第十八話 風紀委員『鶴ヶ島美鈴』
バスから降りて、学校へ向かうエイジ。
爽やかな朝日が制服姿の同年代の学生達の笑顔をより明るくする。いつも通り校門を抜けようとするが、普段の校門前とは雰囲気が違った。
「君、スカートが規則より三センチ短いぞ」「ボタンは第一ボタンまでしっかり着けるんだ」
「えーっ抜き打ちの検査なんて聞いてないよーっ」「没収した漫画は返してくれるんだよなっ?」
学生達が校門前で言い争いをしていた。まるで空港で飛行機へ乗る前の荷物検査をしているようだ。
腕章をつけた学生達が一人一人を持ち物検査や服装の検査をしている。腕章には『風紀員会』と書かれていた。
「ありゃりゃ、完全な検閲だ」かばんの中にある不要物や第二ボタンまで外れた学生服、寝癖のついた髪、規律違反のデパートのような自分があの校門をぬけようとすれば、たちまち彼らはピラニアのように集まってくるだろう。
気づかれないように、敷地の境界線にある壁に手をかけて登り始める。
壁にあるわずかな窪みや隙間に指をかけて登り進むロッククライマーエイジ。
壁の頂上に手がかかったその時、 高潔さを感じるよく通った声がエイジの耳に響いた。
「そこの学生! 何をしている!」
腕章を付けた学生達を引き連れて、女子生徒が走ってきた。その学生の腕章は銀色の帯がついている、それは副委員長の証だ。
長い黒髪を一本結びにして背中に垂らした副委員長の名は鶴ヶ島美鈴。
容姿端麗、成績優秀、特徴的なものはその鋭い目と同じように鈍く光る木刀。そして、バスト90センチ、Fカップの巨乳だ。
その剣術は剣道部が一目を置くほど、風紀委員とかけ持ちしてもいいから入部して欲しいと何度も懇願したが首を縦に振る事は入学してから二年間一度もなかった。そして二年生の春に三年生を差し置いて副委員長に抜擢された。
この木刀の鶴ヶ島を前に普段は息巻く不良達も、検閲を行う日だけは大人しくしている、普段の学校生活なら彼らはコソコソと逃げて隠れてやり過ごしていた。
その副風紀委員長の鶴ヶ島が、エイジに向かって早く降りてこいと急かす。
「あっどうも! ロッククライミング部です。今、朝練の最中なんです!」
エイジは爽やかに笑って、額の汗を拭う。
「そうか、ご苦労だな。――それで一ついいか?」
「はい、なんでしょう」
「うちにロッククライミング部はない。さっさと降りてこい、不届き者!」
「へいへい」と二メートル以上の壁から飛び降りる。膝を曲げて、地面に片手を着けて着地する。
「おっ~」とその様子を見ていた、生徒達が感嘆の声を上げる。
「見世物ではない、さっさと行け」と鶴ヶ島が睨むと蜘蛛の子を散らすようにギャラリーは消えていった。
そして、エイジの手荷物検査が始まる。
カバンを開けると、教科書では決してない女性の水着写真が表紙の本が一番に取り出された。
「これはなんだ?」
「保健体育の資料です」
「私には卑猥な本にしか見えないのだが?」
「この女性のヒップライン、胸の膨らみ、美術部で女性のヌード絵を描くときの資料にもなりますので」
「んなわけあるか! 没収だ! 没収!」と雑に足元の押収品箱に投げ捨てる。少しは大事にしてほしいと悲しそうに首を曲げながら押収品箱を見る。
「なぜ、こんなに菓子類がかばんに大量にあるのだ?」
「非常食です」
「君は校内で飢えるほど緊迫状態に陥る事があるのか?」
「燃費が悪いもので」
「えーい! 全て没収だ!」
カバンの中をひっくり返し、中身が箱の中へと吸い込まれていく。カバンの中に残ったのは筆記用具とノートだけだった。
お前は学校に何しに来てるんだという呆れた顔でエイジを見る鶴ヶ島。教科書は学校に置いていくもんでと頭をかくエイジ。
「それから、この卑猥品はこちらで細断し、焼却処分にするからな」
「えー……」
「えーではない、当然だろ。馬鹿者!」
鶴ヶ島が風紀委員に箱を持っていくように指示する。
「おい、そこの風紀委員。俺のエロ本がめんじゃないぞ!」
