その96 『ギルドの施設』
「こっちだ」
レパードが案内したのは、一軒の眩しい建物だ。
魔法石が散りばめられてピカピカに光っている外観に、イユはまず圧倒された。金色に光輝く建物は、イユ自身がまるで夢でも見ているかのような心地にさせられる。
圧倒されているうちに、その建物の前にたどり着いてしまった。レパードの二倍以上の背丈のある扉が、イユを招こうと開かれたままになっている。吸い込まれるように入っていく人の波に呑まれて、イユもまた気づかぬうちに建物の中へと足を踏み出していた。すぐに踏みしめた絨毯の感触に、ごくりと唾を呑む。そのまま中に入りきると途端に光と喧噪の世界に包まれた。
まず視界に入ったのは、光輝く巨大なシャンデリアだ。そのシャンデリアの下には舞い踊る赤いドレスの女たちがいる。それを取り巻くように見守るのは観客。そしてその観客に杯を渡しに行くウェイトレスの姿。どの人物も身なりがよい。場違いな場所に来てしまったと、回れ右をして帰りたくなる。
そうして視線そらしたことで、気が付いた。踊る女の右手、円を描くように用意されたカウンターに、大勢の人たちが座って、飲んだくれている。その中に、レパードのようなガラの悪そうな男たちもいた。何故だか無性にほっとして、イユはそちら側に向かおうとする。
そこで初めて、更に奥にある空間がイユの視界に入った。数台の机を囲って、人が集っている。ある者は机の上にある盤上を前に顔をしかめて座っており、ある者はカードを広げて説明している。取り巻きのようにその机のカードを眺めている女たちもいる。おまけによくよく見れば、不思議な機械の台を前にして必死に操作している人もいる。
頭の中で必死に知識をかき集めた。建物の入口はダンスをする場所、その隣は酒を呑みかわす場、そしてその次が机を前にした何かの集い。
―――一体レパードはどこにイユを連れてきたのだろう。
急に不安が押し寄せてきて、イユはレパードの隣へと駆け寄る。レパードはイユには気にせず、建物内の右手、机上の集いの元へと歩いていく。リュイスも同様だ。
と思いきや、何かに気付いたようにレパードが帽子を抑えつけた。やれやれという仕草をとってみせる。
「よっしゃあ!」
喧騒のなかでもとりわけ大きな声を上げ、机上の集いの方から立ち上がる人物がいた。イユはその声に、思わずそちらへと視線を移す。見知った人物の姿に、思わず名をこぼす。
「ジェイク……?」
レパードはジェイクを見つけて、あのような仕草をしたのだということはすぐに気が付いた。
しかし、当のジェイクは、イユたちの視線に気づかず、ずっと盛り上がっている。
「今度こそ、俺様の勝ちだ!」
レパードに続く形で近づいてみれば、ジェイクは大きな机を前にしてカードを掲げている。
それで気が付いた。謎の集いは、数枚のカードを並べて何かを競っているのである。
「あれは、ポーカーです。あっちは、ブラックジャック」
リュイスに説明され、カードに集まる人々は遊んでいるのだということを知った。続くリュイスの説明で、盤上ではルーレットが行われていて、不思議な機械を操作する人々はスロットマシンを前にしていると知る。この謎の集いを、カジノというらしい。
ジェイクの向かい側に座る男が、ジェイクの大仰な喜びようを見てか、呆れた顔をした。
「まだ一勝しただけでその喜びようとは……」
「あんだとぅ!」
とジェイクがいきり立つ。
「それならもう一勝負だ、やるぞ!」
それを見ていたレパードは非常に呆れた様子だ。
「……ジェイクの奴。また一文無しに戻るつもりか?」
声が聞こえていたわけではないだろうが、ジェイクがタイミングよく振りむいて目を輝かせた。
「リュイス! リュイスじゃないか! どうだ? 俺様の代わりにやらないか?」
そう言ってカードを指さす。
「待て、リュイスがやるなら俺は下りるからな!」
向かいにいた男が泡を食って言った。
「は? なんだよ。いいじゃねぇか」
「俺は負ける戦はしない主義だ」
盛り上がる二人に、取り巻いていた周囲が、まぁまぁといって宥める。
そのうちの一人がジェイクを諭すように言った。
「まぁでも、誰もリュイスとやり合いたくはないだろうさ」
「そうそう。ジェイクも人が悪いよ」
そのやり取りに、この机上の人々は皆フランクなのだと思う。イユ以外は皆、顔見知りなのかもしれない。それにしても、この会話の内容から察するに――、
「リュイスは恐れられているのね」
思ったことを口にするイユに、レパードが肯定する。
「……こいつ、ポーカーでは負けなしだからな」
「こんなカードの遊びを? どうやるの?」
リュイスにできるなら、とも思ったのである。
「お前はやるなよ」
と前置きしたレパードから具体的に説明がある。
トランプと呼ばれるカードを使って五枚の手札の強さを相手と競い合うものらしいと、イユは聞いた説明を頭の中でまとめた。
「要するに、ただの遊びなのよね?」
抱いた感想がそれだ。ただの遊びでここまで盛り上がる意味がわからない。そのような時間があったら、もっと必要なことに時間を充てられるのではと考えてしまう。
「遊びだが、こいつがかかると話は別だ」
レパードが親指と人差し指で円を作ってみせた。
イニシアで見てきて、イユも多少のことは理解し始めている。
「お金……?」
頷きながらも、レパードは何かを思い出したらしく苦い表情になった。
その奥のジェイクも手札がよろしくないのか、難しい顔をしている。一枚を手に取ってテーブルに置いた。大げさにため息なんてついている。
イユの視線の先がポーカーに釘付けなのを見て、レパードも向き直った。テーブルの先の対戦を見て、レパードまでため息をついてみせる。
