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第十二話 お稲荷様④

 シュウジは今夜も怯えていた。

 三十を超え、四十近くになっても独身、将来に不安がある、というわけでもない。

 もうすぐ女子高生のあやを脅して自分のものにできる、会社は好調、何も怯える事はない。

 だが、それはこの世の理に沿っているモノが相手であればの話だ。

 この世のモノではない何かにシュウジはずっと怯えている。


 あの胡散臭(うさんくさ)い探偵事務所に解決を依頼してだいじょうぶだったのか。

 またあの女が玄関先に立っていないか。

 不安に駆られながら自室の部屋の窓から、家の玄関先を見てみる。

 そこには街灯に照らされる何もいない入口にある門柵だけがあった。

「よかった、何もいない」とほっと胸を下ろす。

 あのお子様探偵達がやってくれたのだ、これで明日からは安寧(あんねい)の日々が始まる、くっくっくっと笑いが漏れ始める、

 笑った後に『ぐっ~』と腹の虫が鳴いた。夕食はストレスで食事が喉に通らなかったのだ。

 ほっとしたら、小腹が空いてしまったとキッチンへ向かおうと扉を開け、階段を降りようとする。

「あれ? 電気が点かないな」

 カチカチと電気のスイッチを押してみるが、点く様子はない。

「電球切れか?」ともう一度スイッチを押してみる。

 瞬間、階段に光が照らされ階段下まで視界が明らかになる。

 そこに、白い狐の仮面を被った女がいた。

「ひっぃいいい!?」

 なぜだ、なんで、なんでだ、と驚きで腰をぬかしたシュウジは這いつくばりながら逃げる。

「あのクソ探偵共! だましやがって、何も解決していないじゃないかっ!」

 ギッーギッーと背後から階段をのぼる音が聞こえる。

 あの女がこっちに来ていると悟ったシュウジは自室の扉の前で振り返る。

 電灯は、球切れを起こしかけているように点滅を繰り返す。

 階段の下から、少しずつ白い狐の仮面が見えてきた。

「く、くっそ! 開け、開けよ!」

 扉が開かないとシュウジはパニックを起こす、扉の前にいる自分の身体が邪魔しているだけだというのに彼はそれに気づかない。

「っ!」電気が消え、周囲が暗くなり沈黙が始まる、シュウジの耳には自分の心臓の鼓動だけが聞こえていた。

 電気が点いた瞬間、シュウジの一メートル先に女が立っていた。

「ぎゃああああ!!」と家どころか町内に響き渡る悲鳴を上げた。

 その時、扉から身体が離れて、わずかに開く。

 悲鳴を上げ続けながら、シュウジは部屋に入り鍵をかけて、近くにあった本棚を倒し扉が開かないようにする。

「はぁはぁ」と息を切らせて、部屋の奥まで逃げて壁に身体を押し付ける。

 ドンッドンッと扉に衝撃が走り、少しずつ倒した本棚がずれる。

 このままではあいつが侵入してくる、もはや自分の部屋すら安全圏にはないとシュウジは悟った。

 窓から逃げようとカーテンを開ける。

「ひっ!?」

 窓の外には、黒い竜の鎧が立っていた。竜の口がつりあがり、笑った。

 また悲鳴を上げようとした瞬間、窓ガラスを手が突き破りシュウジの口を塞いだ。

「刻限来たれり、汝の裁きがこれより始まる」そう言うと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔にズタ袋が被せられた。

