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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
980/1007

その980 『コノ先』

 城の中、飛行ボードでとぼとぼと帰りながら、ブライトは思考を巡らせた。

「そもそもよくわからないのですが」

 ぽつりとセラに呟かれる。

「思考を調整とは何なのでしょう? 思考する速度を調整ということですか?」

「多分ね。ただ、あの力に関しては速度というよりも思考そのものに作用するような感じもしたかな」

 セラはブライトのすぐ横を飛行ボードで追いかけてきている。ブライトが氷柱を避けると、同じように器用に避けた。

「それは人の心を操る異能と同じような?」

「うーん、ちょっと違うかも。人の心はあくまで感情というか、本当に心の部分だから。思考は、考え方そのものだから、それを調整できるとなると」

 ブライト自身もだいぶ飛行ボードは上達した。下降しながら、城の様子に気を配る。王家の間から離れるにつれて、凍った道は増えていった。

「なると?」

「人を機械みたいに変えられるのかもしれないね」

 改めてとんでもない力だと、複雑な道を見てため息をつく。もしはじめにセセラウスに会ったときにブライトの思考を調整されていたら、絶対に勝ち目はなかった。セセラウスの指示でセセラウスの思考の補助だけを言い渡されていたからこそ、ブライトは難を逃れたのだろう。

「そんな異能を使えて、最期の選択肢がこれなのですか」

 いたたまれないと見えて、セラの表情は暗い。

「そうだね。でも、セラだってさっきは異能を使わなかった。力があっても使わないという選択肢はあると思うよ。何事も使い方次第かな。……まぁ、まさか、魔術を使うとは思わなかったけれど」

 そう言いながら、道を下っていく。行きとは違う道だ。同じ道を通ってもよかったが、可能ならば魔物に見つからない場所に出たかった。城の構造とセセラウスがいたことから、恐らくはあるだろうと見込んでいる。

「異能と似ている部分がある気がしたので」

「コツが分かったってことかな?」

「恐らく」

 自信がなさそうな発言が珍しい。

「ぶっつけ本番でできるなら大したものだよ」

 正直師匠としてちゃんと指導したかと言われたら大変怪しい。だから、素直に感心した。

「それよりも、怪我の類はないのですか?」

「それ、セラが聞く?」

 セラから無言の圧で返されて、ブライトは飛行ボードを右に傾けながら肩を竦める。シャンデリアの先端を避けたのだ。

「怪我の類はないよ。感覚を狂わされていたり記憶を読まれたりしてたから、どっちかというと精神面」

「では、精神面はどうなのですか」

 ブライトはさすがに悩んだ。

「なんというか、焦りは感じてる」

「焦り、ですか」

「思っていた以上に今回のは危ない橋だったわけだけど、収穫は大したことなかったと思うんだよ」

 セセラウスの記憶を覗けたらもっといろいろなことが分かったかもしれないが、今となってはそれも叶わない。

「骨折り損だと?」

「まぁ、そうかも」

「刻限も迫っていますからね」

 セラから見ても、期日である茂りの節まで残り少ないらしい。ブライトも同じ見積もりだ。何よりブライトたちは、目的を達成したらシェイレスタに戻らないといけない。そして、空の旅には意外と時間がかかる。魔物も出るし、天候にも左右される。トラブルが付き物のなかで確実に戻るには、もっと早く事を進める必要がある。

「だから、そろそろ覚悟を決めないといけないと思っているところ」

「覚悟……」

 氷の道もまた延々と続いている。抜けるのに時間が掛かりそうだ。

「セラは怪我、どんな状態?」

「休んだお陰でだいぶマシです。怪我というより疲労のほうが大きかったようでして」

 痩せ我慢なところもあるだろうが、概ね信じてよいだろうと判断する。

「それじゃあ、無茶な作戦にも多少は乗ってもらえると」

 飛行ボード越しに、視線が刺さった。

「今度は何を考えているんですか」

 気が変になったと思われるだろう。だが、セラのことだから今更だと思うかもしれない。

「エドワード王子、ううん、もう今頃は国王だっけ。とにかく、エドワード国王に一つ、進言をしようとしてる」

 それだけなら何もおかしい話ではない。だから、セラはじっと言葉を待っている。

 その間に、さかしまの城の出入り口が見えた。行きとは違う、正面からの出口だ。扉が僅かに開いているために、外からの光が差している。思っていたより出口が近くにあったことに驚きを感じた。