全く挙動が似ているので、二人は親子なのかと疑ってしまうほどだ。
「ありゃ、俺以上にダメだな」
「え、何が?」
言いたいことがわからなくて、レパードを見やる。
その間にも対戦は続いていた。
「ポーカーはただのカード遊びじゃない。相手の表情を読むのが大切だ。だが、ジェイクの奴はその手の演技が下手すぎるからなぁ」
いい加減懲りたらどうだと、その顔が言っていた。
すぐにレパードの言ったことがわかる。
ジェイクが悔しそうに
「どうして下りるんだよ」
と声を張る。ジェイクがテーブルに投げつけた手札をみて、相手が「やはりな」という顔をする。恐らく、ジェイクの手札が強かったのだろう。相手が演技に気付いて手を引いたのだ。
「……ポーカーもそうですが、こうした娯楽施設はギルドの活動資金になっています」
いつの間にか知らない男に絡まれて帰ってきたリュイスが説明する。意外なことだが、どうもリュイスはここでは有名人らしい。龍族なのに目立って良いのかと疑問に思うが、すぐにフードを被る少年の姿が珍しくないことに思い当たる。更に言えば、フードの下、龍族の特徴である耳が見えていても、この街ならば趣味の悪い飾りで誤魔化せそうな雰囲気もあった。だから、セーレもよく滞在すると言っていたのだろう。
「ギルド……?」
リュイスの何気ない言葉を拾って、口にする。
「気づいてなかったのか。ここはギルドの代表的な施設の一つだぞ」
レパードが建物のさらに奥を示す。そこにはいくつかの掲示板と大きなカウンターが用意されていた。掲示板には、ぎっしりと文字が記述されている。
カウンターでは、受付をしていると思われる女が男と話をしている様子が見て取れる。その雰囲気は真剣そのもので、ポーカーの賑やかさとは程遠い。明らかに娯楽施設の雰囲気とは一線をなしている。
「あそこで仕事を引き受ける。仕事を依頼するときもそうだ」
「……仕事」
リュイスが補足で説明する。
「僕たちも船を動かさないといけませんから、そのための活動資金が必要です。その活動資金は、ここで依頼を受けてその報酬で購うことにしています」
「……活動資金の三分の二は、リュイスがポーカーで稼いだ金だがな」
活動資金がどの程度かわからないが、リュイスが凄いのは十二分に伝わった。
「……報酬ってお金のことよね。私、そのあたりもよくわからないのだけれど」
驚いてみせるレパードは無視し、リュイスの説明を聞く。聞いてみると、なるほど面白い仕組みだと思った。
「……つまり、生きていくのに必要なものを手に入れるために、お金があるわけね」
「お金に余裕があれば、もっと好きなことに使うこともできますけれど、その解釈でも間違いではありません」
「お金に余裕?」
理解が及んでいないイユに、リュイスが説明する。
「最低限生きていくのに必要なものをそろえてしまえば好きなように買い物すればいいわけです。例えば、宝石を買ったり、食事を豪華にしたり、武器を買いなおしたり……ですね」
イユが想像するには、少し難しかった。だが、リュイスが例に出した宝石で理解が及ぶ。イユの首元に光っているそれも、生きること以外の目的でリュイスに買ってもらったものだ。知らないつもりでいて、すでにイユはしっかりとこの仕組みに参加していたのだ。
「お金は、言い換えると『手段』なのね。生きるために最低限のものをそろるのも、生存率を上げるためにより良い武器を買うのも、ポーカーでお金を増やすのも、自分の好きなものを買うのも、全て選べるというわけね」
リュイスが頷くので、イユは解釈が正しいことに満足感を得た。こうやって少しずつ、知らなかったものが形になっていく。その感覚が、イユを高揚とさせた。
「まぁ、中にはその『手段』が『目的』にかわる奴もいるがな」
「…………?」
レパードの言いたいことがわからず、首をかしげる。
「お金が多ければ、イユでいうところの『手段』が増えますから、あればあるほど何でもできると錯覚してしまう人もいるという話です」
分かるような、分からないような話だ。全てがイユの頭の中のピースに当てはまらないことに戸惑いを抱きつつも、イユは頷いた。
そんな様子をみてか、レパードはぽつりと言う。
「……これは確かに世間では生きていけなかっただろうな」
馬鹿にされている気がしたが、無知なのは事実だ。このままのイユではシェイレスタに連れていくどころかブライトの重荷になるだけだし、ここは堪えて覚えることに専念しようと心に決める。他にも気になることをリュイスに質問しておいた。
その間にレパードは受付嬢の一人に近づいていった。
「マドンナに会いたい」
その言葉に、
「少々お待ちください」
と言って受付嬢が下がる。
「ねぇ、リュイス」
この機会だ。リュイスに追加質問する。
「マドンナって誰?」
「マドンナはギルドを創り上げた女性ですよ。ギルドマスターとも呼ばれています」
ちなみに、とリュイスが言う。
「聖母はあくまで愛称でご本人のお名前ではないですから」
それだけでは人物像が見えてこない。
「偉い人なのよね?」
「はい。とても偉い人です。ギルドの創設者ですから」
「……ギルドっていつからあるのよ?」
創設者と聞けば、ギルドの歴史が気になるというものだ。
「ちょうど三十年前ですね」
「意外と歴史は浅いのね」
と言いながらイユは考える。創設というからには大きな偉業だろう。若いうちに成し遂げたとしても二十はいっているはずだ。五十歳以上の人物なのだろうと計算する。
「どんな人? リュイスは会ったことがあるの?」
「誰にでも寛容で、同時に強かでもある人です。優しいのですけれど、油断ができないというか……」
リュイスの説明がいまいち要領を得ない。それでも何回か会ったことはあるという。




