類を殲滅しようと、各地で大規模な戦闘を起こした。

 人々はこれを『竜王戦争』とよんだ。


 総人口の三割はドラゴンに殺され、残りの七割はドラゴンとその率いる魔物達によって安寧の日々を奪われていた。

 十年前、一人の少年がそんな世界に転移してきた。

 人々は言った。「ドラゴンいる所に異世界からの救世主あり」

 各地で彼の活躍により、戦局は大きく変わり竜王自ら戦地に赴き、人類側の兵士達を恐怖に陥れた。

 戦局は今、最終局面に移っている。


 人類と竜王軍の総力がぶつかり合う広い荒野に兵士の死体が山となり、ドラゴンはその身体に血を流す。

 人の叫び声と竜の断末魔が響き渡る。静かな場所はここにはない。


 その最深部で、黒い鎧の青年と竜王が対峙していた。

 竜王の身体は各所に切り傷や噛みちぎられた跡があり、青年の鎧はひび割れ、半分割れた兜から見える顔には血が流れている。

 何時間いや、何日も死闘を繰り広げていたのだろう。

 お互いの息は切れ、小休止に入っている所だった。


「ドラゴンイーター……否、エイジと言ったな? 人の身でこの竜王に迫るとは大したものよ」

 エイジと呼ばれた青年は額から流れる血を舐め上げ、笑う。

「へへ、最強の竜王さまに褒められて、光栄だ」

「見よ、お前の為に矮小な人間共が我の眷属達と戦っている。どちらかが勝ち、あの戦場に向かえばこの戦争の勝利者が決まる」


「決着をつけよう」そう言って、エイジは竜の口をした腕に伸びる大剣を構える。

 戦いの終わりを告げる様に、朝日が彼らを照らし出す。


「たとえ、千の竜を喰らい千の力を自在に使おうとも、竜王という一には勝てぬことを知れ!」


 竜王は胸を大きく膨らませ、口から漏れる炎は赤から青に変わる。

 周囲は異常な高温で空気が乾き、やがて枯れた草木が燃え始めた。

 そこでは生命が活動を許されない、ましてや息をして立つ者などがいるはずがない。


 これから、竜王が放つ火球は太陽よりも高温といわれる青色巨星に近い。

 その死の巨星を前にして、エイジは怯むことなく、前に突き進む。


 ―――――――――――――――――――――――――――


「おいっ! ドラゴンイーターだ! ドラゴンイーターが帰ってきたぞ!」

「あの竜王を倒したんだって!? すげぇ、異世界からの救世主の伝説は本当だったんだ!」


 竜王軍との戦争に人類は勝利した。

 各地で轟く勝利宣言、凱旋した兵士達には花の首飾りを送られ労われていた。


 その日、エイジが凱旋した城内も漏れる事なくお祭り騒ぎだった。

 帰還した勇者一行を称える王国民たち。


 百年続いた「竜王戦争」が終結したのだ。

 それはエイジが異世界から現実世界に帰ることを意味していた。


 エイジは自室で一人、今までの思い出にふけて、テラス側の椅子に座って夜空を見上げている。

 トントンとドアをノックする音が聞こえる。


「入っていいよー……って姫様か」

 マントを羽織ったエリーゼ姫が入口で立っていた。

「えぇ、こんな遅くにすみません」


 バタンとドアを締めて、カギをかける。

「おいおい、鍵なんかかけて物騒じゃない……か?」


 姫はマントを脱ぎ落とすと、ランジェリー姿になる。

 姫の見事に育った官能的な肢体を月明かりが照らし出す。

 透けたシースルー越しに見える、スラッと長く伸びた美しい足にくびれた腰が豊満な胸を更に強調する。

 童顔に見合わないその身体は蠱惑的にすら感じられた。


