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第十話 お稲荷様②

 じゃあ、後は任せるから。絶対今夜から仕事しろよとシュウジが事務所から出て行く。

「ユイ君、コーヒー淹れてよ」と所長が言った。

 ユイが、はいはい所長はいつも自分以外の誰かにコーヒー淹れさせるんだからと慣れたようにキッチンへ向かう。

 男が淹れたものより女の子が淹れたコーヒーの方がうまいんだよと言う所長。

「ところで、あの依頼主の件。なんでわかったのエイジ君、きみ霊視とか出来るの?」

「いや、昨日テレビでそんな怖い話してたから」

 二人してエイジを見て固まる。

 いや、だってそんな感じの話だったじゃんとエイジはふてぶてしく言う。

「はぁ」とユイがため息をついて、「エイジ君は今度から少し黙ろうね?」と所長は口を引きつらせる。


 事務所を出て、学生やサラリーマンが行き交う駅前通りをエイジとユイが歩く。

「深夜の張り込みなんて、いよいよ探偵らしくなってきたじゃないか」

「今まで魔力磁場の安定化とか地味な仕事ばっかだったからね」

 まぁ、ただのストーカーならエイジの出番はないかもしれないけどねと言うユイ。

「へへへ、相手が強敵だった時は任しといてくださいよ」とエイジは胸を張って、胸をこぶしで叩く。

 ユイと深夜十二時に会う約束をして別れる。

「そんじゃ、時間に遅れないようにね」とユイは駅の方へ向かった。


「あれはあやさんか?」

 バス停へ向かう途中、子供達も帰ったのか寂しさすら感じられる公園のベンチに昨日助けたあやがいた。

 ただ一人、誰も見向きもしない公園の奥のベンチで遠くで行き交う帰路につく人々を見ている、その瞳はどこか虚ろで頬に線が流れている。

 彼女は泣いていた。

 竜の目の遠視能力でその様子を見たエイジは公園に入り、あやの隣にそっと座った。彼女はエイジに気づかないのか微動だにしない。


「いい女が雨も降ってないのに頬を濡らすもんじゃないっすよ」とはいこれとハンカチを手渡す。

「エイジ君?」と少し驚いて、ありがとうとハンカチを受け取る。

 何があったのかと聞くエイジ、少しばかりの沈黙の後にあやが話し始めた。

 今日の放課後、いつもの様に幼なじみの彼氏と会った時、彼から衝撃的な言葉を聞いた。

「あや、お前昨日、男とラブホ街へ歩いていったらしいじゃないか」

 その言葉を聞いた瞬間、全身の血が凍りついた。

 疑心に満ちた彼の目をあやはただ見つめる事しか出来ない。

「あや……」と自分の名前を言った瞬間、彼女は走って逃げた。

 言葉が見つからなかった、話して信じてもらえるか、それとも、もう汚れた女と思われたのか。

 彼女は疑心と不安に塗りつぶされていた。

「ずっと小さい頃から一緒だったの、今年の春にお互い好きだった事に気づいた、私はそれだけで……よかったのに」


「そっか」とエイジは言う、何がそっかなのよと赤くなった瞳であやが睨む。

「もう、ケイも私の顔なんて見たくないだろうしさ、いっその事シュウジさんと一緒になっちゃおうかな」

 アハハと狂ったように笑い始めるあや。

「それは許さない」とエイジがあやを睨む。

「なによ、エイジ君には関係ないでしょ? あぁ、なんなら一緒にラブホにでも行く? いいわよ、もうどうだっていい」

「あやさん、もうすぐ終わるって言ったよな? あれはなんで?」

「あぁ、そのこと? ふふふ、信じてもらえないと思うけど、私の近所のお稲荷様に祈ったの」

 彼女の近所には古くから祀られているお稲荷様を祀る社があった。

 あやは昔から社に祀られた白い狐の像が好きだった。誰も見向きもしなくなった社をあやだけが丁寧に世話をしていた。

 ある日、父の会社の業績が悪くなり助けてと祈った時、大手企業が出資し立て直した。そのかわりシュウジがあやを狙うようになる。

 その時もお稲荷様に祈った、そしたらシュウジの父親やシュウジ自身にも不幸が起こるようになった。

「だからね、もうすぐ終わるのよ。こんな目に合わせたシュウジがどんな末路を辿るのか、私は見てみたい」

 もう帰るねとあやはベンチから立ち上がり、駅へ向かおうとする。

「待て」とエイジがあやの手を掴んだ。

「まだ何かあるの?」と睨む、もうほっといてよと振りほどこうとしてもエイジの握った手は解けることはない。

