その993 『if その6』
「心配しなくても、約束通りシェイレスタまで君たちはあたしを連れてきてくれた。いいよ、本当はあたしの家まで送ってほしかったけれど、そこまで子供じゃないし自分で帰れるよ」
精一杯の演技をしながら、セラは歩く。刃に牽制されようが、船員たちから冷たい視線を浴びようが、なるべく無視をし、堂々と進んでいく。場所は、セーレの甲板。魔術書の変身先がイユのネックレスであることがばれたところである。
悪役のような言い方をして、堂々と船を下りようとしているが、そこに当然打算はあった。下手に捕らえられても困る。むしろこれ以上関わりたくないと思ってもらうほうが良いという考えだ。
それに、刹那を通して、克望の動きが見えていた。というのも、刹那と会話する機会があったのだ。
「刹那じゃん? よく来たね」
そう声を掛けたが、さすがに小声にした。刹那はあろうことかセーレの天井板を外して下りてきたからだ。目の前に下り立つ刹那はあまりに身軽で、軽い羽根のようであった。刹那は恐らく、部屋から部屋に移動してきた。普段レヴァスの助手をしているはずなので、僅かな時間を狙ってやってきたはずだ。そうであるならば、喜びの所作ぐらいはブライトであればしていただろう。だが、残念ながらそれはできない。イユの暗示の件があって、ずっと椅子に括り付けられていたからだ。
「船長が警戒していたから、遅くなった」
レパードは、刹那を見たセラの反応を覚えている。刹那が一目で式神と分かったのはセラの異能故だが、恐らくブライトでも分かっただろう。式神を知らない人間であれば人と区別は一切つかないだろうが、式神にはどこか言葉にしがたい共通点がある。それを刹那からも感じたのだ。
「まぁ、当然か。それで?」
「克望から、伝言。シェイレスタでの賊の討伐依頼許可、貰った」
許可を出したのは、シェイレスタの王家だろう。その賊とやらが、セーレを指すのだとはすぐに分かった。問題は、それが刹那から告げられたということだ。
「へぇ? それをあたしに言うんだ」
これはつまり、克望がシェイレスタに着いたらセーレを襲うのでそれまでに用事を済ませて逃げるようにとの連絡だろう。と同時にセラにセーレを誘導するように指示を出した。だから、刹那はこう聞くのだ。
「うん。いつになりそう?」
「いやいや、さすがに予期できない……って言いたいところだけど、情報があれば答えられるよ」
刹那はこくんと頷いた。
「分かった。聞きたい情報は出す」
幾つか質問すると、刹那はすぐに答えた。
「やけに素直だね」
そう聞いてしまうほどだ。
「私がここにいられる最後になるから」
そのときの刹那の顔は、確かに寂しそうに見えた。相手は式神だ。克望の力の一部に過ぎない。つまり刹那はそう見えるだけで、断じて人間ではないはずだ。
「もしかして、助けたいの?」
聞いてしまったのは、そこに刹那の意思があることを確認したくなったからだ。
「……克望も、本当はひどいことをしたくないはず」
絞り出すように呟かれたそれは、言い訳にしか聞こえなかった。
「刹那は何か違うね」
会ったことのある式神を思い返して言うと、
「そう? そうかもしれない。克望が望んで生み出したわけじゃないから」
との返答がある。セラの中で疑問符が浮かんだ。
「私は偶然生まれた式神」
続けて述べられた刹那の言葉を吟味する。まるでそれは異能の暴発のようだと感じたことで、ある種確信が湧いた。
だから、刹那は使えると直感した。
「良かったら、さ。もう少し協力しない? あたしたち、考えていることは多分一緒だよ」
つまり、この時点でセラは克望の動きを知っていた。この先、セーレが襲われるだろうことを聞いていたのだ。
渡し板まで進んで、振り返る。リーサにクルト、レパードに、他の船員たち。見納めだ。もう、別れるしかない。
「じゃあ、バイバイ、セーレのみんな。まぁまぁ楽しかったから、せいぜい生き延びてね」
それが最後の助言だった。ブライトならばするであろう不器用な助言だ。
「おい、待て」
レパードの声が聞こえたが、無視した。どのみち、イユの暗示は解いていない。だから、イユは追いかけてくる。そしてその後は、敵対することになる。
胸が痛い。人として道を外している自覚はある。それに、ブライトに申し訳なさもある。けれど、一方でブライトならばこうすると思うのだ。
シェイレスタの都は思いのほか遠かった。砂に足を取られながら進むうちに、ようやく門が見えてくる。ブライトの外見はすぐに伝えられていたのだろう。近づいただけで、門番の兵士が駆けつけ、大慌てでフードを被せられた。
「ご自身の立場がお分かりですか? 予め聞いていなければ、住民に通報されていましたよ」
そう兵士に諭される。
「やはり指名手配犯だから?」
「私たちが匿ったと思われても困ります。ですから、早くお入りください」
まるで厄介払いだが、事実だ。シェイレスタがブライトを庇っているところを見られたら、今までの苦労が水の泡になる。
大人しく頷いて門をくぐる。途端に懐かしい空気が鼻をかすめた。
ブライトに雇われてから何回か訪れた都だが、その独特の空気が自然と分かることに驚きを感じた。
だが、都の中を女一人で歩くことの危険性も同時によく知っている。故に感情に浸る時間はなかった。セラはすぐにその足でギルドに向かった。
ギルドの扉を開けると、懐かしい顔触れがいた。
ナキサだ。受付で、何やら話し込んでいる。隣にいたのはギツだ。意外な組み合わせに顔をしかめたくなるのをこらえた。セラにとってのギツの印象は悪いが、ブライトはギツのことをむしろ好んでいたような覚えがあったからだ。
「こちらが給金になります」
「あんがとな、ギツのおっさんも」
受付の女に渡された現金をナキサが満足そうに貰っている。
「今回は貸しだ。地下水路の情報でチャラにしてやる」
「あそこは迷宮だからな。今回の件ぐらいじゃ全然足りねぇよ」
聞こえてくるやりとりから察するに、仲は良さそうだ。それに、ナキサはちゃんと給金を貰えているようである。ブライトが気にしていたので、これを見たら安心するだろう。