「えっと……その、どうでしょうか……?」

「綺麗だよ」

 優しくエイジは微笑みながら、姫に近づき両手を広げる。

 決心してエイジの部屋に来たが、本人を目の前にした姫はすごく怯えていた。

 目を閉じている姫は両肩の感触に驚き、ビクッと身体が跳ねる。


「えっ……?」

 姫の両肩にエイジのマントが羽織られる。

「やっぱり俺のマントじゃ、姫にはでかいな」


「今日はカンさんも異世界渡りの準備でこっちに意識は向いてない。少し夜風にあたろうか」

「え、えぇ……」

 二人はテラスへ向かう。


「姫様、これ見てよ」

「これはオルゴールですか?」

「あぁ、街の職人に作らせたんだ」


 オルゴールのネジを回して、音楽が鳴る。


「綺麗な音、だけど少し寂しい音楽ですね」

「俺のいた世界の音楽なんだ。少し踊らないか?」

「えぇ、エスコートしてくださるかしら」

「わかりました。エリーゼ姫、僭越ながらこのドラゴンイーターがエスコートさせていただきます」

 エイジは手を胸に当てて、お辞儀をしながら姫の手を取り、静かにゆっくり踊り始める。


「これ、なんていう曲なんですか?」

「エリーゼのために」

「もう、またバカにしてっ」

「本当なんだけどなぁ」

 いつもより明るい満月と満天の星空の下で二人は時を忘れて踊り続けた。

 エイジの下手くそなステップを姫が優しくリードする。

 気まずそうに笑うエイジとくすくすと笑うエリーゼ姫。

 まるでこの世界に二人しかいないという錯覚すら覚える幸せな時間。

 だが、オルゴールのネジが回りきって幻想は消滅する。


「あれ?音楽が止まりましたね」

「もう終わりみたいだ。ちょうどいい、少し喉を潤そう」

 姫はテラスにあるテーブル席に座る。そこにエイジが笑顔でシャンパンとグラスを持ってきた。


「あっ!また食堂から盗んで来たんですか?」

「元盗賊なもんでね」

「もう、あの時貴方をどれだけ心配したと思ってるんですか」

「あの時は姫様が泣きながら俺のズボンにしがみついて「戻ってきてくださーいって泣き叫んでたもんな」

「もうっ!笑い話になんかなりませんよっ!」

「まぁまぁ、あの後に姫様をドラゴンから助けたんだからいいじゃないか」

「それは……そうですけど……それでもダメです!」

「ありがとう、ほんとに姫様には始めから最後までお世話になりっぱなしだ」

「終わりよければ、すべて良しというじゃないですか。 この思い出に乾杯しましょ?」

「あぁ」

 お互いのグラスにシャンパンを注ぎ合い、グラスをぶつけ合って乾杯する。


 金色の髪を夜風になびかせる酒気で少し赤くなった姫の横顔を愛おしそうに見つめるエイジ。

 そんな視線に気づいた姫は恥ずかしそうに俯き、意を決した様にエイジに顔を向ける。


「本当に明日でお別れ……なんですよね?」

「そうだね、カンさんはそう言ってる」

「私、今まで引っ込み思案で人とうまく接する事が出来なかったけれどエイジさんのおかげで変われました」

「……そうか」

「だから私、勇気を出して言います。最後に最初の経験をあなたと共にしたい」

「……」

 エイジは黙って姫の顔を見つめる。

 なぜ黙っているのか、わからず姫はただ暴れるような胸の鼓動を聞いていた。


「……へへへ、そいつは残念だ」

「え?」

「子供は野球チーム作れるぐらいっていうのが俺のモットーでね、一晩でその数作るのはムリがある。

