第十三話 お稲荷さまラスト
週、最後の授業が終わり、教室は自由を謳歌するクラスメイトで賑わっていた。
「エイジ、私は今日事務所行くけどあんたも来る?」
教科書を仕舞いながら、エイジにユイが話しかける。
「んっ? いや今日は用事があるからいい」とエイジは寝ぼけた様子で大きなあくびをしながら身体を伸ばす。
そう……じゃぁ、また来週ねと少し寂しそうにユイは教室を出て行った。
その後ろ姿を見て、やっぱり一緒に行った方がよかったかなと思ったが、エイジにはやらなければいけない事があった。
その計画にユイは必要なかった、というよりそれを見られたくなかったのかもしれない。
校門前で、エイジはあやが出てくるのを待つ。
遠くからポニーテールの女子生徒が歩いてきた。
「あやさん、こんにちわ」とエイジが話しかける
「あっ……」とエイジの顔を見て、気まずそうに顔を伏せるあや。
「えっと、その……」と下を向きながら、不安そうにかばんを持った両手と身体を揺らす。
「エイジ君、昨日はごめんなさい。私どうかしてた」
エイジとは目を合わそうとせず、そのまま頭を下げるあや。
「気にしないで、俺も失礼な事ばっか言ってたから」
「許してくれるの?」
「もちろん、あとさ、シュウジはもうあやさんの事、諦めたよ」と言う。
「俺がガツンッと言ってやったから、もう心配しなくていい」
「それでか」
今朝、あやの家にシュウジから電話が来たのだ。「もうお前とは関わらない、だから……許してくれーっ!」と叫んだら電話が切られた。
「エイジ君はシュウジさんに何したの?」
「エイジ流、恋の諦め方戦術」
「なにそれ」と微笑むあや。
「エイジ君、ありがとう。私に出来る事があるならなんでも言って?」
「じゃぁさ、お礼にデートしてよ」
「そんなのでいいの?」と聞くあやに「もちろん」と即答するエイジ。
稲荷の社に、道中のスーパーで買った稲荷寿しをお供えする。
ここがあやが小さい頃からお参りをしていたという社だ。
真っ赤な柱と屋根がかかり、社の中は純白で綺麗に手入れがされている。
あやが世話をしているうちに、他の人達も時折、世話をしているそうだ。
たまにエッチな本がお供えされていて、困っちゃうと笑うあや。
それであの稲荷は俗世の言葉に、変な方向で詳しかったのかとエイジは納得した。
二人して、両手をあわせてお参りする。
エイジが片目を開くと、目の前に稲荷が現れる。
「うまい、うまい」と稲荷は一瞬のうちにいなり寿司を平らげてしまった。
「あ、エイジ君食べちゃったの?」
「いや、稲荷が食べた」
「もう嘘ついて、残った二つを一緒に食べようとおもったのに」と呆れてしまうあや。
「まぁまぁ、せっかくだし二つともお供えしましょうよ」とあやの手からいなり寿司を取る。
いなり寿司を二つ置くエイジの手には狐の形をした痕が刻まれている。
その場を後にする二人の後ろに稲荷が着いてくる
あやと学生通りを歩く。
「あや?」と学生が話しかけてきた。
「ケイ?」とあやの顔が暗くなる。
彼があやの想い人のケイだ。
「誰だよ? そいつ」と睨むケイを涼しい顔をして見つめるエイジ。
「何してるって? 見りゃぁわかるでしょうよ。デートですよ、デート」
エイジはあやの肩を引き寄せて、お互いの身体を密着させる。
「エ、エイジ君?」と驚くあや。
「あや~こいつがお前の言ってた彼氏?あ、いや元彼氏か」ふてぶてしく見下す様にケイを見る。
「お前が噂の男だな? あやを脅してラブホに連れ込もうとしたっていう」
「脅すとは人聞きの悪い、同意があったからこうして一緒にいるんだろ?」
「なぁ~あや?」とエイジは戸惑うばかりのあやに顔を近づける。
「な、何言ってるの? エイジ君」
「元彼氏君も女はちゃんと躾といてくれないと困るよ、こいつさ土壇場になってイヤイヤ言うんだぜ」
「女は股を簡単に開かせるようにしないとだめ、だめ~」と忠告する様に人差し指を振るエイジ。
「て、てめぇ!」とケイが激しく怒り始める。
「まぁ、今日こそはラブホに一緒に入るつもりだから」
どけよとケイの肩を突き飛ばし、あやを連れて歩き出すエイジ。
「待てよ」とエイジは肩を掴まれる。
「なんだ? 泣いて逃げる女は掴めないけど、男の肩は掴めんのか、お前?」
「なっ」と目を大きく見開くケイ。
「お前みたいなフニャチン野郎に守れる者はない、泣いてる女に手を差し出す事も話を聞く勇気もないお前には一人で自分を慰めて寝るだけが精々だ」
