その998 『if その11』
結局、シズリナの言葉が正しいのかどうか、セラに確かめる時間はなかった。どちらかというと、克望がその話を耳に入れたときのほうが問題であった。刹那は話を聞いているために、必ず伝わる。そうすると克望が今後どう出るのか予想できた。故に、すぐに逃げることを決意した。
ましてや、イユたちが追ってきているのが塔の上階から確認できた。刹那の報告に、セラはサロウに反対側から降りて飛行船に乗ることを提案した。サロウの手には、シズリナがいる。サロウは当然反対しなかった。克望はまだシズリナから受けたナイフの傷、『龍の因子』によって意識が朦朧としていた。それ故に、反対できなかった。
飛行船に乗り込んだところで、誰かの叫び声が聞こえた気がしたのは、きっと気のせいだろう。さすがにイユたちが追いついたとしても聞こえるはずの距離ではないからだ。
それよりも、セラは一刻も早く飛行船から降りる方法を模索していた。克望は元々ブライトのことも警戒しているのだ。贄という手段が無効と分かったうえで、セラは『大いなる力』の一端を知った。そのうえでカルタータに関わる魔術書を確保している。重要な情報を握られていると思われても不思議でない。
「悪いけれど、あたしはここまでかな。てきとうなところに下ろしてよ」
操縦桿を握るサロウの表情は読めない。ただ、
「シズリナの身柄は確かに預かる。それが約束だからな」
と念を押された。
「リュイスを取り逃がしたのは克望にとって痛いだろうけれど、それが約束だしね」
克望の意識がはっきりと戻っていたら、反対されたかもしれないが、そうはならなかった。代理の刹那も黙っていたからだ。
「参考までに聞きたいのだが」
「何かな?」
サロウに問われ、問い返す。
「魔術書はどうした?」
聞かれるとは思っていた。
「持ってないよ」
そう答えると、サロウは感情を見せぬ声音で問い質す。
「だが、中身は見た」
「みたね」
嘘はつけなかった。嘘をついた途端、サロウが振り返って大剣を振り下ろす未来が見えた気がしたからだ。
「何が書かれていた?」
――――素直に答えたら、きっとシェイレスタは戦火に呑まれる。
その考えが、最初に過った。サロウは戦争を望んでいないが、だからといって知られても良いとは思えなかった。もしサロウが今後誰かに記憶を読まれることになったらと思うと、喉が萎んだ。心変わりしても同じことだ。サロウは『異能者』に憎悪を向けている。その憎悪が人に向かないなどとは、決して言えない。
だから、これは賭けだ。
「『大いなる力』について」
ぴくりと、サロウの肩が反応した。感情を隠しきれていないように映った。
「聞きたい?」
きっとここで、克望の意識がはっきりしていたら、ブライトはその場で刹那に斬られていた。
「……いいや」
しかし、今応答できたのはサロウだけだった。彼はこう答えたのだ。
「目的の堕ちた島の姫は確保した。それで、良しとしよう」
シェイレスタに戻ってから、ギルドに再度出向いた。
「まさかシェイレスタの都を離れるとは思いませんでしたよ」
受付に向かった早々、男に案内されて部屋へと入る。そこで第一にそう言われた。
「やることがありましたので」
にこりと微笑むが、ブライトとは似ていなかったかもしれない。ため息を吐かれた。
「あなたが克望様、サロウ様の両名と接触を図ったことはこちらでも確認が取れています。何をされたか知りませんが、もう戻ったということは片付いたとみて良いですね?」
片付いたかと聞かれると正直に言って怪しい。
「微妙なところですが、こうしてあなたに会えたので両名から得たカルタータに関する情報はお伝えできます。その情報があれば、多少の手掛かりにはなるかもしれません」
素直に克望たちの情報を伝えるが、男の表情は変わらないままだった。
「主にはお伝えしましょう。しかし、危険を冒すに足る報告には聞こえませんね」
「それは失礼しました。やり残しをなくそうと思うと、多少の無茶はできてしまうようでして」
男に切り返したところで、話を変える。
「それよりあたしの動向を確認していたのです。克望の所在は掴めていますでしょうか?」
さすがに他国の重役だけあって常にマークされているのだろう。男は頷いた。
「克望様と思われる人物がシェパングに戻ったとはお聞きしています。目撃情報もあるので確実でしょう」
安堵した。少なくとも克望は今、セラをどうこうしようとは思っていないらしい。式神を向かわせている可能性はあるが、まだ多少の危険は減る。同時に、セーレはもう襲われた後だろうと予想する。要件が片付いたから、自国に戻ったとみるべきだ。
「それを聞いて安心しました。サロウの情報を得ているのですか?」
「サロウ様も同様に自国に戻られたようです。さすがに確実な目撃情報は得ていませんが」
サロウは何処かで克望を降ろし、シズリナを連れて自国に戻ったとみている。確証は得られなかったが、致し方ないだろう。
「それで、まだやり残しが?」
「えぇ、職場に戻ります」
再度のため息を見るに、どうも余計な苦労を背負わせてしまったようである。内心謝りながら、
「お気をつけて」
という男の言葉を受け取った。