「んっー! んっー!」とズタ袋から声が漏れる、喋れないのは口を塞ぐと同時にガムテープを貼り付けられたからだ。

 そして、シュウジと黒い竜の鎧は夜の空へ消えていった。

 残された部屋には「シュウジーさっきからうるさいわよー?」とドアをノックする音と共に母親の文句だけが響いていた。



 シュウジが地面に投げられ、「うぐっ」とくぐもった声をあげる。

「こ、ここはどこなんだ?」

 シュウジがズタ袋を外すと、そこは森だった。

 灯りはなく、暗闇で周囲はよく見えずシュウジは戸惑う。

 だが、次第になぜ自分がこんな目に合わなければならないのかという怒りもこみ上げてきた。

「おい」と背後から話しかけられる。

「だ、誰だ?」背後を振り返ると、そこには先ほどの黒い鎧が立っていた。


「汝の罪を唱えよ」と黒い鎧は話す。

「な、何言ってるんだよ、あんた。これは拉致だ! お前もあの女の仲間なんだろ? お前ら全員訴えてやるからな!」と必死に抵抗の怒声をあげる。

「あの女も出せ! 変なマジックばっか使いやがって」と顔を指差し、「このクソ共がっ」唾を飛ばしながら罵詈雑言を浴びせる。

「黙れ、詰問の資格は汝になし」とシュウジはビンタされ吹っ飛ばされる。

 黒い鎧は「ウォオオオ」と低い雄叫びを上げながら、手を広げて、天を仰ぎ見る。

 黒い鎧から、漆黒のオーラが吹き出し、次第に狐の形になっていく。

「なっ!?」と再び恐怖がシュウジを支配した。

「に、人間じゃねぇ!」とシュウジは深夜の森を駆け出した。

 必死に、全身の脂肪を揺らしながら走り続ける。

 だが、普段の無精(ぶしょう)がたたって、すぐに息が上がり両手を膝につけて苦しそうに呼吸をする。


 周囲を見渡して黒い鎧がいないことに、なんとかあいつらをまけたらしいとほっと胸を撫で下ろすシュウジ。

「シュウジさん!? シュウジさーん!?」と森の奥から聞きなれた声が聞こえる。

「あれはあやの声?」

「いませんかー? 急に森の中に連れてこられて、シュウジさん助けてー!」

 間違いない、あやだ、あの子もこの森に連れてこられたのだ。これはチャンスだとシュウジは笑った。

 このままあの子を連れて帰り、一人じゃ不安だろうとホテルへ連れ込み、今度こそあの子を抱いてやろう。

『ぐひひ』と気持ち悪い笑いをこらえながら、声がする方向へ向かう。


 そこにはきょろきょろと周囲に首をふるあやがいた。

「おい、あや」と話しかけて、彼女が振り返る。

「えっ?」と固まるシュウジ。そこには狐の仮面を被った女が立っていた。

「見ーつけた」肩を叩かれるシュウジの後ろには黒い鎧が立っている。

 ガタガタと両足が震え始める、あまりのストレスでシュウジは白目をむいて失神した。


 ―――――――――

「案外、うまくいくもんだなー」とシュウジを木に縛り付けるドラゴンズアーマーを纏っているエイジ。

「汝、なかなか良い演技をするな」

 でへへ、それほどでもと頭をかくエイジは縛り終わったシュウジを見上げ、手をパンパンと叩いて払う。

「んっんー」とシュウジが目を覚まそうとする。


「さぁ、仕上げだ」

 そう言って、エイジはシュウジの頬を叩いて起こす。

「んっ? な、なんだこれは?」

 目の前には青白い炎が燃え盛り、その両端にはエイジと稲荷が立っている。

「お前はなぜ、あの女子に執着する?」稲荷が質問する。

「おな、ご? あやの事か? 愛しているからに決まってるからだろ」今更そんな事聞いてどうすんだ、ささっさと下ろせともがくがロープはビクともしない。

「愛するものを脅すとは何故だ?」

「あいつが素直に俺のモノにならないからだ」

「むろんだ、あの子には想い人がいるからな」

「はっ、どうせそこいらの高校生だろ? 将来がわからないヤツなんかより、すでに金も力もある俺についてった方が絶対いいだろ?」と開き直るシュウジ。


「ゆえにお前はこの炎に灼かれ、果てる」とエイジが話し出す。

「な、なんでだ? お前らには関係ないだろ」

「ある、我らは人の色恋を邪魔するものを至上の馳走とする悪霊、お前は魅入られたのだ」

 悪霊という言葉に、稲荷は素早く首をふりエイジを見つめ、わずかに睨んでいる。

「ふ、ふざけるな!」とバタバタと暴れだす。なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだと泣き声を上げ始めた。