ケイは歯を噛み締めて、拳を強く握る。
「先輩、諦めてくださいよ、あやと僕は家族公認だ」
「どういう事だ?」
「わかりやすいように言ってやるよ、あやの会社はぼくのパパのものだ、つまりはこの子も僕のものだ」
「あやはね、俺のオモチャになるんだよ」そう言って、ゲスな笑顔を作る。
「てめぇ!」とケイの拳がエイジの顔面を歪ませた。
「ぶべしっ!」と地面に転がるエイジをケイは馬乗りになり何度も何度も殴る。
「や、やめべぇ! ご、ごめんなひゃい! ごめんなひゃい!」とやめてくれと何度も懇願するがケイは止まらず、あやが押さえて立ち上がらせるまで続いた。
「はぁはぁ」と息を切らすケイを「もうやめて」と泣きながら抱きしめるあや。
エイジが「あ~痛い! 痛い、ママァ!ママァ!」と地面でのたうち回る。
「あや、こんな奴にお前は渡せない、渡したくない!」と抱きしめるケイ。
「……私、怖くて……ごめんなさい、ケイ……」とお互い抱きしめ合う。
もう行こう、人目もあるし警察が来るかもしれないとケイはあやの手を引っ張り、その場を離れようとする。
「え、でも……」とあやはエイジの方へ振り返る。
そこには仰向けに寝ながら笑顔で親指をグッと立てるエイジがいた。
「おい、あや行くぞ!」とケイが振り返った瞬間、エイジは再び泣き叫びながら、手で顔を押さえて足をバタバタする。
「そんな奴、ほっとけよ。ここにいるって言っても聞かないからな、もうこの手は離さない」
そう言って引っ張るケイに、「うん」と小さな声で力強く答えた。
一緒に駆け出して、あやは最後にもう一度振り返り「ありがとう」と呟いた。
「汝は本当に役者だのう」稲荷が笑いながら、エイジを見下ろす。
ケイの同級生に噂を吹き込み、夕方、学生通りに二人で歩くという情報を流したのはエイジだ。
無実の罪で殴られ、大勢の学生の前で今も醜態を晒している。美人を口説き落とせたのに、動きもしない。
あるのは顔の痛みと地面の冷たさだけ、あやを因果から救うためにエイジは犠牲になったのだ。
「へへ、それほどでも」と地面に仰向けになって稲荷を見上げるエイジ。
エイジの手の甲にある印に稲荷が息をふきかける
「印が消えたな」
「あぁ、これであやの因果はなくなった」
さらばだ、また遊びにいつでも来いと稲荷は消える。
「なんだよ、ついでに俺の傷も治してくれたっていいのに」と唇を尖らせるエイジ。
「あんたなにしてんの?」
横に視線をやると、ユイがしゃがんでエイジを見ていた。
「恋のキューピッド」とエイジはユイの足を見ながら答える。
「恋のキューピッドが地べたで泣き叫ぶの?」
「……今日は白か」
「あんたは!」とエイジの顔を踏み抜こうとするユイの足を、身体を転がして避ける。
その回転を利用して、エイジは宙を回転しながら立ち上がった。
「あんた、ほんと身軽ね」とため息をしながら呆れるユイ。
ユイから事務所で会ったシュウジの様子を話す。
シュウジは記憶を操られ、理由がわからないが稲荷と黒いものを恐れるようになった。
とりあえずは、狐の女は祓えましたがあやに近づけばまた祟られると忠告した。
「もうあやの事はいい、諦める、諦める……!」
シュウジはあやと聞いただけで顔が青ざめていたという。
エイジに、はいこれと封筒を渡す。所長から初仕事達成のボーナスだった。
「やった! 所長は話がわかる人だな」と封筒に入った札の数を数えるエイジ。
ニヤニヤしながら、これだけあればしばらくはエリカに金もらわなくてすむぞと言うエイジにユイはほんとによかったのと聞く。
「なにが?」
「あやさんの事、気になってたんじゃないの?」
ヘヘっそんなのに構ってられないよとエイジは微笑んだ。
「ここにほっとけない相棒がいるんだから」
ユイもまたいじわるそうに笑いながら、
「あら、私も衆人環視の中、泣き叫ぶみっともない相棒がいるの」
ふふとお互い笑う、ぐぅ~とエイジの腹が鳴った。
「仕事が終わったと思ったら、腹減って来たなぁ」
「報酬もらったからおごるわよ?」
「いいの? べこ屋の牛丼スペシャルセットいいの?」と目をキラキラさせながらユイを見る。
ふっふっふっとユイが笑う。
「なに言ってるの、メガ牛丼スペシャルセットにしなさいよ」
いやっほ~とエイジは飛んで喜ぶ。
大げさねぇと笑いながら、二人は仕事終わりの囁かな祝賀会の会場へ向かっていった。




