第十一話 お稲荷様③
青ざめた顔で「終わった、終わった……」とぶつぶつ呟くユイとドラゴンファングに咥えられバタバタともがく稲荷。
世間には見つからないようにカンさんに不可視魔術を施してもらいながら、エイジはこの二人を連れて、市外の森に出た。
「あ、あんた、なんて事してくれたの……っていうか、飛ぶなら飛ぶって言ってよ、舌噛みそうになったじゃない」
「悪い悪い」と手を合わせて頭を下げるエイジ。
「まぁ、見ててくれよ。このドラゴンイーターが神様が相手でも闘えるって所を見せてやる」
お稲荷をドラゴンファングから離して、対峙する。
白い装束を夜風になびかせながら、稲荷は何も喋らない。
『マスター、やはりあの正体は』
(わかっている。あのポニーテールの下の綺麗なうなじ、あの綺麗な足、間違いなくあやさんだ。)
『さすがです、マスター。憑依しているので攻撃すれば彼女に直接ダメージが加わります』
「汝ら何故、我の邪魔をする?」
「雇い主がおたくに迷惑してるんだってさ」
「あのシュウジとかいう男か、どこまでも愚かな男よ。こんな小童共に助けを求めるとは」
同感だとドラゴンマウスの口から砲身が伸びる。
「この均衡の稲荷に、刃向かうとはな」
稲荷の周囲に青白い炎が浮かび上がる。それが次第に大きくなり、青白い狐の形になった。
「これが狐火か」エイジは図書館で読んだ妖怪図鑑の項目を思い出す。
昔はこの狐火の数でその年の豊作を占ったり、吉兆のお告げであると伝えられている。
しかし、中には夜の山を歩く旅人を惑わしたり、どこまでも追いかけてきたという伝承がある。
「こんだけの数だ、よかったな、農家の皆さん今年は豊作だよ」
狐火は増え続け、エイジと稲荷の周囲を囲んでいた。
「さぁ、愚鈍な人間よ。まずは貴様の骨を燃やしてやろうぞ」
一斉に狐火がエイジに襲いかかる。
ドラゴンズアーマーの両手に砲身と剣をそれぞれ展開する。
瞬間、エイジの周囲が青白い炎と共に爆発した。
「エ、エイジ?」ユイはエイジがやられてしまったのではないかと困惑する。
その対称で稲荷は驚いていた。
「なん、だと?」
青白い煙を剣が払った。そこに無傷のドラゴンズアーマーが立っていた。
「全て捌ききったというのか!?」
「へへっ」と笑いながら、ドラゴンズキャノンを構える。
「しっかり避けてくださいよ? お稲荷さま?」
「っ!?」瞬間、稲荷の仮面が割れた。
とっさに片手で顔を覆う。
「貴様……!」半分割れた仮面から、怒りに満ちた瞳がエイジを睨んでいた。
「その仮面が主体だと思ったんだが、そうでもないみたいだな」
「当然だ、あやと我はすでに一つだ、魂すらもな」
自暴自棄になった彼女はすでに稲荷にその身を捧げていた。
ならば、稲荷自身からあやから離れるようにするしかないと考えるエイジ。
ドラゴンズキャノンとドラゴンズソードを収める。
「ははは、そうだ人間よ、貴様らの力ではこの娘を救う事はできない。我が我だけがあやを救えるのだ」
高笑いする稲荷の両手を射出されたドラゴンファングより小さい竜の口と化した篭手『ドラゴンズマウス』が抑え、地面に両手を広げて押し付ける。
「なっ!?」と地面に仰向けで離せと、もがく稲荷。
だが、ドラゴンズマウスはビクともせず捕らえ続けた。
「この離さんか! この期に及んで、まさか我ごとこの娘を封ずる気か?」
たった一人の醜悪な男の為に、罪のない女子を犠牲にするとは、と悪態をつき続ける。
エイジは仰向けになった稲荷の上を跨ぎ、そのまま腰を落として四つん這いになる。
兜越しに稲荷の匂いをかぐ鼻息が聞こえた。
「貴様、何を考えている?」
「なんだ、こういうのは初めてか?」普段のふざけた声ではない、艶めき湿った声で耳元に囁きかける。
「ひっ!?」と稲荷の声に反応して、身体がびくっと跳ねた。
全身を舐めまわすように見ながら、匂いを嗅ぎ続ける。
「肉体はあやさんなんだな、やっぱり」
瞬間、稲荷は理解した。この男は自分を慰み者にしようとしていると。
「やめろ、わしは守り神だぞ」
「関係ねぇよ、人間の身体に入ったなら女だろ? 楽しめんだろ?」
それでも中身は稲荷となり神格化された狐だと暴れる。
関係ないね、狐と楽しめるなんて中々機会がないと稲荷の腹をなぞった。
「よ、よせ! お前さてはあれだな! ケモナーだろ?!」
「あ?」と聞きなれない言葉に止まるエイジ。
「現世の人間は腐敗に満ちている、NTRに次はケモナーと来た!」
