その944 『二人ダケノ旅』
どうも飛行船が墜落した際に、打ち身をたくさん作っていたようだが、痛いなどとはいっていられない。今のうちに動くべきだと判断し改めて行動し始める。空がまだ青いのだ。日が落ちて視界が悪くなってからでは、できることが限られてしまう。
「ギルド船でおまけしてもらった魔法石も持っていきますか?」
「うん、魔術だけじゃ心許ないから一応ね」
セラとそうしたやりとりをし、一通りの準備をしてから飛行船のハッチを開けて外に出る。途端に百合がブライトたちを出迎えた。無数の百合が頭上を覆い被さるように生えている。一輪一輪がブライトの顔よりも大きく、その気になれば蕾の中に入れそうな程だ。
「足元気をつけてね」
セラに注意しながら、地面へと下り立つ。泥濘んだ地面は、先ほど飛行船の損傷を見に外に出たときと同様に、歩きにくい。だが、二回目とあって余裕ができたのか、気付いたことがある。
百合以外の植物もあるのだ。百合と違い、一般的な大きさのため、意識していなかった。けれど、百合しかない森とそれ以外の植物も群生している森では印象は大きく違う。同じなのはどれも蒼色であることだが、それだけであれば、まだ危険は遠のく気がした。
「それにしても、変わった森ですね。ここまで蒼一色なんて……」
セラの発言に頷き返す。どおりで、遠目からみた際に島が蒼くみえたものだと感想を抱いた。蒼の百合の森。名付けるならば、それが分かりやすくてよいだろう。
二人は早速歩き始める。むっとする花の香りは疲れを忘れさせてくれる程だが、同時に異質な森にいることをよく意識させてくれた。そのため、仮にもし水を見つけても安易に飲むのはやめておいたほうが良いだろうと判断する。ブライトが過去に学んだ薬の調合の知識には、百合も出てくる。危険な毒を持つ花としてだ。
「なんか、花粉が多そうだね」
後ろをついてくるセラには、そう発言しておいた。どこか呆れたような顔をされるのは、当然わかってやっている。
「百合だけが異常に育っているのは、魔法石によるものでしょうか?」
「どうだろうね? 魔法石かもしれないし、『古代遺物』のせいかもしれないから」
セラの質問に曖昧に返す。いずれにせよ、過去の産物によるものだとのアタリはつけていた。
二人はそのあとも時折雑談を交えながら、森の中を淡々と進んでいく。泥濘んだ道は歩きにくいことこのうえないし、いざというとき魔物から逃げるのがつらくなる。だから魔物が出たときのために耳だけはよく澄ませるようにした。目印を残そうと考えて、定期的に百合の花弁に描きこみもした。法陣を描くために持ってきたペンの類は、こういう場合にも役立つのだと実感する。
だが、旅慣れていない人間がいざ森に立つと、悉く失敗するものだ。目印こそはあれ、歩いているうちに来た道がさっぱりわからなくなってしまったのである。空を見上げても、太陽が百合に隠されているのが何よりもよろしくない。はじめのうちは、セラに鳥に化けてもらって確認してもらっていたが、セラの体力の消費がひどくなる。もし木でもあればブライトが代わりに登って確認する手が使えたのかもしれないが、百合は登るにはつるつるしすぎて厳しい。もう途中から諦めてしまったブライトたちが、ほどなく迷子になるのは必至であった。
しかも、舗装されていない道に慣れていないせいで、あっという間に足が痛くなってくる。気が張っているせいで気づきにくいが、いつも以上に疲れている自覚はあった。魔物に注意をして歩いているため、余計に神経を使っているのもあるだろう。
「……ちょっと休憩をはさみたいところだけれど」
泥濘んだ地面に座り込むのも憚られ、ブライトはその場で立ち尽くす。
「問題の遺跡って、ひょっとしなくてもかなり遠い?」
遠いのか、当てもない道を闇雲に進んだ結果遠回りしているのかは定かではない。やはり危険を承知で誰かを雇ったほうが良かったのだろうかと、後悔が過る。
「私がここでベッドにでも変身させますか?」
髪の毛を抜こうとしているセラを見て、ブライトは悩んだ。
「ベッドだと、本当にそのまま寝ちゃいそうで……」
それに緊急事態を除いて、そうそうセラの御髪に手を付けるのはやめておきたいという思いもある。
「そうですか」
どこか残念そうな顔をセラにされたところだった。遠くで茂みがわさわさと揺れる音がしたのだ。
「セラ」
「はい」
セラもその音に気がついたと見えて、耳をそばだて周囲を警戒する姿勢を見せる。セラの手にはベッドのかわりに大きな盾があった。よく見ると、盾にしては質素なただの板だが、ないよりは良いという判断だろう。
音の持ち主は、ブライトたちの警戒する様子に気が付いたかもしれないが、速度を落とすことはしなかった。
ブライトもこれはいよいよと訝しみ、ノートを広げる。泥濘んだ道に法陣は描けないので、頼りになるのはいつものノートだろうと見込んでいる。
少しして、茂みの音が一つでないことに気がついた。わさわさと複数の茂みが揺れているのだ。
ギルドの受付に文句を言いたくなった。これは人間の仕業ではない。ただの動物でもない。間違いなく、魔物のものだ。しかも、一体では済まない。その茂みの揺れには規則性がある。確実にブライトたちを取り囲むように多方向から攻めてきているのだ。つまり、群れで狩りに来ている。
ブライトたちは、断じて戦い慣れたギルドの人間ではない。だからこそ、単純な暴力には非常に弱い。そう思うから、打つ手がないように思われた。
「もし魔物にどちらかが食べられたら、勅命は残ったどちらかが引き受けるってことにしていい?」
ブライトの言葉に、セラが怪訝な表情をする。
「その場合、引き受けたところですぐに魔物の腹の中で再会することになると思いますよ」
「それは困るね」
そうしたら、これから起こるという戦争で、シェイレスタは敗北する。未来は悪い方向に確定してしまう。
「なら、死なないようにしてください」
セラがそう告げた言葉に、ブライトは苦笑いで返す。
茂みから複数の黒い影が飛び出た。ブライトたちへとまっすぐに飛び掛かり――――