 なにより、姫様との子供を見れないんだ、そいつはおれのポリシーに反する。」


 未熟な少年だった十六歳のエイジが異世界に来て、十年。

 その間に、募った姫への想い。 だがそれは叶わぬ事は知っていた。

 自分が一国の姫の純潔をもらって、現実世界へ帰る。

 世界を救った英雄から不貞の輩に降格、姫は自分のいない世界で子供を育てる。

 国中の吟遊詩人達は自分達の事をなんて唄うだろうか。


 救いにもこの姫を慕う青年が一人いた。

 彼女の心はそれに惹かれ初めている。

 その枷になっているのは自分だ、それも明日の朝にはなくなる。

 だからこそ、ここで私欲にまみれるのは英雄としてどうかと思う。

 たとえ、今この時も愛していようと。

「ごめんな、エリーゼ」


 姫もそれはわかっていた。 だが、彼女も我慢の限界だった。

「っ……」

 姫は最後にくちづけを強引にした。

「私もごめんなさい、これが最後です」


 瞬間、エイジの頬がスパァンッと気持ちのいい音が響く。

 それが彼女の妥協点。

 手向け替りの女として傷ついた怒りの一撃。

 エイジの脳と心を充分に揺さぶる一撃であった。

「さよなら」そう言って姫は逃げる様に部屋を出ていった。


「……始めてエリーゼに叩かれたな」そう呟いて、オルゴールを再び鳴らし始める。

 椅子に座り、深呼吸をして瞼に焼き付いた去っていく姫の後ろ姿をいつまでもエイジは見つめていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――


 暁に空が染まる頃。

 城の入口に苦楽を共にした五人の仲間たちとエイジがいた。

 仲間たちは「あばよ、楽しかったぜ」「まぁ、これも仕方ないわよね」「今までありがとう」「くぁwせdrftgyきくこlp」それぞれ別れの言葉を告げる。キクコロール星人は何言ってるかわからない。


 エイジは仲間の一人を呼び出し、コソコソと話し始める。


「おい、セロー。 エリーゼ姫のこと、任せたからな」

「なに言ってるんだよ?」

「お前、あの最後の戦いで姫の事を竜王の不意打ちから守っただろう?」

「あぁ、無事ってわけにはいかなかったけどな」

 風にそよぐ右袖を、失った物を噛み締めるように握り締めた。

「出血多量で意識が朦朧としてたから覚えてないだろうが、俺はエリーゼの事が好きだ、好きだから君を守って死んでもいいって言ってたんだよ」

「えっ?マジか?」

「その時、痛みで一晩中、呻き続けるお前を姫様が献身的に介護していたんだ」

「俺のために?」

「あぁ、俺の予想だとあと一息だ。先の戦いで身分も約束された、王様もお前のことを気にかけている」

「……」

「だから、な? 幸せにしてくれよ」

「……」

 セローはなにも喋らない。

 感謝すればいいのか、恋のライバルだった相手に譲られたことにプライドが許さないのか。

 かつて、浜辺で同じ異性に恋している事を語った時に負けないと誓ったあの日。

 セローはこんな形で勝つとは思いもしなかった。


「これ、手土産」

 エイジは右腕に篭手を纏い、青年の失った右腕を再生させる。

 彼の捕食したホーリードラゴンの治癒能力を使ったのだ。

 今までは腕を再生させるほどの治癒力は無かったが、竜王を食った事によりエイジの力は飛躍的に進化していた。


「じゃぁな」

「……いやだ……嫌だ! お前と別れたくない! いいじゃねぇかよ! 元の世界になんか帰らなくたって!