「国王の立場なら頷くしかないから、それを足掛かりにして、まずはイクシウスの貴族に直接声を掛けるつもり」

「どんな進言でそうなるのかさっぱり分からないのですが、当てはあるんですか」

「一応、一般にも開放しているらしいからね。まぁ、できたらサロウにも力になってもらおうと思っているけども」

 セセラウスに会ったと言ったら力ぐらい貸してくれるだろう。サロウは情報を欲している。

「まぁ、そこまではいいんだ。行けると思う。そして、そこまでいけたら、可能性の一番高いところから探る」

 『魔術師』一人一人に声を掛けるまでもないのだ。何故なら既に当てがある。そこは大図書館なのだから、眠っている可能性は高い。


 ――――例えるならば、あそこはダンタリオンです。


 セセラウスが言った言葉だ。カルタータをダンタリオンと呼ぶぐらいなのだから、あれほどの知的好奇心の塊であっても、本物のダンタリオンにはまだ未知なものが多いのだろう。

「ううん、最悪なくても良い。それよりも、どれぐらい図書館内の情報が把握されているのかを知ることが大事かな」

 予定通りにいかなければそのときは作戦の練り直しだ。その時間はなくとも、一から考えるだけである。ただ、ブライトの予測は、上手くいった場合にも作用する。今回の反省を活かしたうえで導かれる答えだ。

「問題はそこからなんだけど」

 言いにくいことではあった。まだ諦めてないといったセラに告げるにはあまりにも無情だ。

 だが、ブライトは仮にダンタリオンで目的の魔術書を見つけた場合、自分の命が無事で済むとは到底考えていなかった。秘密裏に持ち出せるならばそれが一番だ。だが、そうはならないだろう。魔術書でない情報一つでさえ、シェイレスタの図書館は堅牢であった。まして大国イクシウスならば、尚更のはずだ。

 そして仮に無事に入手できたとしても、カルタータに注目が向いている以上、この先を乗り切るのは無理だという試算があった。

 もしかすると、『深淵』とカルタータが結びついてなければどうにかなっただろうが、現実はそうではない。だから、カルタータに関する何かをシェイレスタの人間がイクシウスから持ち出すことの恐ろしさが分かる。


 以下の仮説が、浮かぶのだ。


 『深淵』はカルタータにより引き起こされている。そして、シェイレスタがそれを持ち出した。『深淵』はすべてを吸い込む謎の闇だ。それをシェイレスタが自由に使えるようになるかもしれない。

 つまり、シェイレスタは自国の防衛のため、危険極まりない兵器を手にしたのだと。



 これがましてや国王の勅命でなされたものと知られれば、それは三国の戦争につながりかねない重要な問題である。

 つまり、今ブライトがしている行動は、平和のためという名のもとに三国間の戦争の火種を撒いていることに他ならない。

 予言とは、つくづく皮肉なものだ。戦争を防ぐための行動が、戦争を呼び起こしている。そのおかしさに、ブライトは気づいてしまった。

 だから、いっそのこと手を打つしか無いのだと判断する。


 飛行ボードが扉を抜ける。その先は、意外なことに真っ暗だった。夜だと遅れて気がつく。先ほど見えた光は、月明かりだったのだ。


 ブライトは後ろにいたセラを振り返り、告げた。月明かりに溶け込んだブライトの表情はセラにはよく見えなかったに違いない。


「もしあたしが死んだ場合、セラの人生をあたしに貸してくれるかな?」

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