その996 『if その9』
三角館を出て、サロウの乗ってきた飛行船に乗り込んだ。サロウ自身が飛行船を操縦するのを見て、刹那がリュイスを縛り始める。
「念の為、眠りを深める魔術を掛けておくね」
セラもそれに便乗し、それからサロウに尋ねた。
「どこか落ち着けるところは知っているのかな?」
答えたのは克望だ。
「この近くに塔がある。いざというときはあそこで待ち合わせる予定だ」
既に二人で打ち合わせていたらしい。
「了解」
返事をしながらも、警戒は緩めなかった。サロウの飛行船はやはり法陣らしいものが一切なく、徹底されている。けれど、セラはこの中では最も弱者だ。サロウのように大剣を持ち込んでもなければ、克望のように刹那がいるわけでもない。いざとなったら魔術を発動することだけを考えて、ふっと息を吐いた。
違うなと思ったからだ。ブライトならば、ここで攻勢にでる。
それに、克望とサロウと、セラの三人が揃ったことで、ようやく話し合いの時間がとれる。おかしな話だ。カルタータ研究会と命名されて以来、三人が揃ったのはこれが初めてのことなのである。だから、この時間を使わない手はない。
「そういえば、サロウも克望もイクシウスの国王の崩御があったのに普通に来られるんだね」
日程を考えてそう尋ねると、サロウからは
「問題ない」
と返ってきた。
「確かに強行軍ではあったが、克望殿とともに国葬には参加している」
その後の行事には軒並み参加していなさそうだが、それでよいという判断らしい。克望はともかくサロウはイクシウス内の国政を鑑みると何かありそうだったが、優先順位はカルタータのほうが上とみているようである。
「『深淵』の脅威はそれほどに高いということ哉」
克望の発言に頷きながら魔術を発動させる。これで、リュイスは暫く起きないだろう。
「イクシウスも今は混乱状態だ。そのうちにまた動きがあるだろうが、そのときでよい」
サロウの言葉に、セラなりにイクシウスの『魔術師』たちを思い浮かべた。一時期に比べれば、他国といえど貴族の関係性は分かるようになっている。だから、サロウのいう動きというのがジャスティスやオスマーンといった他の貴族のことを指しての発言だと分かる。同時に国王の崩御がイクシウスの『魔術師』の誰かによるものだとも想定できていた。
「それよりも、折角よ。塔に到着するまでやれることはないのだ。それまでは、カルタータについて話すとしよう哉」
克望の発言の横で、刹那がちらりとリュイスに視線を向けたのを見つける。言葉にこそ出さないものの、気にしているようであった。
「賛成。時間は有限だしね」
『深淵』はカルタータにより引き起こされているか否か。それがはじめの議題だった。答えはイエスともノーとも捉えられた。
「……つまり、カルタータが滅ぼされた瞬間に意図的に『深淵』を生み出したのか、カルタータが滅んだことで偶然何かが起きて『深淵』が引き起こされてしまったのかがわからない限り、はっきりしないと思うんだよね。結局のところ、目的が分からないから」
セラの意見は、過去にブライトから教えてもらった手紙の内容そのものだ。
「一理ある哉。そうなると、少しでも正体に近づくために、互いの情報を共有しておくのがよいと?」
「そういうこと。何か出せる?」
ブライトの問いに、克望は頷く。
「カルタータが滅んでから十二年。この年月の間に何らかの綻びが生じたとみている。そしてそれは徐々に大きくなっているという哉。故に、『深淵』の目撃情報がここ数年になって増え始めている」
「綻び……って、どんな?」
「具体的な内容は分からないままよ」
それがわかれば困らないのだと、克望が述べる。
「分かっていることといえば、それは『異能者』も同様だということだ。明らかに十二年前からその数が増加している」
さすがは異能者施設の施設長だけあって、『異能者』の数を抑えているらしい。サロウからの発言があった。それにしてもと、セラは考える。『異能者』嫌いのサロウの言葉だと思うと、サロウのカルタータへの執着の理由が少し見えた気がする。
「そして、龍の鳴き声の噂も最近かな?」
「いや、それは昔から言われていたことよ」
克望の言葉からして、恐らく間違いないだろう。
「あと、あれかな? 多分だけど、カルタータを滅ぼした要因がセセラウスたちにありそうってこと」
サロウが溜息を吐いた。改めて、とんでもないことをしてくれたものだと思ったようである。
「それは十分に察している。異能者施設を調べたところ、セセラウスによるカルタータの占領計画も出てきたからな。だが、セセラウスは『深淵』について言及していなかった。奴の頭はあの地に住む『龍族』をどう自分の物にするかしかなかったからだ」
イクシウスとしては、『深淵』を引き起こした元凶になるかもしれないのだから、セセラウスの存在は今となってははた迷惑なのだろう。
「ほかに何か情報はないのか? お前たち二人共がカルタータの関係者と接触があるはずだ」
お前とサロウに言われ、視線を向けられたのはセラと刹那だ。刹那は小首を傾げる。それを見て、克望が見下すような視線を追加した。
「見ての通り、うちのは不出来が過ぎる。次の目的地だとか船員たちの外見的特徴といった情報はあるのだが、カルタータに関してはこれといってない哉」
そうしてセラへと視線を移した。代わりに答えろということらしい。
「うーん、参考になるかわからないけれど、『深淵』についてカルタータの関係者であるリュイスたちが知らなさそうだったんだよね。フリかもしれないけれど」
当時の様子を振り返って発言する。
「なるほど。少年の記憶を読めば済むことだが……、たとえ読んでも骨折り損の可能性も高いということか」
「うん。カルタータが故郷とはいっても、やっぱり王家でないと詳しくは知らない可能性が高いよ」
サロウの言葉に、セラは頷いて返す。
「ただ実物を見た限り、あたしは魔術の類ではないと思ったかも」
「ほぅ……?」
黒いシミは近づくものを吸い込む悪夢のような何かだ。強力な力であることは間違いない。だが、魔術や異能とは違う。ブライトにも伝えたことがあるのだが、セラだからわかる感覚がある。
――――あれは、マネできない。




