その954 『別レ』
克望とサロウとのやり取りが進む一方で、クルツに頼んでいた件も進捗があった。
クルツに口煩く頼んだ甲斐あって、伝言してもらえたのである。ただしクルツ曰く、手紙を送っても『魔術師』本人に届くことはなく人を何人も通してようやくたどり着くとかで、相当に時間が掛かった。
故にだろう。承諾の手紙をクルツから受け取ったときには約束の時間までそれほど空いていなかった。
「今から相手の指定の場所に行くとなると、結構ぎりぎりだ。本当に行くのか?」
とは、手紙を届けにブライトたちの部屋までやってきたクルツ本人の言葉である。
「うん。さすがに無視じゃクルツの立場がないしね。それに飛行船も直してもらったし」
飛行船は見違えるほど綺麗に直してもらった。勿論ただではないが、ブライトたちの所持金が多少減ろうとも、飛行船が大事だ。
「相手の指定先。場所が場所だぞ?」
クルツが渋ったように告げると、ブライトの隣にいたセラもこくこくと頷く。どうもイクシウス出身者にはよく知られている場所のようだ。
「とはいっても、あたしが指定された場所に行くってはじめに言っちゃったしね」
クルツが腕を組み、悩んだ顔をする。
「そんな心配してくれるとは思わなかったよ」
と思わず返した。
「いや、誰がお前のことなんか……」
すぐさま反論しかけたクルツに、ブライトは笑ってしまう。相変わらず、素直でない男だ。
「そうか、じゃあお別れだね」
クルツとのやり取りを眺めていたコウには、そう声をかけられた。
「うん! 今までありがとう」
「身支度はちゃんとしていくんだよ。また魔物に襲われたなんてことにもならないようにね」
まるで母親のような言い草だと考えて、きゅっと胸が痛んだ。表情を悟られないようにと、無理に口の端を持ち上げる。
「それはもう。痛いのは遠慮したいし」
「あはは! そりゃあ、皆そうだろうさ」
あくまでさっぱりとした表情のコウに、ブライトは尋ねていた。
「また会えるかな?」
「どうかね? 縁があれば会うこともあるし、なければそれまで。そういうものだろう?」
確かにそのとおりかもしれない。そう思うからこそ、ブライトは笑みで返した。
「うん、そうだね」
「改めてお世話になりました」
セラもまた隣で頭を下げる。
「いいってことさ。ほら、時間がないんだろ? 準備ができ次第、飛行船までは送ったげるよ。クルツ、あんたもついてきな。この二人の担当はいつの間にか私たちになったんだからね」
逃げようとしたクルツの首根っこを捕まえて、コウは豪快に笑う。クルツは諦めたように項垂れた。
「じゃあ、さくっと準備をしちゃうね」
担当はコウとクルツだったかもしれないが、この数ヶ月ですっかりギルドの面々と仲良くなっていたのも事実だ。センリをはじめ、一通りのギルド員へ挨拶回りをしていたらそれだけで時間が経ってしまった。
「居心地、凄く良かったな」
最後に部屋の荷物の確認をしていたとき、そうぽつりと本音が溢れた。
「ずっと、ここにいたかったですか?」
セラに聞かれ、ブライトはこのままここに居続ける自分を想像する。
毎日煮炊きをし、手紙を届けて周りながら、『古代遺物』から砂を除こうとしてコウに駄目だしをされる。クルツをからかって壁画まで連れて行ってもらい、感想を述べて呆れられる。時には森にも訪れて、他のギルド員とともに魔物から命からがら逃げる日々――――。
「うん、その選択肢はないかな」
ブライトはもうここに戻ってくることはないだろうと踏んだ。ここは居心地が良かったが、これ以上悠長にはしていられないのだと理性が訴える。何よりも、限られた時間のなか魔術書を探すために今一番可能性が高いのは『魔術師』を当たることなのだ。平和な世界で毎日を充実して過ごす役割は、他の誰かに譲りたい。
「お待たせしました」
「もう準備はいいのか?」
セラと一緒に入り口にいたコウたちへと駆け寄ると、そう声をかけられた。二人の想像よりは早かった様子である。
「うん。もう大丈夫。やることあるし、行くよ」
最後に一回だけ、遺跡を振り返った。人の気配の多い、想像よりもずっと賑やかだったそこは、ブライトの人生の中でも一、二を争うかもしれない思い出の場所になりそうだと感想を抱く。そうして向き直り、居心地のよかった遺跡を後にした。
初めて来たときは慣れない森のなかで迷いながらだったものだが、コウたちがいれば危険な森も比較的安心して進むことができた。それに、飛行船まで何度か往復していたのもある。いつの間にかすっかり大きな百合の姿にも慣れたと思いながら、ブライトたちは時には談笑までして先に進む。
それは別れの前にしてはあまりにもゆったりとした時間だった。
だからか、あっという間に飛行船が見えてきたとき、寂しいという感情が心の隙間から這い出てきた。それを懸命に隠して、コウたちへと振り返る。
「見送り、ありがとう!」
「一つだけ、俺から忠告がある」
クルツは見かねたようにブライトを呼びつけた。
「お前は感情を隠すとき、無駄に明るくなる。気をつけろよ」
「えっ?」
驚いて、声が出てしまった。クルツはそのまま続ける。
「ほんと、そんなんで、よく『魔術師』の世界を生き延びることができたな。ちょっとでも生き延びるつもりがあるなら、さっきも言ったように気をつけろよ」
どうも寂しさを隠そうとしていたのが、ばれていたらしい。
「あたし、そんなこと言われたことなかったかも」
少し考えればわかることだ。『魔術師』と対峙するとき、ブライトは常に警戒している。だからこそ表情も全て作り物になっている。けれど、クルツたちを前にそれをしていない。だから簡単に見破られたのだ。そして、そのために居心地が良かったのだろうと気づく。
しかし、この先『魔術師』以外の人間とのかかわりは増えるだろう。そのときに、感情が筒抜けではやっていけない。
「忠告はありがたく受け取っておくよ」
「そうしてくれ」
少し離れた場所で聞いていたセラとコウを見る。コウは何か全て悟っているようで、
「まぁ、私たちとはここでお別れだけれど、せいぜい頑張りな」
と返した。
「うん、またね!」
さようならと言えなかったのは、ブライトの本音の感情が覗いたからだ。二人に背を向けて、飛行船への中へと入り込む。その間もずっと二人からの視線を浴びているのがわかって、涙を抑えるのに必死だった。
だから、ブライトはセラに宣言する。
「あたし、やり遂げるよ」
そうして後に引けないのだと自身に言い聞かせた。