「おい、ブーブーうるせぇぞ」とエイジが下からシュウジの頬を掴み上げる。

「女一人、親の力借りなきゃ口説けねぇてめぇは男じゃねぇ、ただの豚だ。俺達が美味しくチャーシューにしてやるって言ってんだよ」シュウジが縛られる木をエイジが押し始める。

 木が少しずつ傾き始め、炎へとシュウジが近づき始める。

「ひぃいい! 熱い! あづぅい!」と悲鳴を上げながら、泣きじゃくるシュウジ。


「待ちなさい!」と森の影から、少女が飛び出した。

 銀髪の髪をなびかせて、「消えなさい、悪霊」と二人に汚い字で「悪霊退散」と書かれた札を投げる。

 エイジと稲荷が「ぎゃああああ」と悲鳴を上げて、暗闇の森へ駆け出した。


「き、君はあの探偵の?」と再び涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でユイを見つめるシュウジ。

「あ、あの二体は昔、結ばれぬ事に嘆いてこの世から消えた男女が悪霊になったものなの」

 棒読みで、目を泳がせながら話すユイ。エイジと違って彼女は演技というものが下手らしい。

 縛っているロープを解きながら、説明を続ける。

「あなたはあやの恋愛を邪魔したせいであの悪霊に魅入られた、今は(はら)えただけで、消し去ったわけじゃない」

「つ、つまり?」

「同じ事を再びしようとすれば、またあの二体はあなたの元に帰ってくる」

「そ、そんな事が……」今でも信じられないとシュウジは首をがくっと落とす。

「まぁ、女は一人じゃないんだし、いつかあなたにもいい相手が現れるわよ」

「ほ、本当か?」とシュウジはユイを見つめる。

 シュウジの瞳がユイの可憐な横顔に釘付けになる。その目は次第に恋膜に染まっていく。

「そ、それなら、君が」

「お断りします」と即答する。

「もう俺には君しかいないんだー!」とユイの胸元へ飛びつこうとするシュウジ。

「っ!」ふいを突かれたユイは反応が遅れた、シュウジの顔がユイに触れかけた瞬間。

「こいつ、女子高生なら誰でもいいんじゃないか?」と元の姿に戻ったエイジがシュウジの襟元を掴み上げながら呆れる。

「エ、エイジ? そのありがとう」と胸を両手で隠し、恥じ入りながら感謝するユイ。


 シュウジは「お、お前また俺を持ち上げて!」とエイジの手にぶら下がりながら暴れる。

「悪いね、ユイの胸は俺の特等席なんでね。空席はないよ」と篭手の竜の口から紫色の煙をシュウジの顔面に吹きかける。

 シュウジはその煙を吸うと静かに瞼を閉じて寝てしまった。

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ」とユイは顔を赤めながらそっぽを向いてしまった。

「へへへ、照れちゃってー」と笑うエイジ。

「と、とりあえずこいつの記憶を操作しないと、後はこいつが事務所にきた時に説明して仕事は終わりよ」

 ユイはシュウジの頭に赤く光る手をかざして、呪文を唱え始める。

 えー俺達の迫真の演技はどうなるのと言うエイジにこのままじゃ今度は私が狙われるでしょうがと怒るユイ。


「もう終わったか?」と稲荷が現れる。

「いや、まだだ」とエイジは稲荷と対峙する。

「汝はほんとにそれでいいのか?」と稲荷はエイジに確認する。

「いい、あやさんの因果は俺が食う」と話すエイジをユイは横目で「お人好し」と呟いた。

次の話で、お稲荷様の話は終了です。

話が長くなりましたが、最後までお付き合いのほどよろしくお願いします。

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