その995 『if その8』
「堕ちた島の姫の供物は、そこの翠の髪の少年だよ」
『予定を変更する代わりに、お土産を持参します』
サロウへの手紙にははじめにこう書いた。セーレにいた頃、インセートで暗殺者に襲われたときだ。――――あれは恐らくセセラウスに支配された犠牲者の一人ではないかと予想していたが死んでしまったので真偽は確かではない。むしろ、ハッタリで断言してみせた暗殺ギルドの線もあり得ると思っている。カタラタ辺りがやりそうなことだからだ――――、ともかくも、そのせいで魔術を使う機会を得たときの話だ。
『いつもの三人で会えることを楽しみにしています』
『だから、漏れがないようにお伝えください』
そうして、『堕ちた島の姫の供物』であるリュイスの名前を綴った。何故リュイスだと分かったのかと聞かれたら、ひどく簡単なことだと答えよう。イユの記憶を覗いた先で、ほかでもない飛竜に乗った女暗殺者がリュイスを敵視していたからである。カルタータに関わる飛行船に乗ったこと自体が奇跡に近いが、そのカルタータに関係するであろう『龍族』を目の敵にする女がいて、どうして無関係と言い切ることができよう。
答えは否だ。ましてや、『堕ちた島の姫』というだけあって姫は女だ。性別でも符合する。そのうえで、女がシェパングの装束を身に着けていたことも根拠の一つとした。サロウが堕ちた島の姫を探し、克望は堕ちた島の姫の動向を入手している。その状況を考えるに、女はシェパングに身を寄せていると想定できた。
『いつもの三人』と書けば、サロウならば克望と自身を指していると気づいただろう。そうして、漏れがないようにセラは要望を書いた。『紙切れをくれ』とお願いしたのである。
素直に式神と書かなかったのは、『異能者』嫌いのサロウが式神のことをどこまで認識しているか、分からなかったからだ。セラのなかでほぼ克望は『異能者』で確定であり、式神こそが異能だと断定していた。だが、サロウは式神を魔術と捉えている可能性があるし、下手をすると式神自体を知らないこともあり得る。故にあくまで『漏れがないようにお伝えください』と書くことにしたのである。サロウがわからなくとも、克望とは既に相談している。克望ならばすぐに分かると思ったからだ。
三角館にある議事堂。その中央で待つ二人を見つけたとき、セラはすぐに目的がリュイスだと伝えた。それを受けたレパードが、かばうようにリュイスの前へと出る。分かっていた動きだ。正直このまま逃げてもらっても構わなかった。これはただの悪あがきだ。セラが助かるための一手にすぎない。そのためだけに彼らが犠牲になる必要があるのかは、決めかねていた。リュイスたちがリリスと関わっていたなら尚のことだ。
リリスの死については、正直受け入れていなかった。イユの記憶では、リアが死んだとしか出てこない。だから彼らに関係があると知っても、彼らを恨もうとは微塵も思えない。
けれど、もし機会があるならばリュイスに直接問いただしたかった。その機会が欲しかった。
克望が鼻を鳴らす。そうして不満そうに発言された。
「ふん。約束を違えて、我々の獲物を釣ってきたか」
やはり、克望の機嫌は悪そうである。勝手に刹那を都合よく使い、それを自身の手柄としてちゃっかり式神の要求までするのだから当然の態度だろうと予想はできた。
「手柄を横取りしたのは悪かったって。あんな偶然、中々ないことだから、ついね」
にこやかに謝っておいたが、多分克望の気は晴れないだろう。あとでしっぺ返しされないようにしたいところである。
「それで、おまけの中身を聞かせてもらおうか」
サロウの発言に、ブライトはにこりと笑った。誰のことを指しているのか分かったからだ。
「中身も何もあまりにも奥さんにそっくりだから、一目で分かったんじゃない」
サロウは、それに取り合わない。
「貴様が何を言いたいか露ほどにも分からないな」
少し頭を掻いた。セラ自身はサロウに頼んだのにリリスには会えなかった。逆にサロウは、娘のイユに出会えたのだ。諦めもあったが、もう少し違う反応を期待してもいた。だから、違和感だけは胸に留めて、こう問うたのだ。
「そう? サロウ・ハインベルタともあろう人が、ずっと探していたご息女を見て、わからない?」
正直、サロウの考え方はまるで理解できない。けれど、イユの記憶からサロウの形相を見ていたから、そうでないとよいと思いつつも、想定することはできていた。同時にブライトと母の関係を知っていたから、心の平静は保てた。イユの身体に突き刺さった大剣が抜かれ、そこから赤いものが零れ落ちるのを見ても、顔色は変えずにいられた。
幸いにして、ギルドで頼んだワイズへの言伝が活かされたのは、その時だった。
「どうも潮時らしいな。これ以上騒げば、我らの存在が見つかる」
克望の言葉で、何やら周囲が騒がしいことに気がついたのだ。
「この男はどうする。生きていては、奴らに記憶を覗かれるぞ」
「さっさと殺すしかあるまい」
克望の一言に、緊張が走る。その正体は、レパードが克望たちに向けた視線だ。レパードにはそういうところがある。死線を潜り抜けた人間だけが発せられるような独特の気配だ。それが伝わったからこそ、サロウも刹那もすぐには動かない。そして運もレパードの味方をした。
無数の足音だった。建物の外から、議事堂に向かって走ってくる。
「あちゃー、この異様な早さはひょっとしなくても、ワイズ派かな。残念だけど、その時間もないかも。悪いけど、今すぐに逃げよう」
言っている間にも、動いた。内心こうも上手くいくものなのかと愕然としていた。いつも不思議だったのだ。ブライトの立てた計画は、不確定要素を孕んでいるはずなのに、見越したように上手くいく。まるで、奈落の海に沈んだとされる、ラプラスの悪魔でもみているかのようだった。
「いいのか、記憶を覗かれるぞ」
「すぐには無理でしょ。そうなる前に、あたしの『手』を使う」
そう確約すると、意外と反対はされなかった。内心の動揺を見られなくて良かったと思いながら、先導する振りをして彼らに背を向け続けた。