 これからだろ! 俺たちとこの平和になった世界で生きるのは! お前はこれから英雄としてこの世界を守るんだ!」


 感情が爆発して、語気は強くなり目から大粒の涙が流れてくる。

 エイジは自分の中の本心を隠そうとする、彼に吊られて自分も感情をあらわにするのは出来なかった。

 これから、この世界に仲間を置いて、一人離れようとする自分にその資格はない。


「マスター、お時間です」


 胸にぶら下がった召喚石のカンさんから異世界渡りの時が来た事を告げられる。


「俺はそれでも帰らなきゃ、帰らなきゃならないんだ」

「なぜだ! そうまでしてなぜ帰らなきゃならない!?」


「人は死んだら魂は星になり、肉体は土に還り自然となる。異世界転移した勇者も魔王を倒せば現実世界へ帰る。

 これもまた自然の流れなんだよ」


「異世界渡りの術式完了。 展開します」


 エイジの身体から光が溢れ、身体が透けていく。

 青年はまだ終わってないとエイジの肩を掴もうとするが手が擦りぬける。

「おまっ! っざけんな! 意味わかんねぇよ!」

「お前は姫さまと一緒になり、やがては王となる。 王には優秀な右腕が必要だ。

 その右腕がおれだ。 ずっと傍にいてやる、だから良き王となって民を守ってくれ。」


 光の粒子となって消えていくエイジは笑顔で苦楽を共にした仲間たちに手を振る。

「今までありがとう」その言葉を最後にエイジは異世界から消え去った。


「バカヤロー! お前なんか二度と帰ってくんな! お前なんか忘れるぐらい姫様を幸せにして、この世界も国も幸せにしてやるんだからな!」


「あっ……うぅ……バカヤ、ロー……」最後に残った光の粒子を握りしめて、エイジへの悪口を叫び続ける。

 城門の影から、その様子を見てた頬に一筋の線が流れた姫が歩み寄りセローの肩を優しく抱きしめる。


 ―――――――――――――――――――――――――――


 異世界に別れを告げ、光に覆われたトンネルを進み続けるエイジ。

 ここを抜ければ、現実世界へ帰れるとカンさんに案内された。


「本当によかったのですか?マスター」

「……いいんだ、最初から竜王を倒すのを目標にしてたのは現実世界に帰る事だったんだからな。最初から別れは知っていたんだ。それを今更ね。……まぁ!こういう時はクリア報酬とかもらえそうなもんだけどね」

「貴方は何ももらっていない。なら、彼らとの思い出は何よりも代え難い、報酬と呼べるものだったのは?」

「へへ、うまい事言うね、カンさん」

「えぇ、彼らとの冒険や絆はあなたを変えました。楽しいことも辛いこともあなたを大きく成長させた」


「最後に残ったのはカンさんだけだ。それで十分だよ」

 始まりから今に至るまで、万能の召喚石と呼ばれるカンさんはずっとエイジの傍にいた。

 異世界の情勢やスキルの使い方、道具の使用方法、夜中に腹を出しているエイジに魔法で毛布を掛けたり、凍える雪山でヒート魔法で凍えないようにもしていた。

 エイジの成長と共に、カンさんもまた道具ではなくかけがえのない戦友に変わっていた。


「すみません、マスター。ですが、本心は隠すのではなく口にした方がいいと思います。親しい間柄ならなおさら」

「……正直言えば、楽しい旅だった。叶うのであれば、現実世界でもあんな楽しい思い出を作りたい」

「はい、叶うといいですね」


『クリア報酬確定。おめでとうございます、ドラゴンイーター』

 二人しかいないはずの空間から、機械的な声が響いた。


「おい? なんだ今の声?……ってうお!?」

 突然目の前にトラックが現れる。


「ドラゴンズアーマー起動!」

 黒いフルプレートアーマーを纏って、トラックを受け止める。

 この鎧はエイジのスキル『ドラゴンイーター』の能力の一部。

 これを纏うことで捕食したドラゴンの力を使うことができる。

 千の竜の力を持つエイジにとって、走行中のトラックを受け止め、持ち上げることなど動作もなかった。


「とりあえず、置くかっ!」

 頭上に上げたトラックを左から右へと動かし、地面に置く。


「な、なんだっ?――ひっ!だ、誰なんだ?あんた」


 視界に入るスーツ姿のサラリーマンと胸に抱きかかえた少年。

 両者ともエイジの姿を見て怯えていた。

 辺りを見渡すと、コンクリートで出来た建築物や異世界とは違う服装の人々。

「ふっ」と現実世界に帰ってきた笑みがこぼれてしまう。


 誰だと問われて、エイジは応えた。


「ドラゴンイーター、そう呼ばれていた」

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