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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
994/1011

その994 『if その7』

 声を掛けるか悩んだが、やめておいた。二人がいなくなったのを見計らって受付に行く。

「ご無沙汰しています」

 そう挨拶をすると、金髪の受付の男が駆け込んできて、すぐさま奥へと通された。

「もうお戻りにならないかと思いましたが」

「勅命を拝命して、それはないでしょう」

 グラスに渡された水をいただく。男が先に自身のグラスに口をつけたので、毒がないことは確認済みだ。

「では目的のものを?」

「はい、これです」

 セラはペンダントを魔術書に戻してみせた。

「カルタータ、確かにそう読めますね」

 王家の手だけあって、古代語を読み解けるようだ。男の声に頷く。

「目的の記述はあります。羅針盤にて確認済みです」

「お渡しした羅針盤はどうなりましたか」

「申し訳ございません。騒動の時に無くしてしまいました」

 複雑な顔を向けられたのは、当然だろう。簡単になくして良いものではない。

「王家の方が身を切る覚悟をして、お渡ししたものです」

「存じ上げています。如何なる処罰も受けましょう」

「貴方が受ける処罰はとうに決まっています。……それが分かっていてお戻りになったのでしょう?」

 こくんとセラは頷いた。

「だから、私が来ました」

「……なるほど。そういうことですか」

 それだけで、男にはわかったようだ。どこか同情の視線を向けられた。

「ほかに成したいことはありますか。最後ぐらい、職場に顔を出されますか?」

 確かにエドワードたちが今どうなっているのかは確認したい。セラが知ったところで手が尽くせるものでもないが、ブライトならばそうしただろう。そこまで考えて、今のセラはブライトなのだと改めて意識する。そして、ブライトのやりたかったことを謳歌したいとそう考える自身に気づく。ブライト自身が体験するわけではないのに、セラの考えるブライトにやりたいことをやりきってほしいと考えてしまう。

 可笑しいかもしれない。だが、事実それがセラのやりたいことなのだ。

「どうかなさいましたか?」

 緩んだ口元を引き締めた。同時に、打てる手は打つと決めた。

「……そうですね。それもやりたいことではありますが、先に頼まれて欲しいことがあります」

 都への封鎖と、刹那への伝言、それにワイズへの伝達を頼んだ。まずこのままでは式神がもらえないという問題がある。だからセーレの誰かを留めておく必要があった。そのための封鎖だ。そして刹那には協力を仰ぐ必要がある。ワイズに頼んだのは、暗示を解くことができるからだ。刹那との話もあるが、これはただのエゴに近い。イユのことはどこか他人に思えなかったからだ。同じ『異能者』で、リリスに似た境遇だからかもしれない。とはいえ、本当はワイズにこうしたことをお願いできる立場でないのは重々承知のうえだ。ブライトならどうするか悩んだが、結論は変わらなかった。どうしてか、ブライトならば同じことをするような気がしたのだ。

「意外と大規模なことをお願いされる。幾ら王家でも偽装で街封鎖など大損害ですよ」

「封鎖程度ですむならば、今回の任務と比較して被害は少ないでしょう? 本当ならば都は火の海だったのかもしれないのですから」

 男はふっと吐息をついた。

「あなたも言いますね。ですが、そうですね、こちらから伺った手前できないとは言いません。何かあったときの時間稼ぎも含めて、引き受けましょう」

 さすがは王家の『手』だ。できないとは言われなかった。



「刹那、こっち」

 地下水路からひょっこりと顔を出した刹那が、すぐに地面へと下り立つ。

「こんなところ、よく知ってる」

 感心の声を上げられた。

「あたしの地元だし、これくらいはね。それより、克望から何か指示はあった?」

 刹那がこくんと頷く。

「三角館に、集合って。サロウにも伝えてある」

 三角館。口で刹那の言葉をなぞる。どうも刹那は素直に伝言を告げているだけのようだ。刹那と個人的なやり取りはあったとはいえ、どこまでいっても刹那は克望の式神だ。いつブライトを裏切って、リュイスを盾に手のひらを返されるともしれない。故に頼りにしつつも警戒は怠れない。

「……思いのほか遠いなぁ。飛行船が必要そうだけど」

「私が向かえるように、克望が手配してる。それに乗れば良い」

 なるほどと、セラは納得する。刹那は飛行船の操縦もできるらしい。それに、克望の手配のよさを考えるとシェイレスタの協力もあるかもしれない。となれば、セラは一度ギルドに戻って言伝に集合場所の情報を追加するべきだろう。幸いセラであれば如何様にも変身し、ギルドに戻ることができる。

「じゃあ、そうするよ。あと刹那は自分を餌にさ、ここにレパードたちを連れてこられるかな」

 刹那からはすんなりと肯定があった。

「わかった。ブライトはどうする?」

「あたし? そうだね、挨拶ぐらいはしようかな」



「見たところ、イユは痛みを感じないようにしているから、魔法も意味がないんじゃないかな」

 指定の地下水路で、セラは刹那とイユたちのやりとりを見ていた。暗い通路は姿を隠しやすい。だから発言をひっくり返して最後まで隠れていてもよかったが、このあとのことを考えるとやはり顔見せだけしておこうと思ったのだ。

「お前……」

 レパードの警戒の声が聞こえてくる。当然だろう、一度離れ敵対した相手だ。

「刹那、よろしく」

 セラが告げると、腰を低く落とした刹那がレパードの意識を刈り取った。暗殺者のような洗練された動きだ。これが一式神というのだから、克望には恐れ入る。

 それにしても、危ない橋だ。今回の策は、刹那の願いが克望とずれているからこそ成せる業なのだ。この微妙な塩梅を成り立たせながら、サロウにリュイスを提供することができれば、セラの狙い通りになる。つまり、サロウから克望に式神の譲渡を頼む形にできる。

 逆に言えば、そうならない限りセラが助かる道はない。そして助からないだけならいざ知らず、下手な捕まり方をしてしまうと、セラの記憶が読まれ、ブライトたちの作戦が水の泡になりかねない。魔術が発動してすぐにでも命を絶つ状態になるかどうかは、実際のところ分からない。克望たちに戦争を起こすつもりがなさそうだと予想できても、カルタータの障壁について知っている者は極力少ないほうがいい。

「これで、任務達成」

 死を宣告するような響きに満ちた刹那の声。それを聞いて笑ってしまいそうになる。自身の立場が、人ですらない異能そのものである存在に命運を握られていることが酷く滑稽だった。

 とりあえずと、運命とやらに拍手を送っておく。

「いやぁ、凄いね。いい具合に生かした状態で、連れてきてくれるなんて」

 特に感謝したいのはイユだ。ここまで完璧に目的のリュイスを連れてきてくれるなんて思わなかった。

「よくやってくれたね、イユ」

 もしリリスが生きていたら、その役目はリリスだったかもしれないとは思っていた。



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