「確かにもうすぐ終わる」

「え?」

「俺が終わらせる」とエイジは信念のこもった瞳であやを見る。

「あんたが何を見たいか知らない、だが俺はあんたに悲劇だけは見せない」そう言って、エイジは公園を後にした。



 深夜の住宅街の路地裏に二つの影がある。

「ちょっと、エイジあんたアンパンと牛乳ばっか食べてないで、見張りなさいよ」

「ん~? もっぎゅももぎゅも」とエイジはアンパンをほお張りながら喋る。

 何言ってるかわかんないわよとユイが呆れる。

「こっちは屋敷から出るのに体力使ったんだ、食べないと死んじゃうよ」

 エイジはひどいと感じるほど食べ物の消化が早かった、それは異世界帰りゆえの弱点だ、異世界の食物と現実世界の食物のカロリー差は三倍近く違う。

 ドラゴンイーターの力を使えばより燃費が悪くなる、ゆえにエイジはこうして深夜にもかかわらず高カロリーのアンパンを貪っていた。

「あんた、そのすぐおなかがすくのなんとかならないの?」

「ならない」とエイジは即答する。

「ドラゴンさえ食えれば、もうちっとマシになるんだけどねぇ」

「ドラゴンなんて伝説級の化物、そうそう出てこないわよ」


 エイジはかばんをごそごそとし出す。あったあったとゴーグルを取り出した。

 あんたさっきからなにごそごそしてんのとユイが振り返る。

「これ? 暗視ゴーグル」と言って頭から被り、顔がまるでカメレオンのようになった。

「そんなの使わなくたって、竜の目とかいう便利な物あるじゃない」

「あれは使うと余計に体力を消費するんだよ」とエイジはおぉ見える見えると周囲を見渡す。

「さすが世界のライザラス! こんな高性能な物を安価で提供するなんて、本国じゃ調子悪いけどこれからもがんばってもらいたいね」

「あんた、それオモチャ屋で買ったの!?」ほんとに見えるのかしらとユイが眉をしかめる。

「まぁまぁ、性能は十分だよ。なんならユイちゃんのスカートの中を見ちゃうぞ~」


 ばかばかしいとユイは再び見張りに戻る、杖の先端にある宝石の上には火の輪が出来て、火の輪を覗くと昼間のようにシュウジの家の前の道路が映し出されていた。

 そこに、神社にいる宮司が着ている様な白い和服姿の女が立っていた。

 上半身は立派な白い装束姿だが、下はスカートを履いている、それも自分達と同じ学校の制服だ。

 顔は狐の面を被っていて見えないが長い髪を後ろにまとめたポニーテールにしている。


「エイジ見て!」姿勢を低くして屈むユイ。

「ん? ほんとにいいのか?」とたじろぐエイジ。

 なに遠慮してんのよ。少しぐらい近づいてもいいわとユイが手招きする。

「エイジ、どう思う?」とユイは緊張した顔持ちだ。

「大人っぽいな」

「えぇ、だけど下はうちの制服、つまりは学生ね」

「あぁ、ピンクの布越しでもわかる小ぶりながら肉つきのいい尻、まさにスカートの中で桃源郷を作りだしてる」

「エイジ、どこ見てるの!」と相手は女とは言え、正体不明の敵をいやらしく見ているエイジに怒り、振り返る。


 そこにはしゃがんでユイのスカートを覗きこんでいるエイジがいた。

「なにしてんの、あんた?」

「いや、見ろって言うから」ときょとんとするエイジ。

 誰が私のスカートの中を見ろって言った!あっちよあっちと狐姿の女を指差す。

 あ、そっちかとシュウジの家の前を見るエイジを「このパンツソムリエが」と罵るユイ。

(カンさん、どう思う?)とエイジがカンさんの意見を聞く。

『あれは狐が信仰心によって神域にまで昇華された妖怪みたいですね。神域の獣とは言え、マスターの手に負えない相手ではありません』

(なるほど、ありがとう。なら安心した)

「きつね、お稲荷さんだね」

「えぇ、土地の守り神よ、私には手に負えない、悪いけどエイジにも無理だと思うわ」

 そっかとエイジがドラゴンアーマーを纏う。

「ちょっ、あんた何してんの!?」と驚くユイ。

「ん? なにって事件解決に決まってんじゃん」とエイジがドラゴンファングを構える。


「やめてーー!!」と悲鳴をあげるユイの腰を強引に抱えて、ドラゴンファングがお稲荷さんへ伸びていった。

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