風間エイジと書かれた押収品がしまわれた箱を持っていく風紀委員の男子に怒鳴る。
「誰がそんな事するか!」校門を過ぎていく学生達がニヤニヤしながら顔を真っ赤にした男子風紀委員を見る。
「さっきから、君は我々、風紀委員を愚弄してるのか?」
鶴ヶ島の目に剥き出しの刃のような鋭さが出る、風紀委員というものは生徒にナメられたらおしまいだ。なので、威圧的な自分達を前にエイジの様にヘラヘラしているのは看過できない。
木刀の先をエイジの喉元に突きつける、これ以上は調子にのるなと言っているようだった。
「やめときなよ、木刀で貫けるほど俺のハートは脆くない」
口元は笑っているが、目は笑っておらず鈍く光る。
「貴様の態度は我々風紀委員を、そしてこの副委員長鶴ヶ島美鈴を愚弄している」
「えっ? 副委員長っ!?」
突きつけられた木刀を掴み上げ、鶴ヶ島の身体を下から上へと確認するように首を動かすエイジ。
油断していたのか、それともエイジの動きに反応できなかったのかと相手の思わぬ動きで困惑する鶴ヶ島の耳に禁忌の言葉が聞こえる。
「いやいや、そのおっぱいで風紀副委員長は無理でしょ」
瞬間、殺気を感じたエイジは膝を曲げてその正体を避ける、頭上で風切り音が聞こえた。
鶴ヶ島がその首を断ち切らんとばかりに、木刀を振り抜いたのだ。
彼女に目をやると、頬に血管が浮き出て目は鬼神のごとく怒りに満ち溢れていた。
「これは地雷を踏んだな」
「お前だけは許さん、絶対に許さん。西方十万億土に行って仏に詫びてこい」
「やだね、目の前に二つの極楽浄土の丘があるのに、そんな遠くまで行ってられるか」
鶴ヶ島の胸をニヤっと笑うエイジに、もはや同情の余地なしとその眉間目掛けて、木刀を振り下ろす。
「なっ――?」
瞬間、エイジが消えた。
木刀が地面にあたり、砂塵が二つに別れ飛び、風にさらわれた。
「ははは! 甘いぜ、鶴ヶ島先輩!」
声がする頭上に目をやると、いつの間にか壁を登り自分を笑いながら見下ろすエイジがいた。
「いつの間に?」
「怒りに染め上がると脇が甘くなる。こいつは返すぜ」
風紀委員の腕章を鶴ヶ島へ向かって投げる。
パシッと掴む、そしてそれは屈辱の証だった。握る手はメリメリと音を立てながら腕章をグチャグチャにした。
「それから必ずエロ本と非常食は返してもらうからな、絶対に捨てるなよ」と言い捨て、壁の向こうへと消えていった。
「鶴ヶ島さん、あいつ本当に人間なんですか?」
「どういう事だ?」
今の二人のやり取りを見た風紀委員がエイジの動きを説明する。
木刀を下ろした瞬間にエイジは鶴ヶ島の脇をすり抜け腕章を取ったと思ったら、猿みたいにすごい速さで壁を駆け登ったというのだ。
「我々が春から、手を焼いていた一年の安元もヤツが懐柔して更生させたという噂です」
「あの安元を?」
「えぇ、そればかりか一年の中でトップクラスの美……いえ、誰とも絡むことなく過ごしていた同じクラスの赤城ユイと付き合っているとか」
「彼がユイと親交を持っている噂の生徒か」
「彼は正直、逸材です。今はあんな不貞な輩でも将来、我々の力になるやもしれません」
「いや、あんな輩を我が風紀委員に入れるのは愚策に過ぎる」
再び、校門で検閲に戻る鶴ヶ島の背中を残念そうに見る風紀委員。その彼に別の風紀委員の女子が話しかける。
「ねぇねぇ、今の話、正気?」
「なんだよ、思った事を言ったまでだ」
「知らないの? 副風紀委員長に胸の事を言うのはNGなのよ、本人めちゃくちゃ気にしているんだから」
「そんな大げさな」
「いやいや、三年生なんか副委員長の巨乳をバカにしたら、次の日に原因不明の大怪我して入院したのよ? 犯人はわからないけど、まぁ言わずもかな、よね」
「うへぇ、俺も気をつけよう」
「おいっお前ら、何している! 早く検閲の仕事に戻れ!」と二人に対して、鶴ヶ島が大声をあげる。
「はいっただいま戻ります!」と二人は走って、校門前に行くのだった。




