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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
991/992

その991 『if その4』

 

「てめぇ……」


 男の悔しそうな声。何か問いたそうなイユの視線。それらを見て、セラは精一杯のブライトを思い浮かべてから答えた。

「君たちが先に階段を下りて逃げちゃったときに描いていただけだけどね。よかったよ。さっきの本が一個目の法陣で間に合って」

 動きを封じる魔術に、己の姿を一度透明化させる力。中々ハードだが、セラでどうにかなる範囲だ。これならば、もう少し情報を集められやしないかと思い至る。

「それで、どこの国の命令できたのかな? シェパング? イクシウス? まぁ、シェパングの可能性が高いとは思うけれど」




「お疲れ様です。あの、ブライト様」

 魔術書を背に歩いたところで、見覚えのある司書に声を掛けられた。ブライトらしく振る舞いつつも、イユたちの情報を集め、殺されないように立ち回った後のことだ。正直慣れない魔術も使って気疲れは半端ないが、気は緩めなかった。肝心な魔術書の持ち出しが、非常に困難であることを悟っていたからだ。

「魔術書の外部への持ち出しは禁止されています」

「うん、そうだろうね。でもこれはちゃんと許可を取ったうえでの持ち出しだよ? 確認してごらん?」

 無理のある言い訳だ。調べればすぐに分かる。

「残念ながら、ブライト様。イクシウス政府より、そのような許可は頂いておりません」

 イクシウスの名を出し、ジャスティスのことは一言も出さないあたりに、司書の意志を感じた。つまり、ジャスティスが魔術書の持ち出しを認めることは万が一にもないということだ。例外はイクシウス政府からの指示だろうが、それもないと言い切ってくる。

「それ、本当? ジャスティスにも確認してもらえるかな」

 無意味と分かる問いかけに、やはり司書には突っぱねられる。

「確認するまでもありません。どうぞ本をお返しください。あなたのその行為は、イクシウス政府とこのダンタリオンを管理するレイドワース家のご厚意を無駄にするものです」

 有無を言わさぬ口調と同時に、女が指を鳴らした。合図だったのだろう。わらわらと兵士たちがやってくる。いつの間にか街の人々は壁際まで退避していた。だが、セラもまたこの会話の間に位置取りはできている。

「来て」

 狙いを定めたのは、リュイスだ。人の良さそうな少年は案の定抵抗しなかった。

「え?」

 呑気な驚きの声に安堵さえ浮かべ、セラは引っ張る。どのタイミングでブライトと合流すべきか思案しながら、まずは確実に魔術書を持ち出す方向へと舵を切る。



 荒い息をつきながら、通路を駆け下りる。

「こっちです!」

 引っ張られていたリュイスだが、セラの疲弊具合を見て声を掛けた。

 指の示す方向を見ると、路地裏がある。人気が無いので見つかりにくいのだ。すぐさま駆け込んだところで、よろけた。

「ブライトさん、大丈夫ですか?」

 支えられて、どうにか頷く。

「うん。さすがに運動不足が堪えるね」

 最も、これだけ走っておいて荒い息を全くついていないリュイスがおかしいのだ。底無しの体力は『龍族』特有のものだろうとアタリをつける。

「頼みがあるんだけど、港まで付き合ってくれないかな」

 リュイスの顔が突然不安を帯びるので、黙って返答を聞けなくなった。

「え、なんでそんな顔するの」

「実は先日も、同じようなことがありまして……、港は危険ではないかと思います」

「えーっと、仲間がいるから落ち合いたいんだけど」

 リュイスの申し訳そうな反応は意外だった。改めて、セラはどうすべきか思案する。

「……どうしても、ダメ?」

 ブライトになりきるなら、こうだ。リュイスが押しに弱そうだというのも読めていた。だから、セラの演技は見事に功を成したことになる。

「……せめて、遠目で確認までが良いと思います」

 精一杯の妥協だろう。まずはそれでよい。近づいてから、新たに考えればよいのだ。

「ありがと! あっ、そうだ。あたしのことは呼び捨てで良いよ」

「しかし……」

 言い淀むリュイスに、セラ自身もまだ様付けだと思い返す。ただ、こうしてブライトになりきることで、ブライトの思いは感じた。

「『魔術師』って敬語のうちは警戒の対象になるんだよ。あたしは君たちのことを信頼したいから、せめて呼び捨てでお願いしたいかな」

「分かりました、ブライト」

 敬語なのは誰に対しても同じのようなので、そこには首を突っ込まないことにする。

「うん、とりあえずはそれでおっけー」



 そうして目的の港へと向かうことにしたのだが、ある意味リュイスの読み通りであった。

 港は、完全に閉鎖されていたのだ。

「これは、やはり近づけないかと……」

 兵士たちが港の周囲をびっしりと囲んでいるのを見て、セラは内心歯噛みする。これでは港に乗り込むのは無理だ。鳥の一羽も見逃さない態勢である。

「せめて、仲間に合図できれば良いんだけど」

 ただ封鎖された港で飛行船を飛ばしたとして、どうしたら逃げ切れるというのだろう。兵士たちも飛行船を所持しているのだ。飛行ボードに近い乗り物もある。

「正直これだけ騒ぎになっているので、何かあることは伝わるかと思います」

「それは確かに」

 リュイスの言葉に、セラは納得する。

「問題はあたしかな」

 心配ではあるが、自分自身もどう逃げるか考えないといけない。鳥に化けるにしても魔術書が邪魔なのだ。

「その……、仲間と合流するまででよければ、まずは僕らの船に行きませんか?」

 そこでの思わぬ提案にきょとんとした。

「そういえば、港に飛行船は置いていないんだね」

「はい。さすがに僕らが堂々と入るのは無理なので」

 この提案に乗らない選択肢があるだろうか。答えははっきりしていた。




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