その949 『使エルモノハ』
「カルタータについて、『魔術師』が知りたがる理由は二つあるよ。一つは戦争を起こせるほどの大きな力が眠っていると言われているから。そして、もう一つは、戦争を止められる可能性があるから」
クルツは意味がわからないという顔をした。
「なんだ? 抑止力でも狙っているのか」
後半の可能性についての言及だろう。分かっていて、ブライトは続けた。
「あたしの番だよ。カルタータについて知っていることを教えて」
クルツは露骨に舌打ちをした。
「俺が知っているのは、『魔術師』がカルタータについて何でもいいから知りたがっているってことだ。高く売れるんだ、こいつはな」
つまり、クルツには『魔術師』に売るためのパイプが存在する。
「それって誰?」
「俺の番だ」
言われて口を噤む。クルツの質問の内容を思い返した。
「抑止力を狙っているのかどうか、だっけ? それもありだけど、あたしが考えているのは別口」
「その言い方だと、お前は和平派だとアピールしたいわけだ」
「それは質問? まぁ、いいや。アピールかどうかは分からないけれど、そう受け取ってくれていいよ」
「そりゃそうだろうな。戦争が始まれば真っ先に潰れるのはシェイレスタだ」
クルツには先が読めていたと見えて、そう返される。
「俺自身は別に戦争が始まろうとなくなろうと知ったこっちゃない。俺らには船がある。始まれば逃げるだけだ」
「それは」
眉間のシワを寄せて、不快な顔をしたのはセラだ。人が死ぬかもしれないのに随分他人事だと思ったのだろう。クルツには、戦争が始まるかもしれない情報を『魔術師』に与えて金をもらっている可能性さえある。確かに、それはあまりに無責任だ。
だが、ブライトとしてはこうも思う。
残念ながら、存外多くの人間は他人の生き死になど無関心なのではないかと。何故ならば、人の手には限界がある。両手で精一杯に掬った水は、どうしたって零れ落ちていく。ブライトが昔の幸せなときに戻れないように、全てを掬い切ることなどできやしない。だから、人は自分の周りの大切なものにしか感心を寄せない。その結果、見過ごしてきた周りの世界が、他の誰かの大切な人を殺すのだろう。
クルツだけを責めることなど、誰にもできやしないのだ。
「身軽な人間ならではの言葉だね。それで、あたしの質問だけれど、クルツは誰に情報を売っているの?」
「何でも答えると思ったら大間違いだ。客のことは絶対に口にしないってのが信条だからな」
ブライトは少し悩んだ。ここでクルツの過去を覗き見れば、その客について知ることができる。記憶さえ覗いてしまえばクルツの心の弱みを握って心を書き換えることさえできるだろう。
だが、それは『魔術師』だけが持つ誘惑だ。その誘惑に簡単に乗ってしまったら、きっと本当に必要なときに上手くいかなくなる。クルツにブライトの魔術の痕跡がついたら、『魔術師』が気づいて二度とコンタクトが取れなくなるかもしれない。
「じゃあ、これはどう? どこの国の『魔術師』について、クルツさんは詳しいの」
範囲を広げたからか、クルツは仕方ないというように答えた。
「イクシウスだよ。俺はイクシウスの生まれだからな」
母国に精通しているのは、ありそうだ。そして、コウにでもクルツの故郷を聞けばすぐに分かる。だから、嘘は言っていないのだろう。
問題は内容だ。もしサロウ以外にもイクシウスの『魔術師』とのパイプを持てるならこれ以上有り難いことはない。
「俺の番だ。あんたこそ、カルタータについて知っていることを教えろ」
それは質問ではなく命令だった。これは、クルツからイクシウスの誰かに渡しても良い情報に限らなくてはならないと、考える。
「そうだね。あたしが知っているのは、カルタータにしかない不思議な障壁があって、それを作るための魔術書が何処かにあるはずだってことかな」
「あんたはそれを探しているのか」
ブライトは答えない。だが、クルツはほぼ断定した言い方をした。
「魔術書なんて、大体回収されていると思うぞ」
「回収? 『魔術師』にってこと?」
ブライトの質問に、クルツは頷く。
「ここもそうだ。初めて見つかった遺跡の大半は、国が情報を持ち去っていく。そういうのは大体『魔術師』の手に渡るもんだ」
つまり、遺跡を地道にあたるよりも、『魔術師』をあたるほうが可能性が高い。もっというと、国が絡んでいるなら、王立図書館の類も入る。
全て探さねばならないのだろうと、想像する。恐らく古代語を読める『魔術師』でさえ、その解読は至難の業だ。暗号で書かれていたら、読まれずに残っているとみて良い。そうなれば、どの家にもカルタータの障壁について書かれている魔術書がある可能性が出てくる。そのなかで一番可能性が高いのは、カルタータに興味のある『魔術師』だろう。だが、残念なことに今カルタータは話題沸騰中なのである。
「ねぇ、今からは質問タイムじゃなくて、交渉なんだけどさ」
とはいえ、当たるとしたらここだという程度には、当てがあった。まさに今得たばかりの情報だが、使わない手はない。
そう思うからこそ、ブライトは慎重に切り出した。
「あたしが持つ情報を売るかわりに、あたしが会いたがっている旨、話を流してもらえないかな」




