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第十七話 風間家の日常

 牛鬼――

 伝承や民話にたびたび出てくる名だ、その内容はひどく残忍、獰猛、人を食う事を何より好む。

 蜘蛛の身体に鬼の顔、鋭い牙は金剛石すらも砕くとされる。

 古代には、多くの妖怪を従わせ日本全土にその伝説が残されている。

 かの英雄、源頼光とその率いる家来たちによって牛鬼一族は子分もろとも滅ぼされた。その討伐から逃れた一体の牛鬼がいた。

 名を「アガマツ」そう呼ばれていた。

 人々はいずれ、アガマツが一族の復讐に燃えたり、再興を企んでいると思った。

 だが、何年、何百年経ってもその動向は確認できず、逆に人間の方が自分の名を上げようとアガマツに執着した。

 その全てをアガマツは殺し、喰らい尽くした。

 現在、彼は異能使いの間では禁忌、触れてはならない対象とされている。


 だが、ここ数年の事だ。アガマツが自ら進んで異能使いを捕食対象にし始めたのは。


「だから、牛鬼アガマツがこの国に来たのはまずいのよ」

「出会ったら、おいしいディナーになっちまうのか」

「そうよ、しばらくは夜の任務は控えた方がいいわね」

 そうなれば、自分達も所長と同じく事務所を後にして帰ろうと、ユイ達は事務所にカギをかけてそれぞれの帰路に着く。

「あんたも寄り道しないでさっさと帰りなさいよね」

「わかってるよ、ユイも気をつけて帰れよ。なんなら家まで送ってこうか?」

「だいじょうぶよ、私もあのバスに乗って帰るから」

 三つ先のレーンにあるバスを指差し、心配ご無用と言うように手を振って別れる。



 バスから降りて、自宅の屋敷へ向かう。

 道路は茜色に染まり、敷地と道路の境界線に敷かれた柵も美しい夕日に照らされて普段の物々しい雰囲気が和らいでいる。

 門を抜け、しばらく歩くと玄関の前にエリカとメイドのナツがいた。

 エリカは何かナツに強い口調を話している、カンさんに集音を頼もうとするがナツと目が合うとエリカに目配りをし会話が終わってしまった。

「エイジ様、お帰りなさいませ」ナツがエイジに深々とお辞儀をする。


「兄さん、今日は早いお帰りのようで」

「毎度毎度、門限破ってたら、エリカの怒鳴り声で鼓膜を破られそうだからね」

「……そういう冗談はあんまり好きません」

 この家に来てからはいつもこの調子で、家に帰ればエリカにチクチク言われる。

 屋敷内でも食事の時以外はあまり彼女とは顔を合わさなかった、屋敷の奥にある彼女の部屋とエイジの部屋が離れているのも理由である。

 屋敷内の人間や客人が(くつろ)ぐスペースであるラウンジにも彼女はあまり顔を出さず、エイジはいつもナツが顔を時折、覗かせるだけでほとんど一人でテレビを観たり、漫画を読んだりして過ごしていた。

 正直、異世界では常に仲間と過ごしていた彼には戦場ではない場所で一人で過ごすのは苦痛にも似た居心地の悪さがあった。


「エイジ様、消灯の時間になります」

 ラウンジで寛ぐエイジにナツが、部屋に戻る事を促す、屋敷は夜十一時になると共同スペースの電気は全て落とされる決まりになっている。

「じゃぁ、ナツちゃんに添い寝でもしてもらおうかな」

 ナツを少しからかって「エイジ様、いい加減にしないとエリカ様に相談しますよ?」と涼しげな目をして凛とした声で(たしな)められる。



「ダメだ、腹減った」

 眠りについたエイジは空腹を感じて、目を覚ます。時計を見ると、針は深夜一時を過ぎた所を指していた。

 灯りのない暗い廊下を忍者のように背を低く、隠れながら走る。向かう先は食堂だ。

 真っ暗な食堂を抜け、調理場へ向かう。

 屋敷には五人しかいないのに二十人分は作れるんじゃないかという広い調理場だ。

 真ん中には銀色の洗い場のついたテーブル、側面にはガスコンロやオーブンなどの調理器具がある。

 エイジの目標はその反対側にある壁に並ぶ銀色の冷蔵庫だ。

 緑色の床を歩き、懐中電灯で冷蔵庫を照らす。大きな冷蔵庫だ、これなら一つや二つ物が無くなっても気づかないだろう。

 一つ一つの品にチェックを入れて、紙に書いて管理している事を知らずにエイジは冷蔵庫に手をかけた瞬間――

「っ……」

 視界が一瞬で明るくなり、エイジの視界が霞む。

 天井に吊るされた蛍光灯が調理場を照らしていた、誰かが電気を点けたのだ。

 スイッチを点けた犯人を見るために、入口に目を向ける。

「エイジ様? いかがなされました?」後ろに手を隠すナツが立っていた

 エイジは見逃さなかった、彼女が今隠したものは大型のナイフだった。果物切るにはでかすぎる、人を断ち切るにはちょうどいいサイズのものだ。

「……ごめんごめん、ちょっと小腹がすいたものでね」

 そのナイフの事には触れない方がいいだろうとエイジはそれをスルーした。

「そのような事であればご連絡さえいただければお部屋にお持ちしましたのに」

「はは、そんなメイドじゃないんだから」

「私はエイジ様のメイドです」


 ナツが引き出しから、菓子パンを取り出しエイジに渡す。ありがとうと言いながら、エイジはすぐに封を空け、食べ始める。

 ナツが何か言いたげにじっとその様子を見つめる。

「なんだ? ナツも食うか?」

「いえ、結構です。使用人の身分で出過ぎた事とはわかるのですが、お伝えしたい事があります」

「なんだよ、そんな神妙な顔しなくていいじゃないか」

「エリカ様がエイジ様の帰りが遅すぎると心配しているのです。今日も担当の私にエリカ様からこの状態が続くようであれば学校までお迎えする事を検討すると言われました」

 なるほど、それで玄関でナツとエリカが話していたのかと納得する。


「エリカ様だけではありません。屋敷の従者一同あなたを心配しております」

 エリカにいたっては初日の頃からだ、エイジを見失ったという連絡を受けた彼女はずっと落ち着かないようすだった。見つかったと聞くと玄関先でずっと待っていた、おかんむりだったのはそのためだ。

「エリカ様は今でも貴方をお慕いしております、ですので」

「わかった、今度から気をつけるよ」エイジもそこまで言われてはさすがに日が暮れる頃までには帰らなくてはいけないと考えた。

 だが、ユイの事もある。

 牛鬼の一件はおそらく自分達に仕事が回ってくるとエイジは予感していた。

 彼女を一人、捕食者の前に立たせる事だけはしたくなかった、ならばこっそり屋敷から出て行けばいいかと考える。

「それから、最近エイジ様は夜遅くに出かける事があるようですがお控えください。私が黙っていられるのも限界があります」

「あ、はい……」エイジは誰にもバレていないと思ってたが、夜の見回りの時にエイジの部屋のベッドに誰もいない事を彼女は見ていたのだろう。

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