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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
979/991

その979 『思考ノ異能』

 女は答えなかった。落ちていくセセラウスを追いかけもせず、かといってブライトたちに向かってくるわけでもなかった。ただ、一定の速度で飛び続けている。

「えっと、聞こえるかな?」

 そう、思わず聞いてみたところ、

「何でもありません」

 と確かに女から返事があった。だが、それは何かずれた答えでもある。

「ええと?」

「私は従うだけです。セセラウス様のご意思をお伝え下さい」

 まるで、決められた言葉を再生しているかのようであった。その様子に、ブライトは呆然としてしまう。

 セセラウスは思考力を早める異能を使わせる一方で、女の思考力を極端に落としている。そうとしか思えなかった。

「……よし、ここは危ないから一緒に行こう?」

 誘ってみたものの、女はとぼとぼと首を横に振る。

「ええと、なんで?」

「そのような指示は受けていません」

 指示がない限り何もしないと言わんばかりだ。

「ええと、じゃあ、聞きたいんだけど」

 女は小首を傾げる。

「それなら、なんでセセラウスを助けなかったの?」

 いざというときセセラウスを助けるようにとの指示を受けていたはずだ。そのためにこの女は飛行ボードに乗っていた。そうなると、女は指示を守らなかったことになる。魔術で支配された思考のなか、唯一抵抗したのではないかとそう感じたのだ。


「掴む手がありませんでした」

 しかし、女の言葉はブライトの予想の斜め上をいった。

 面食らったものの、それでは逆に指示があれば動くのかと考え直す。

「ええと、じゃあ指示を出すよ。一緒に来て」

 女はしかし、首を横に振る。

「なんで?」


「あなたには呪いがかかっています」

 分かってはいたものの、とんでもない宣言をされる。

「それはでも、セセラウスがいない今なら、成り立たないよね?」

 セセラウスの元にサロウを連れて行くことはもはや不可能だ。肝心のセセラウスは恐らくもう生きてはいない。

「いいえ」

 女の発言はやたら早かった。思考するまでもないのかもしれない。

「呪いは覆りません」

 決定事項のように言われると、セセラウスが這い上がってきやしないかと不安になる。しかし、いくら地面を覗いても暗闇しか見えない。

「あたしが呪いを受けていると、なんでついて行っちゃいけないのかな」

 質問を変えてみることにする。女は答えた。

「セセラウス様と敵対関係にあるからです」

 そのセセラウスは地の底にいるわけだが、セセラウスがいなくなろうとも関係は覆らないらしい。

「では」

 こくんと礼をした女の行動に目を見張る。

 何のためらいもなく、飛行ボードから飛び降りようとしたのだ。



 間一髪、ブライトは女の腕を掴んだ。重さに身体がずり落ちそうになる。後ろでセラが支えてくれて辛うじてどうにかなった。

 セラには凄いの一言しかない。ブライトが飛び出すのを読んで女の飛行ボードにぶつかる勢いで急制動したのだ。そのおかげで、女を助けられた。

「離してください」

「いやいや、死んじゃうって」

 女はくたりとしたまま腕を掴まれている。暴れないのは助かるが、上がってくるつもりがないせいでブライトとしてはいつまでも重い。それに、女は言うのだ。

「構いません」

 そこには意思があった。思考が鈍くされても尚、動く意思だ。もしくは、セセラウスから離れたことで思考が動き始めた可能性もある。

「なんで、そんなこと、言うのかな!」

 重みに耐えるために、語尾が強くなった。

「私の手は血にまみれています」

「それはあたしもだって! 余計に手放せないよ、その理由!」

 何でもいいから、早く上がってきて欲しかった。そう思うのに、女は言うのだ。

「いいえ。あなたとは違います。何故なら私はセセラウス様に狂って欲しかったんです」


 ――――狂う?


 重みのあまりに気が遠のきそうになる。実際、遠のいたのだろう。

 次の瞬間、気がついたらブライトは女の飛行ボードに乗っていた。目の前にはセラがいて同じように飛行ボードに乗っている。

 そこに、先ほどまでいたはずの女の姿はない。下を覗いても、暗闇が迎えるだけだ。

「一体、これは……」

 セラの呟きを拾う。確かに、幻でも観ていたかもしれないという気分にさせられた。そうなるほどには、記憶がなかった。

 だから、思考を調整されたのだと分かった。


 何も考えられなくなかったから、女の手を離した。女は途中まではブライトたちの思考を操作して、それぞれを飛行ボードに乗せた。けれどその効力が及ばなくなったところで、ブライトたちの意識が戻った。


 つまり、女はセセラウスの後を追う形で、自死を選んだのだろうと。

「最期のあの言葉……」

 女の表情に乏しい顔を思い返す。掴んでいるので精一杯で、そのときは女の表情をみることは全くできなかったが、きっと顔は変わらないのだろうと感じた。

「サロウじゃないのかな?」

 それは希望か、絶望か。言葉にはしにくい感情だった。ただ思うのだ。ひょっとしたら、カルタータを滅ぼしたのは……、と。

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