貴様ら人間の欲望には付き合いきれんと稲荷があやから離れ、エイジの腕の間には制服姿で目を閉じるあやがいた。
「おい、ユイ、こいつの言ってる事わかるか!?」
さっきから顔を真っ赤にしてあわわと口を開けているユイに話しかける。
「し、知らないわよ! っていうか早く離れなさよ!」とエイジを突き飛ばし、あやを抱きかかえる。
「ひどいなー俺の迫真の演技のおかげなんだけどなぁ」と愚痴るエイジを無視して、「命に別状はないわね」とあやを診るユイ。
「ちぇっ」と彼女達と離れて、先程から殺気を放つ相手と対峙する。
「NTRはわかるけど、ケモナーってなんだよ?」とフシューと威嚇しているエボシを被った白い狐に話しかける。
この白い狐こそが稲荷の真の姿だ。
「しらばっくれるな」と稲荷は怒り続ける。
「まぁ、冗談だよ。俺達、話し合った方が得だと思うんだ」
「ふざけるな! あの様な辱めを受けて引き下がるわけながろうが!」
稲荷の周囲に再び、狐火が現れる。
「なんか、勘違いしているな?」その言葉と共に、狐火が弾け飛んだ。
エイジがドラゴンズキャノンで、周囲の狐火を全て撃ち抜いたのだ。
「なっ!?」と驚く稲荷の目の前に火柱が立ち上がり、小さなクレーターが出来上がった。
稲荷の全身から汗がにじみ出て、目は驚きで点になっている。
「稲荷様には人質という大きなアドバンテージがあったんだ。それがなくなった以上こっちが手加減する理由はないんだぜ?」
「話し合いは俺に得があるんじゃない、稲荷様にあるんだよ」そう言って、ドラゴンズキャノンを構えるエイジ。
「我はあの子の為に引き下がることはできんのだ! たとえ、この身が滅びようとも!」
かつて、稲荷はこの世から消えかけていた。
社に祀られた動物霊は巨大な力を得る、それは人々の信仰心を糧にしているからだ。
だが、時代が進むにつれ、お稲荷信仰は廃れていった。
人々は物や機械にうつつを抜かし、社には見向きもしなかった。
その頃の稲荷はもはや、そこいらをさまよう亡霊と同じだった。
そこにある日、少女が一ついなり寿司をお供えした。
お供え物は信仰心の証、それは力の源だった。消えかけた霊体は力をわずかだが取り戻した。
たとえ、少女に自分の声が聞こえなくともせめて、思いだけでも伝えたかった。
「ありがとう、ありがとう」と自分の化身である社の像に手を振る少女に涙を流しながら感謝した。
その後も少女は何かとこの社の世話をした、次第に稲荷も元の力を取り戻しつつあった。
ある日、母親と共に来た時の会話を聞いた。
「あや、なんでこんなにお稲荷様を大事にしてるの?」
「ママ、この社の中にね、白いキツネさんの像があるの。とっても綺麗なんだよ」
「あれはお稲荷さんって言うんだよ、それで世話してるの?」
「ううん、白い狐さんがね、すごい寂しそうだったの、元気もなくてだからおうちからいなり寿司をもってきたらとっても喜んでいたの!それでね、ありがとう、ありがとうって言ってたんだよ」
白い像は道具でごはんを食べないんだよと笑う母親、えー違うよーと頬を膨らませる。
その時、稲荷はただただ少女を見ていた。
しかし、今の少女は自分の事は見えていない。恐らく成長してもう自分の姿は見えないのだ。
「我の言葉はこの子に届いていたのだ、しかし今は我の声は聞こえない」
ならば、せめてこの子が自分に何かを祈った時、その時はこの子の祈りを聞いてやろう。
「ゆえに引き下がれぬのだ。我はこの子の祈りを聞く義務が、義理があるのだ」
上唇を釣り上げ、牙をむきだしながら威嚇する。
「なら、なぜあやさんがこんなに苦しまなければならない?」
「我は均衡の稲荷。光がある所に影がある様に、善い事が起きれば悪い事が起きるようになっておる。これは我の固有能力だ。どうする事もできぬ」
あやの祈りは、父親の会社を救ったが、シュウジという自身の不幸を引き寄せた。
シュウジ一家が不幸になるが、あやは彼氏と仲が悪くなる。
彼女の祈りを聞けば聞くほど、彼女を苦しませてしまう葛藤に稲荷もまた苦しんでいた。
「お前はどうなってほしいんだ?」
「何?」
「あやさんにどうなってほしいんだ?」
「無論、幸せを祈っている。だが、それはもはや叶えられぬ」
「いや、出来る。俺に考えがある」
「貴様何を考えている、ここまでの力を持つお前はなんなのだ?」
ふっとエイジが笑った。
「俺はドラゴンイーター、そう呼ばれていた」