その997 『if その10』
「複雑に入り組んだ何かの現象って感じかな」
セラの説明に
「ふむ」
サロウは考え込む仕草をした。
「思いのほか考えさせられる意見だ。克望殿は何かないのか? 我々はそれなりに情報を提供したつもりだ」
サロウは、暗に克望だけが大して情報を提供していないと責めた。それは結局克望から刹那へと視線が刺さることになるのだが、当の刹那は無表情に受け流している。
「……どこまで本当かは確証がないが、我らの研究機関で言われていることはある」
故に克望は明かした。
「……それってつまり、『堕ちた島の姫の供物』……、要するに贄がいることで、『深淵』が収まるってこと?」
それは他ならない、克望から話を聞いたセラの言葉だ。あまりの衝撃で責める口調になったのはどうしても止められなかった。
「確証もなければ詳細もわからないことよ。だが、解決法のみを導き出す魔術というものもあるであろう」
占星術の一種を指すのだということには、すぐに気づいた。ほかでもない、シェイレスタの運命を綴った書物が王立図書館に眠っていた。それならば、他国でも同様に何か記されていてもおかしくはない。
「ともかく、贄の存在で『深淵』の制御ができるようになる可能性はある」
サロウが、
「なるほどな」
と呟く。
「それが『大いなる力』の正体とみているわけか」
その発言で、セラも気がついた。
「にしても、この情報を皆に展開していないのって……」
「実際のところ、『深淵』と贄の関係は明るみになっていない。もし、あれを自由に操作する力であったならば、関係者は少しでも減らさなくてはならぬよ。特に、特定の過激派には」
克望の発言で、それが政敵である抗輝のことを指すのだというのはよく伝わった。
「ふん。それを我々に提供するのは少々意外だったが、狙いは分かった」
飛行船が目的地を見つけたようで、旋回し始める。窓から傾いた景色が映った。
「そこの少年、ことが済んだら譲ってやろう。こっちは堕ちた島の姫を求めていたのだ。約束通り、それさえ入れば手を引くこととする」
克望がほくそ笑む。サロウの表情は、操縦桿を握っているせいで背後にいるセラには見えなかった。
「相変わらず、話が早くて助かることよ」
堕ちた島の姫は、シズリナというらしい。塔に着きリュイスを牢に入れたところで、三人は話を再開した。
「左様。ブライト殿の情報を既にシズリナ殿には渡してある。この場所も鳥を飛ばして伝えている。よって、時間の問題といえよう」
正直、克望がおいそれとシズリナを呼ぶとは思っていなかった。恐らくシズリナを呼ぶことにしたのは、堕ちた島の姫の供物が手に入ると予想できていたからだ。はじめから、シズリナを交換条件にするつもりでいたと思われた。
「そこの少年の記憶を読み、共有しようぞ」
サロウは、頷いた。
「それで構わん。だが、嘘の情報を共有されても敵わない。記憶は一人ずつ確認とする」
「信用のないことよ」
克望は懸念の表情を浮かべるが、反対はしなかった。
「だが、『魔術師』としては当然の警戒だ。解釈違いが発生するとも限らん」
とサロウに言われ、
「それは当然のこと哉」
と渋々頷いたのである。それで、セラはすぐにリュイスの身を案じることになった。相当の負担があるだろうと、予想されたからだ。
「ブライト殿は問題ないか?」
「元々あたしもそのつもりだし、いいよ。ただ、約束通り式神は貰いたいかな。あと信用してないわけじゃないけれど、貰う式神は、克望の意識と切り離してもらいたいね」
ブライトもまた交換条件を提示する。
「良き哉。されど、我の支配下にないことをどう証明する?」
「魔術の痕跡って言いたいところだけど、厳しいかな」
濁したのは、サロウが克望の異能を知らない可能性があるからだ。そして、それを敢えて黙っていると、暗に伝える。
「なるほど。では、それを担保に信用してもらうとしようぞ」
「今後の付き合いを考えると、二人は続きそうだしね」
克望から式神を受け取る。それを大事にしまっていると、克望に問われた。
「参考までに、その式神でどうするつもり哉」
「単にあたしの代わりの生贄になってもらうよ。あたしはもう貴族として生きるつもりはないし、表舞台から去って研究人生でも送ろうかなと」
それから、にかっと笑ってやる。
「なんなら、亡命先候補にいれるよ」
「指名手配犯を匿えとな?」
そうは言うが、克望からするとありな提案だろう。
「ブライト殿は来ないだろう。克望殿の国は失礼ながら不安定が過ぎる。戦争の種にはされたくあるまいから、我としても止めるところだ」
サロウがそう言って見せたのは、セラにはある種意外に映った。『異能者』への恨みを持つサロウだが、戦には反対の姿勢なのだということを意識したからだ。
「まぁ、克望のことを信用していないわけじゃないけれど、抗輝の存在は懸念事項だしね」
克望は肩を竦めてみせた。
「全く、身内に問題児を抱えるとやりにくいことよ」
「全くもって同意する」
サロウの同意は、セセラウスを思い描いたものだろうかと、セラなりに思案した。
もしリュイスの記憶が読めたら、リリスのことがもっとよくわかるかもしれなかった。だが、正直見るのは怖かった。人の記憶なんて、本当はひょいひょい覗けて良いものではないのだ。娘の最期を見るために娘と仲良くしていたという子供の記憶を覗くなど、どうかしている。
幸いにして結局、その順番は回ってこなかった。克望が記憶を覗いたところで、シズリナの来訪があったからだ。
「……お前たちは、あの少年を『贄』だと思っていたようだが、あれは『贄』にはなれない」
シズリナの言葉には、さすがに思考が止まりかけた。
「……へぇ?」
堕ちた島の姫であるシズリナは、リュイスを探し求めていた。その理由は、恐らくリュイスこそがカルタータの『贄』、堕ちた島の姫の供物になりうるからというのである。その、聞かされたばかりの新事実が早速翻った瞬間だった。
「『贄』は『龍族』では務まらない。それでは、カルタータの地に『龍族』以外の人間がいた意味がない。勘違いも甚だしいな」




